067:コインロッカー
何で事前にこんなものが入ってるかとか。
むしろどうして自分がこのロッカーを使うことを知ってるのだろうとか。
でもやっぱりあの悪魔のことだから、これくらいの事不思議じゃないかもなーだとか。
様々な感想がの胸の内を過ぎっていくが、結局口から漏れ出たのは吐息だけだった。
コインロッカーに入っている”それ”を人差し指と親指でそっと摘み上げる。
宛名を書くべき表面にはただ一言――「糞後輩」 彼女の知りうる限り、そんな無礼な言葉を頻用する人間の心当たりは一人しかいない。
ヒラヒラと振ってみても、特に手応えはない。薄い紙が空を切る頼りない感覚だけだ。とりあえず剃刀などの類は入ってないらしい。
「…なんだってのよ、一体」
糊で完全な封付けはされていないその封筒を逆さにして振ると、二つに折りたたまれた手紙のようなものが出てきた。
そこには存外綺麗な文字で要件だけが簡潔に書かれている。
――今すぐアメフト部の部室に来い。来なきゃバラす。
自分の記憶が確かならば、今日はオフ日で各々好きなように過ごしてもいいはずである。
も久々に街へ買い物に出かけた後、結構荷物がかさばってきたのでコインロッカーを利用しようと思い、最寄り駅のその場所に寄っただけだ。
これはアレだろうか。自分の行動パターンが、あの悪魔に完全把握されているということなのだろうか。
もしくは――ストーキング行為を今現在されていて、先回りをされたとも考えられるが、あの人物でも流石にそこまではしないとも思う。
そしてこの脅し文句。一体何をバラされるかたまったものじゃない。割と掃いて捨てるほど色々在るが、恐らくあの男はその中でも一番にとってダメージとなりうるものを選択するだろう。
結局、には選択肢は一つしかなかった。
外から見ても中から見ても、限りなくカジノとなっている部室に行ってみれば、呼びつけた本人は不在であった。
テーブルには待機状態になっているノートパソコンと、手入れのよく行き届いているいくつかの重火器。つい先刻まで、彼はここにいたのだろうと思わせる物達だ。
「人を呼び出しといて、席外すたぁ…大した先輩サマだこと」
どさりと、腕に抱えていた本日の買い物をテーブルの上に乗せた。銃の内幾らかが隠れてしまったが、気にしないことにする。
安物のパイプ椅子に腰掛けて、心と身体の両方の疲れを吐き出した。今日の買い物は予想以上に量がかさばり、結構な重量もあったので二の腕が少しばかり引き攣っている。
我ながら、これはちょっと鍛えた方がいいかも知れない――そんなことを思いつつ、軽く揉んで筋肉を解す。
「何だ、結構早かったな」
かけられた声に反応し、反射的に視線をそちらへと向ければ、入り口にはいつのまに帰ってきたのか、呼び出した張本人の姿があった。
その手にはコンビニの袋。ペットボトルのシルエットが薄く透けている。
「感心じゃねぇか、糞後輩」
「うっさいわね… そっちこそ、オフ日に人呼びつけといて」
「フン、別に来なくたってよかったんだぜ」
「…そぉいう選択肢をなくしたのはそっちでしょうがッ!」
「違う、テメェだ」
ビシッとその細く整った人差し指をに突きつける。完膚なきまでに言い切ったヒル魔の勢いに押され、思わずグッと言葉に詰まった。
後ろ暗さが後押しをしたとはいえ、事実退路を断ったのはの意思である。
「――ホント、一番知られちゃマズイヤツに知られると…不幸よねー。ああ、なんて可哀想なあたし!」
「負け犬の遠吠えは耳に心地イイな」
「煩いッ! んで、一体何だってのよ」
「余計な荷物が増える前に呼び出してやったんだ。ありがたく思え」
先ほどを指差したその手で、テーブルの荷物を指し示した。
装飾などない紙袋の横腹には、ただの一文だけ品揃えがいいと評判のスポーツ店のロゴが印刷されている。
「ちゃんと領収書は切ってきたんだろう?」
にやりと悪魔の笑みを浮かべてヒル魔が言う。
「……勿論」
「結構。気が回ってナンボだからな、マネってのは」
その台詞と同時に、ポイと何かが手渡される。はっしと受け取ってみれば、一枚のガムがの手の中にあった。
長距離ドライバーと受験生御用達。キツ過ぎるミント臭もステキな無糖ガムである。
「あたしは甘い方が好みなんですけど」
「砂糖入りのガムなんざガムじゃねェ。文句あるなら返せ」
「イヤです。もらったものは返せませーん」
素早く個装を剥ぎ取って、手の中のガムを口の中に放り込む。途端に広がる苦味と爽快さに、は軽く眉を顰めた。
「うえー… まっずー」
「人の好みにケチつけンな」
不得手な味といつも通りの憎まれ口の応酬に、彼女は苦く笑う。財布から数枚の領収書を取り出しながら、呟くように言葉を零した。
「あーあ、お気に入りのブティックのバーゲン今日までだったのになぁ」
「どうせ買ったところで着る機会なんざ殆どないだろうが」
「そりゃそうだけど」
オフにまでアメフトの事考えたくないのにねえ、と自嘲する様なの台詞に、ヒル魔は何も答えずただ口の端を僅かに持ち上げただけだった。
END
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