008:パチンコ
英雄王のスキルの一つに『黄金律』なるものがある。
魂の色からして完全無欠な金ぴか色の彼には、とにもかくにも呼吸をするかのごとく金が集まる。数字クジに手を出せば余裕でストレート、スクラッチを削ればそれは偽造か? と疑われんばかりにアタリを引き当て、中央競馬に足を伸ばせば当然の如く怒号と嘆きの外れ馬券が舞い踊って祝福する高額万馬券。
麻雀だって坊やだったり、ザワ…ザワ…だったり、「あンた…、背中が煤けてるぜ」な人真っ青なほどに天和、九蓮、國士等々の役満貫大フィーバー。各種イカサマだって何のその、ただただ運だけで引き当てる。
そんなわけだから金の絡む賭け事の類は全く持って楽しめなかった。何しろ彼にとっては全てが葱背負った鴨。初めから結果がわかりきっている勝負など単なる暇つぶしにしかならない。
その日も気紛れに入ったパチンコ屋で『もうこないで下さい』と言われんばかりにドル箱を積み上げたおした。出玉の大方は現金へと換金したが、やはり端数はどうしたって出る。
引き攣った営業スマイルを浮かべた店長が『やー、兄さん強いねー』とか言いながら、その端数分だといくらかの菓子をギルガメッシュへと手渡した。
それを鷹揚に受け取り、札束とともに店を出る。後方で『塩撒け、塩ーッ!』と叫ぶ涙声が心地良い。
現世に受肉して十年余り。最古の英雄は面白いくらいに現代に馴染みまくっていた。
※ ※ ※
緩やかに続く坂を登り、現世の住居である教会へ続く広場と帰り着くと、そこで遊んでいた少女が彼に気付いたのか出迎えるように駆け寄ってくる。
満面の笑みと弾む肩。はいつものように晴れやかな表情で告げた。
「お帰り、ギル様!」
「うむ。出迎え大儀である」
さもそれが当然だとばかりにギルガメッシュは頷く。そんな青年の横暴さなどいつもの事なのか、は彼の言動を咎めるでもなく、ちょこちょこと近寄って興味深そうに手にしていた箱を見つめていた。
「…気になるか?」
「うん。どうしたの、このお菓子」
「戦利品の一部といったところだ」
歩きながらそう説明する。コンパスの違いゆえか、ギルガメッシュはゆっくりとした足取りだったが、少女はせかせかとそれに続いていた。
礼拝堂前の段差に腰を下ろすと、も彼の隣にちょこんと座った。なんと不遜な、と思うも咎めたところで納得されないのは既に判りきっていた。故にそのままその無礼をさし許す。
ぺり、とパッケージを開いていると、少女の視線がザクザクとギルガメッシュに注がれているのが嫌でも判った。口にこそ出していないが、その目はとてもつもない期待でキラキラと輝いている。
「――欲しいか?」
半眼で傍らの幼い少女を見下ろす。菓子を持つ方の手を高く空に向けて掲げてみた。
はコクコクと大きく頷く。その視線はしっかりと上方――箱に固定されていた。あくまで目的はこちららしい。それがどうにも気に食わない。
しばしの逡巡の後、ニヤと口の端を僅かばかりもち上げた。
「…強請るのであれば、それ相応の態度というモノがあろう」
「たいど?」
「そうだ」
そら、とばかりに持たぬ空の手で少女を手招く。は暫らくあれこれ考えていたようだが、ややあってその両手を元気よく王の前にそろえた。じっと、王の紅眼を見つめて言う。
「お菓子をくださいな」
「随分と単純だが――まあ良い。くれてやろう」
くっ、と小さく笑って、ギルガメッシュは箱の中から一本のプレッツェルを取り出し、彼女の前に掲げた。小さな手がそれをそっと奪い取る。
ビスケットを細く焼き上げ、その上からストロベリーチョコレートでコーティングした菓子。本物の苺とは比べるまでもない風味だが、これはこれで味わいがある。おまけに程よく甘く程よく腹にも溜まるので、それ自体を食すもよし酒の当てにするもよしだ。
はようやっと手に入れたその望みの品に嬉しそうに頬を緩めたが、何を思ったのかそれをくるんとひっくり返し、本来は持ち手である方から齧りだした。
「――随分と愉快な食べ方をしているな」
ぽきり、とギルガメッシュも戦利品を一本取り出して齧る。何となく菓子箱はにも手が届く、丁度並んで座っているその間に置いた。
彼の言葉に少女は誇らしげな様子で、逆さまに口に咥えたままのプレッツェルをピコピコと上下に動かした。
「いい考えでしょ! こうしたら、最後の一口もイチゴチョコになるんだよー」
