004:マルボロ



 その日、俺はソレを捨てた。


「何か最近十文字君タバコの匂いしなくなったねぇ」
「吸ってねェからな」
「ホント?!」
「…身体が受け付けなくなったんだよ」

 アメフトにそれなりに打ち込むようになってから、タバコが吸えなくなった。
 吸おうと火をつけ、吸い込むと思いっきりむせてしまうし、無理やり何とか吸ったあとで練習に出れば息が上がるのも速い。
 我ながら実に健康的な身体になったものだと痛感し、先日思い切って残っていたものも捨てた。

「そーかそーか! ソレはいいことねっ!」
「妙に喜んでんな」
「だってあたし嫌煙家だし」
「けんえんか?」

 聞きなれない単語に俺は鸚鵡返しにに聞き返す。
 うん、と首を縦に振りニコニコと絵に描いた様な笑顔で俺の問いに返してきた。

「煙が嫌いと書いて、嫌煙家。喫煙家とか愛煙家と対極にいる感じね。
 あたしさー、タバコ大ッ嫌いなのよ。大体なんであんな煙にお金払ったりするのかも理解できない」
「散々な言い様だな」
「それにね、タバコって吸ってる本人よりも周りへの害の方が強いのよ。主流煙より副流煙の方が毒性が強いの。
 においもなんかこー…なんともいえない嫌悪感があるし、兎に角大嫌い」

 嫌悪感を前面に出し、は訥々と己がいかにタバコが嫌いか述べている。
 ほんとーに、こいつタバコが嫌いなんだな。ここまで来るとむしろ恨んでるって気もしてくるが。

「不思議とな、今じゃ吸いたいともおもわねェんだよ」
「そりゃそーでしょ」
「…なんでお前がそんな風に言い切れるんだよ」
「だって、アンタ本当にタバコが好きで吸ってたわけじゃないでしょ?」
「――!?」

 サラリというの台詞に、思わず息を飲んだ。
 そんな俺の様子に、ふふんと鼻を鳴らしてやっぱりね、と彼女は言った。

「アンタに限らずさ、未成年がタバコを吸う理由なんてたった一つ。
 格好つけたいだけ。タバコを早く吸っているって、皆にアピールしたいだけなのよ」
「…言い切ったな」
「あんたが今タバコを吸ってないのが、いい証拠。
 本当に好きなら、身体が受け付けなくなろーがなんだろーが、吸ってるわよ。それこそ銘柄を変えて、刺激を軽くしたりとかね」
「よく頭にスーパーライトとか、ウルトラライトとかついてるような奴か?」
「そーそー。確か十文字君が吸っていたのってマルボロでしょ? あれキツイもんね」
「吸ってもいないお前がそんなもんわかるのか」
「判るわよー! 流れてくる煙が目に痛いもん。
 だから、タバコを止めてくれてあたしは嬉しいの。それに――」

 はにぃっと人の悪い笑みを浮かべる。
 人差し指を自分の唇の上に当てこう言ってきた。

「――キスする相手がタバコくさいのは、あたしはゴメンだし」
「なッ… 、お前――」
「あらあら、あたしは何もアンタに対して言ってるわけじゃないわよ〜」
「ならワザワザそう言う手の込んだ言い回しをするんじゃねぇ!!」

 俺が怒鳴りつけると、は逃げるように走っていった。
 情けないことに、自分でも判るほどに顔が熱い。何処の純情少年だってんだ、俺は。
 でもまあ…これからタバコを再び吸う事は無いだろう。
 決してあいつが嫌いだからとか、そう言うわけじゃねぇんだけどな。 

END


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