海藻/食卓/愛
獲物を片手に教会へと帰ってきたランサーを最初に出迎えたのは、家人の迎え入れる声ではなく、食欲をかきたてるような鼻孔をくすぐる煮炊きのそれであった。
鼻をひくつかせながらその出処である食堂へ足を向けると、予想通りの人物がせっせと夕餉の支度をしている。
「――、帰ったぞー」
「あっ、おかえりなさいランサー」
「おう、ただいま」
声をかければ、ぱっと笑顔で少女が振り返る。向けられるその表情に、ランサーもまた同じようにニカッと笑った。
の手元には作業の途中だったのだろうか、小鉢がいくつか並んでいる。小鍋にはワカメとたけのこの出汁煮が、盛りつけという最後の仕上げを今か今かと待っているようだ。
その他にテーブルにはワカメと胡瓜とタコの酢の物があったし、ガス台では豆腐とワカメの味噌汁が煮立たない程度に暖められている。
本日の言峰教会の夕食メニューはやたらと海藻がふんだんに使われたメニューが顔を揃えていた。今日の食事当番はなのだが、彼女が特段にそういったものが好きだという話はついぞ聞いたことがない。
偏ったラインナップを訝しげに思いながら、ランサーは出来上がったばかりの湯気を上げる煮物に手を伸ばし、ひょいと摘んで口に入れる。
「つまみ食いはダメなんだよ!」
「いやあ、旨そうでついな」
「もー」
ぷう、と分かりやすく頬をふくらませながらも、料理を褒められたせいなのかどことなく少女の目元は嬉しげに緩む。
近頃はずいぶんと料理も手慣れたもので、今まさに口にした煮物も美味といって差支えのない出来であった。あっさりとした出汁の味が染みた滋味溢れる味わいに、たけのこのコリコリとした食感と磯の風味がたまらない。今日の酒精は辛口の日本酒にしようと咀嚼しながら考える。
しかしどうしてこうも偏ったメニューになっているのだろうか。普段であれば料理の師匠――遠坂の姉妹であったり、衛宮のブラウニーズであったりだが――の薫陶を受け、肉魚野菜穀物のバランスを考えた品揃えを用意しているのだ。
もぐもぐと二回目のつまみ食いを決行しつつ、ランサーは改めて食卓に並ぶ献立に対しての疑念を口にした。
「しかし何でまた今日はこんなにワカメづくしなんだよ?」
「えっとね、ギル様のリクエストなの」
「……あいつ、そんな好きだったか?」
「ううん、そうじゃないと思うんだけど。
今日のお昼は桜おねえちゃんのお家に遊びに行ってたんだけど、迎えに来てくれた帰りに急にワカメ食べたいって言い出して」
「あー……もしかせずとも、間桐の兄ちゃんとも一緒に遊んだのか?」
「うん。お勉強教えてくれたよ!」
あの少年は勉強を教えてやれる程なのか、と疑念も巡らせつつ、一般学生としてのは優秀なのだと呆れ混じりにライダーがぼやいていたことをたけのこをかじりながら思い出す。
なんだかんだで間桐慎二という人物はわかりやすい性質の持ち主で、少々好き嫌いが激しいが気に入った人間に対しての面倒見はいい少年だ。は基本的に人からの親切は裏を勘ぐることなく素直に受け、同じように感謝を伝えてくるので彼も悪い気もしないだろう。少しばかり尊大な態度でもきっちり勉強を教えてくれた慎二に対して、にこにこといつものように満面の笑みを向けたことは想像に難くない。
そして英雄王はそのやりとりが気に食わなかったに違いあるまい。本人へ当たり散らさないだけマシだと内心でため息をつく。憂さの晴らし方が王という割にみみっちいのはご愛嬌だ。
「――まぁ、平和なのは何よりだ」
「? うん、仲良しなのはいいことだね」
ランサーのボヤキに不思議そうに小首を傾げながらも、少女は持論を復唱する。
万事この調子だから、と気やすく触れ合うな! とばかりにギルガメッシュが威嚇をしたとしても、主である少女はそれを不服に思うだろう。それに逆らえば彼女の機嫌を損ね、最悪罰とばかりに外道麻婆の洗礼が待ち構えている。
教会の主が好む泰山の麻婆豆腐だけは避けたい、という認識はこの教会に住まうものであれば共通のものだ。傍若無人な英雄王に対してもそれは例外ではない。
この夕食リクエストはの逆鱗に触れぬよう、英雄王のささやかな意趣返しといったところだろう。ぺろりと出汁が付いた己の指を行儀悪く舐め、ランサーはそんな結論に至った。
”愛は食卓を救う”などというキャッチコピーが泣けてくるほど全くふさわしくないワカメまみれの夕飯だが、調理人の腕は日々進歩しているので心配はいらないだろう。鼻を鳴らせば程よくあたりに漂う香ばしい魚の油が焼ける匂いがする。今日のメインは海藻類に合わせて、先日ランサーが釣り上げた後に塩を振って寝かせておいた鯖の塩焼きだろう。
となれば、あとは自分の思いつきを実現するのみ。せっせと仕上げの作業に勤しむ少女を見守りながら、ランサーはとっておきの大吟醸を取り出すべく冷蔵庫へと足を向けるのだった。
END
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