090:イトーヨーカドー
『あ』
ばったりと会計後のレジで会った瞬間、両者の口から同じ音が零れ落ちた。
片や肉・魚・野菜など生活感溢れるラインナップ。
片や季節限定や新発売の様々な菓子山盛りな品揃え。
互いの手に持っているカゴを無言で見つめ、再び視線が合った瞬間――一方はにんまりと、もう一方は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「ほっほーう! そーかそーか、十文字君は実は隠れ甘党だったのか」
「わ、悪いかよッ!」
「んー、一言たりともそんなこといっておりませんよ〜」
「態度がそう言ってんだよッ!」
にょほほ、と謎の笑い声を漏らしつつ、実に人の悪い笑顔を目じりにのせて言うのは。
耳まで赤くしながら、喧嘩腰に言い返しているのは十文字。どちらに分があるのかは、火を見るよりも明らかである。
マズイヤツに見られたと、十文字は内心ダラダラと思いっきり汗をかいていた。
一応自分が周囲からどういうふうに見られているか位は知っている。『不良』というステータスに今更態々文句をつける気にもならない。
煙草やらかつ上げやらイチャモン付けやら、そんな行動が似合っていなくては。立派な不良ではないではないか。
例えアメフトを本格的にはじめて、煙草をやめて。口寂しさからキャンディやらポッキーやらを食べ始めたら、生来の甘いモノ好きが加速しただなんて事は公表されることではない。何となくイメージ的に。
だからこそ学校近所のコンビにではなく、人目につきにくいここのスーパーで買い込みまくってるのだ。そう、ワザワザ! それなのに――
「大体なんでお前こんなところにいるんだよ」
「見てわかんないの? ウチのおつかいよ、おつかい」
軽く自分の持つカゴを掲げてみせる。確かにその中身はそうとしか思えないのだが。
ふと、再びの持つかごへ視線を向けると、生鮮食料品の中に紛れて見慣れたパッケージが目に入った。
それに気付いたのか、はああ、と小さく声を上げてそれを手に持つ。
「お使いのお駄賃よ。好きなもの一つ買っていいって」
「…小学生かよ」
「ふっ、何とでもお言い」
無意味に偉そうなその台詞に、十文字も苦笑する。
皮肉に皮肉を返すような会話の合間に、二人は手早くそれぞれの購入品を袋へ入れていく。
意外と几帳面にキッチリと手際よく菓子類を袋に詰め込み、最後に空っぽに近い通学鞄にそれを仕舞い込む十文字。
その様を見ていたは、自分の梱包作業の手を止めて呆れたように言葉をもらした。
「…ホントに隠してるわねー」
「あったり前だろ」
「何で?」
「――なんでって、ガラじゃねェだろうが」
「…そうかな?」
栗田先輩とか、メチャクチャ甘いモノ好きじゃない――と、きょとんとした顔では答える。
「アイツと俺とじゃ、イメージの差ってモンがあるだろーが」
「まあ、確かにちょっとビックリしたけど」
顎に人差し指を軽くつけ、諮詢するかのように視線を宙には彷徨わせる。
「男の甘党ってのも、別に悪くないと思うけど。少なくともあたしはね」
「――そう、か?」
「うん。だって、一緒に甘いモノが美味しいお店とか行けるじゃない、気兼ねなく。
それに何だって、嫌いよりは好きの方がいいわよ」
自分で言って自分で納得しているのか、うんうんと頷きながらは言う。
彼女の思わぬ答えに十文字はガリガリと頭を掻いた。確かに一理ある。
「嫌いよりマシか」
「そーゆーこと」
なるほど、そう言い変えれば何となくそう思ってもいい気分だ。悪くない。
「おい、」
「何ー?」
再び商品と格闘している――卵をどうしまうか迷っている――彼女に声をかける。
生返事を返すの目の前に、未開封のポケットチョコレートを差し出した。
「やる」
「…なんで」
「…………口止め料」
ボソッと、小声で呟く十文字に、はもう一度呆れを十分に含ませた吐息を付いた。
「いいじゃないの、別に言ったって」
「さっきも言ったろうが。イメージの問題だ、イメージの」
「ホント男ってヘンなところで拘るわねぇ…
大体あたしの中の十文字像なんて、カッコつけの上、ロリコン趣味で妹属性付の――」
「後半部分は誤解だと何度言ったら判るんだテメェはッ!!」
「ジョーダンよ、冗談」
激昂する十文字をケラケラと笑いながらは受け流す。
ひょいと彼の手からチョコレートを奪って、クルクルと包装を剥いだ。
「なんかちょっと安い口止め料な気もするけど…良しとしますか」
一口大のチョコレートを見せ付けるように摘まみながらは言う。
「このチョコレート、あたしも好きだしね」
美味そうにチョコレートを味わうを横目で見つつ、確かに嫌いよりは好きの方がいい――などと再び思う十文字だった。
END
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