047:ジャックナイフ



 ジャックナイフ。
 飛び出し式のナイフとでも思ってもらえればいいだろうか?
 普段は鞘に己の刃を収めてはいるが、機がくればそこから飛び出しその存在を主張する。

 枕詞の”ジャック”にはありふれた英語名の男子ファーストネームと言う意味もあるが…
 多くの人が思い浮かべるのは、やはりかの有名なイギリスの通り魔”切り裂きジャック”だろう。
 とはいえ…その”切り裂きジャック”も前述の理由でその名をつけられているのだが。


 閑話休題。
 俺はそんな感じのやつになりたかったのかもしれない。
 あいつらとつるみながらも、どこかにあった思い。
 親への反発心だとか、思い通りに行かない世の中だとか、どうしようもない自分だとか。

 んでだ。そんな風にモヤモヤしていた時に、俺はアイツにあった。
 アイツは――なんというか、一言で言えば”妙”だ。
 表向きはそれなりにソツのない人物だが、一皮向けば随分と容赦のない奴だ。
 それを知らないやつから言わせれば「普通の子」、本性を知ってるやつからすれば「つかめない奴」
 コロコロ表情は変わるし、自分の意見が正しいと思えばどんなに怖いと言われている奴でも絶対引かない。
 かと思えば以外に細かいところに気がついたり、妙にやさしかったりもする。

 俺らにも、あいつは刃を向けてきた。
 多分気に食わなかったんだろうな、今思えば。
 真っ直ぐに目を向けて、堂々と。
 久々にそんな瞳で見られたような気がする。

 アイツは、ジャックナイフだ。
 だから――だろう。俺がアイツをこんなに気にするのは。
 間違っても、恋だとか恋慕だとかそんな甘ったるいものじゃないと思う。

「こーらっ、なに練習サボってんのよ」
「…テメェか」
「戸叶君や黒木君はもう柔軟はじめてるのにさ。
 三兄弟の長男がそれじゃぁ、下に示しがつかないわよ〜」
「だーかーら、何度も言ってんだろ? 俺らは三兄弟じゃないってよ」
「でもメチャクチャ息があってるし。いいじゃない、兄弟でも」
「俺は俺、あいつらはあいつらだ。いくらダチだってそこんところはハッキリさせとかねェとな」
「はーいはいはい。いい加減部活始めないと、これからずっとお兄ちゃんって呼んじゃうぞ」
「しつこいな、ホントに… テメェ、実は俺の名前未だに覚えてねぇってオチじゃねぇだろうな」
「失敬なッ! ちゃーんと覚えてますよ、十文字一輝君」

 むっと頬を膨らませてアイツは答えた。
 …フルネーム、覚えているとは意外だったが。
 瞬間、妙に左胸の奥のほうが疼いたのは気のせいだ。

「さあさ、今日も皆で頑張ろうね」
「…呆れるくらい元気だな

 やれやれと息を吐いた。ふとのほうを見れば、神妙な顔であいつが俺をじっと見ていた。
 奥底の動揺を押しつぶして俺は尋ねる。

…なんか俺の顔にでもついてんのか?」
「いやいやいやいやっ! そーじゃなくて。
 まさか十文字君があたしの名前覚えていたとは思ってもいず」
「…それくらい知ってるぜ。だろ?」
「うわ、あまつさえフルネーム!」
「テメェだって俺の名前フルネーム知ってるだろーが」
「そーなんだけどさ、意外も意外。
 いつも”テメェ”ばっかりだから、うっかりあたしってば名前を覚えられてないのかって思い込んでたわよ」

 あはははと明るく笑い飛ばす彼女の台詞に、ふと自分の言動を思い出してみる。
 …そーいや、あまり名前を呼んだ覚えがない。

「それよか部活なんだろ。いい加減行かねェとあの悪魔の雷落ちるぞ」
「おおっと、そうよそうよ! さ、行くわよ十文字君」

 パシッと自然に俺の片手を掴むと、は駆け出す。
 されるがまま俺もその後に続くが、手にある感覚は振りほどかずにそのまま駆ける。
 このままグラウンドに出れば、まず間違いなくあの悪魔のような奴の報復が待ってはいるだろうが――
 まぁ、この状況は悪くない。

END


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