魔法少女/他人の不幸/墓場


 気持ちの良い日であった。
 雲ひとつない空は澄み渡り、日差しは強すぎず世界を暖かく包み込んでくれる。風はそっとそよいで静かに木々を揺らしていた。
 昼食も済ませ、その片付けもつつがなく行い、穏やかで満ち足りた時間が静かに場を支配している。神の家に住まう者たちは自然とリビングに姿を揃え、それぞれが思うままにのんびりと午後のひとときを楽しんでいた。
 あるいはそれは何かの前触れ――要するに、嵐の前の静けさだったのかもしれない。平穏を打ち砕いたのは何の脈略もなく唐突に響く聖職者の告解。朗々と響く言葉に気圧されたのか、その場に集っていた皆はゴクリと喉を鳴らした。

「今まで隠しておりましたが、私は魔法少女だったのです」

 彼女の言葉に、幼子は驚きに目をまんまるに開き、男二人は戦慄を隠せないでいる。そんな彼らを尻目に、カレンはなおも台詞を紡ぐ。

魔法少女とは代償魔術。己に備わる何がしかを捧げ、在り得ぬ結果を体現するためのための奇跡が一つ。
 ですが、その御業は期間限定――私が力を扱えたのも極僅か。後継者のアテもなく墓場までこの秘密は持っていくつもりだったのですが……貴女こそ、私の杖を継ぐにふさわしいと判断致しました」
「そんな胡乱なものにボクのを巻き込まないでください、カレン」
はお前のもんじゃねえぞ。もうこのツッコミも何度目かわからねぇがな。だがそれはそれとして、オマエ一体どういうつもりだ」
「貴女にこれを」

 外野二人の言葉なぞ華麗にスルーして、カレンはことりとあるものを眼前のテーブルに置いた。
 ヘッド部分には大きな星と翼を模した飾り、全体的にピンクでスイート&キュートなデザイン。日曜朝9時頃にテレビで放映されている女児向けアニメに出てきそうなステッキは、巫山戯た外観ではあったがおどろおどろしい程の悪意、もとい魔力の気配が立ち上っている。

「わぁ、かわいい!」
「いや、デザインじゃなくもっと中身! 中身の方見てくれ嬢ちゃん!!」
「何ですかこの悍ましい魔力は…ッ ボクの蔵にだってこんなモノありませんよ」

 続けて少女はどこからともなく取り出した品を同じようにテーブルへ並べだす。ランサーがよく利用している八百屋の紙袋に2つ穴が開いたものと、一抱えほどもあるチェーン付きトゲ付き鉄球。実に関連がない。だがそこに潜むアイは杖と同じように感じられる。なんと禍々しいことだろうか。

「これらの多くは愉快型魔術礼装。外見こそは可愛らしいですが、その力は扱うものが使い方を誤れば大惨事をも引き起こしかねません。ですが――」

 カレンはじっと空虚な眼で幼子をじっと見つめる。琥珀色の瞳に見据えられ、思わずは吸い込まれるように視線を交わす。
 先程からガヤガヤと五月蝿かった無頼の輩を、マグダラの聖骸布で軽くキャッチして黙らせれば、そこは既に二人の世界だ。

「貴女ならば愛を背負って戦えうる傑物でしょう。さあ、どうか……」
「――うん。出来るかどうかはわからないけど、頑張ってみる」
「ありがとう。であれば託せると思ったのです」

 言って少女たちは互いに微笑み合う。片方は無邪気に、片方は邪気たっぷりにだ。

「では、先輩として後輩へのアドバイスを。
 名乗り口上や必殺技もそうですが、魔法少女には洒落た名前をつけることも大事です。既存利権と外れつつも、略称がひらがな、あるいはカタカナ4文字になることが理想ですね」
「そういうお前は紙袋だもんヘブワッ」

 なんとか拘束を解きつつも、思わず茶々を入れたランサーに対して容赦なく追加の聖骸布が殺到する。完全なるミノムシ状態になってしまったランサーに、冷眼をくれながらカレンは言う。

「口を慎みなさい、駄犬。お助けキャラがそのような口を聞くものではないわ」
「お助けキャラ?」
「普段は小動物、有事は変身するとかそういう?」

 拘束布がランサーに集中した分手薄になったのか、ギルガメッシュはあっさりとその戒めから逃れての隣に座りなおしている。
 首を傾げるとギルガメッシュに、そうだとばかりにコクリと聖職者は頷いた。

「ええ、そうです。流石受肉後10年遊び呆けた慢心王、話が早くて何よりです」
「それボクもカウントされてるんですか?!」
「無論。近頃の魔法少女モノにはイケメンのお助けキャラが必須なのです。貴方達が果たしてイケてるかどうかはさておいて、メンズであることは間違いないのですから、私の後継者をよくサポートするように」

 言ってカレンはやおら紅き布の拘束を取り外すと、やけに重い箱をランサーに、ギルガメッシュにはやたら大きな白い板状の何かを手渡した。
 槍兵に差し出されたのは、銀メッキをされた金属で四辺を強化した頑丈そうな箱。肩からかけられるように紐も取り付けられている。何が入っているのかと槍兵が訝しみながら開けてみれば、その中には一眼レフ本体に取替用のレンズが数本、バッテリーや簡易三脚、さらにはムービー撮影用であろう家庭用ハンディカメラまで収納されていた。
 ギルガメッシュが手にしている板は樹脂製の枠に白い布を貼ったもので、いわゆるレフ板と言われるものである。

「それを使って余すことなく彼女の活躍を記録するのが貴方たちの役割よ」
「単なる撮影係じゃねェか!」
「レフ板は背が高い者が持つほうがいいんですよ。ボクよりランサーさん向けですって!」
「ツッコミはそこじゃねェ!!」
「今後成長した彼女に、その画像を見せる…ああ、羞恥と悔恨に染まる輝かしい黒歴史!!」
「本当の目的はそっちだろ、オマエ」
「まごう事無き外道の仕業ですね」

 まさに他人の不幸は蜜の味とばかりに恍惚とした表情のカレンを、男従者たちは半眼で呆れるように見つめる。
 だがそんな3人などある意味目もくれず、キラキラとした眼で幼子はステッキ片手に変身文言を考えているようだった。

「風は空に、星は天に―― えへへ、どんな呪文がいいかなぁ」

 純粋に喜ぶその姿は、確かにカメラに収めてやりたくなる衝動に駆られるが――その純粋さを逆手にとられて愉快な日常に叩きこまれている身にもなってくれ、とランサーとギルガメッシュは揃って頭をかかえることとなった。

 ――ちなみにこの後、ステッキはその名状しがたいほどの悍ましい在り方が脅威とされ、冬木の管理者たる凛により厳重に封印を施されることとなる。かくて遠坂邸には二本の愉快型魔術礼装が封印される運びとなるのであった。

END


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