冬/ゆたんぽ/お昼寝


 でも温暖な気候として知られている冬木の街といえど、やはり時期が時期ともなれば身を切るような風が街を駆け抜けることもある。丘の上にある教会は、遮蔽物がないために風の強い日はそれがより顕著であった。
 そんな日は自然と空気も凍りつき、ひやりとした気配が部屋を支配していた。普段は暖かな日差しが降り注ぐサンルームといえども、流石に真冬のそれには少々荷が重いらしい。午睡を取ろうとここまでやってきたのにすっかりとあてが外れてしまった少女は、室内の冷気にブルリと体を震わせ、口をへの字に曲げた。

「毛布だけじゃ寒いかなあ…」

 手触りがふわふわで気持ちの良い、お気に入りのミルク色をした毛布を手にしたまま、少女――は暖を取る方法を考える。
 教会の一角に据えられたこのサンルームには、エアコンなどの気の利いた暖房器具はない。かと言って持ち運びのできるヒーターなどをここまで運ぶには、少女の力は小さすぎる。なにより火や熱を扱うものを軽々しく扱ってはいけないと、教会の主でもある言峰に言い含められているので、選択肢としてはまずありえない。
 しばしの逡巡の後、は最も安全かつ堅実で少女単体でも実現可能なアイディアに行き着いた。

「――毛布2枚あればいいよね」

 後々の片付けが少々大変にはなるが、自分の力で叶えられる範囲では妥当なところだろう。善は急げとばかりに自室に毛布を取りに行くべく、踵を返した所で――

「うおっ」
「うわぁ!」

 駆け出そうとしたその瞬間、何やら障害物に行く手を阻まれた。勢いがつき過ぎていたのか、ドスンとぶつかった拍子なのか、の身体が傾ぐ。
 たたらを踏む少女の手を、素早く腕が伸びて支えた。苦笑する男の声に、は気恥ずかしそうに微笑む。

「おいおい、前は見ようぜ」
「ありがとう、ランサー。もう今日のお仕事は終わったの?」
「ああ、今日は早く終わった」
「そうなんだ。おかえりなさい!」
「おう、ただいま」

 男は人好きのする笑みを浮かべて、少女の頭をわしわしと撫でた。も少々くすぐったそうにしているが、その手を振り払うことはない。同じ教会に住まうものであり、聖杯戦争という試練を共に超えたものであり、更には気心のしれたものともなれば避ける理由もない。何よりこうして彼に頭を撫ぜられることがは好きなのだ。
 ひとしきり男の手がの髪を混ぜた所で、ふとランサーはその手を止めて少女へ問いかけた。

は何してたんだ?」
「えっとね、お昼寝しようと思ったんだけどちょっと寒そうだったからもう一枚毛布持ってこようと思って」
「ああ、嬢ちゃんはここが気に入りだもんな」
「うん!」

 元気良く頷くに目を細め、その微笑ましさにランサーの口元が緩む。ともすれば陰鬱ささえも感じるこの教会で、彼女が佇む場所だけは常に陽だまりのように温かい。幼子の無垢な笑顔は張り詰めた緊張をそっと解きほぐしていく。
 ランサーはそう感じながら、ぶつかった拍子にが取り落とした毛布を拾い上げると、生欠伸をひとつ漏らした。

「ならオレもここでちっと休もうかね」
「ランサーも眠いの?」
「仕事で早かったからなあ」
「じゃあやっぱりあと一枚毛布を――」

 聖杯戦争終結後、なんだかんだで現界したままのサーヴァント達は思い思いに日々を過ごしている。ランサーもその一人であり、あれこれと続かないバイトをハシゴした後、今はとある喫茶店の雇われ店員で落ち着いていた。アクの強い客ばかりだと彼はため息を時折つくが、どうやらそれなりに楽しんでいるらしい。
 今日も今日とてが目覚めぬ内から仕込みのためだとか言って早朝に出かけていったのだから、欠伸をしてしまうのも無理も無い。戦いのためであれば不眠不休でも溌剌としているが、いかんせん労働ともなれば気疲れもする。
 そんな彼を労るためか、すわ毛布をと再び駆け出そうとした少女の襟首を、まるで子猫でも摘むかのように軽々と持ち上げる。が目を丸くする隙を逃さず、そのまま片腕で抱き上げると、もう片方に持っていた毛布を羽織った。
 男の意図がわからずに、じっと見つめてくる少女の背をあやすようにポンポンと叩き、

「一人じゃ寒くても、二人くっついてりゃ温いだろ」
「えへへ、そうだね」

 ゆたんぽにしてはランサーの体格は立派すぎる気はしたが、それでも寄り添って毛布にくるまっていればお互いの体温で温められ、心地よい温度に包まれていく。
 元々眠気を覚えていたは、程無くランサーの腕の中でうつらうつらとし始める。それを起こさぬよう、ランサーはそっと毛足の長い絨毯の上で横になった。
 カタカタと風がガラスを揺らす音と、少女の小さな寝息だけがサンルームに響く。男の腕を枕がわりに眠る少女の表情は穏やかだ。の眠気が伝わったのか、ランサーの瞼もゆっくりと落ちてゆく。ややあって、寝息がもうひとつ加わった。
 サンルームに降り注ぐ春の訪れを予感させるような日差しを浴びながら、ランサーとは微睡みの中へと意識を溶けこませるのだった。

END


ブラウザバックで戻って下さい