なるほど、確かに妙案かもしれない。この手の菓子は持ち手が汚れぬようチョコレートが付随していないので、その部分だけだと物足りない。最後の一口が味気なくなるのでもう一本、またもう一本と続けてしまうのもまたニクい。
は小気味良いリズムでコリコリと音を立てつつ、含んだそれを自身の内へ収めてゆく。その様は例えるならば――そう、ハムスター。あの小動物の食べ方そっくりだった。ちょこまかと細かく砕いて自身の頬に含む繰り返しの動作はそれを彷彿とさせる。
ぱき、ぽき
こりこりこりこり…
双方無言のまま食べ続ける。ただしスピードは少女の方が段違いに速い。ギルガメッシュもそれくらいのスピードを出そうと思えばまったく問題なくついていけたが、の食べっぷりを横目で何となく観察しつつであったので緩やかな消費量だった。何しろ見ていて面白い。
持つべきところを逆にしているので、その指先は少々肌色とは少し違う濃いピンク色が張り付いていたが、彼女はあまり気にしていないようだった。留まる事無く手と口を進める。
しかし、所詮はパチンコの景品。ダグダ所有のような魔法の釜ではないので、食べ続ければ底を尽きる。
そんな最後の一本は、ギルガメッシュが手を伸ばそうとした目の前で、さっとが掻っ攫っていった。稀代の怪盗のように見事な手並みである。
「…………」
それに僅かに眉根を寄せつつも、声を荒げるなどという器量の狭さでは王足りえない。
ああ、それでもの目がどことなく勝ちとったり! というような目をしているのは、癇に障るといえばそうだろうか。
「――」
そう呼びかけると、少女は早すぎるそのテンポを緩めて『なあに?』と首を傾げた。
その停滞が命取りだ。英雄王は迷いなく間合いを詰めると、獲物へ照準を合わせる。唐突に現れた青年の鋭い双眸に、は大きな眼を驚きでさらに広げた。
互いの睫毛の本数すらも数えられそうなほどの距離――漏れ出る呼気も交じり合わんばかりの近さ。
しかしそうやって見詰め合うようにしていたのはたった一瞬の事。
瞬き一つの間に、差し出されるようにして咥えられたままのイチゴ味の菓子の先端がギルガメッシュの口内へ吸い込まれる。己が歯と唇で固定して軽く力を加えると、ぱきん、と軽い音を立てて呆気なくそれは折れた。そしてそのままバキバキと噛み砕かれてあっという間に姿が消える。
「ああああっ!! ギル様とったー!!!」
「ふん、油断したお前が悪い」
お行儀悪くチョコレートでべたついている指を突きつけ、非難の声を上げる。それをどこ吹く風とばかりに平然と流し、ギルガメッシュは彼女の手を引寄せた。バランスを崩して少女がよろめくが気にも留めない。そのままの手を口元に寄せる。
小さなそれを己が唇まで導くと、やはり今度も躊躇なくその先を舐めた。僅かに舌先に感じる甘さと柔らかさ。一本、二本と微かにコーティングされた彼女の指先に舌をやわやわと這わせる。そうすること数秒――
「――これしきでは物足りんな」
最後に一つ、わざと音を立てるようにして、男はようやっとの指先を口内から解放した。
少女は最初呆然とし、己の指とギルガメッシュの口元を見比べる。そして秒が進むに連れ顔色が真っ赤、真っ青、そして再び深紅と変化した。
「…せくはらー!!」
「フン、先程の行為に性的な意味などどこにある。我はただ行儀の悪い己が主の始末をしたのみぞ? 感謝こそされ、批難されるいわれはないなマスター」
「――う。で、でも、嫌がらせなのは確定でしょ?」
「当然だ」
加減なく我の分まで食べ続けるお前が悪い、と英雄王はキッパリと大人気なく言い切った。このような瑣末な菓子などいくらでも手に入れられる黄金律もちのクセに、妙なところでせせこましい。
はどことなくバツが悪そうに、小さな肩を更に縮こまらせながらもごもごと口の中でいいわけを紡ぐ。
「だって…ひさびさのお菓子、おいしかったんだもん。そりゃ…いっぱい食べたのは悪かったとは思う、けど」
「この無礼の詫びは高くつくぞ」
底意地の悪い光をその紅玉に湛えてギルガメッシュは告げる。その台詞に、は心底からイヤそうに『うえー』とうめいた。その様により男の瞳は細く番えられる。。
「まあ――追々それは考えよう。楽しみにしているがいい」
「ううう、やだなあ」
ゲッソリと呟くの目蓋の裏に浮かぶのは、実に楽しそうに自分をからかい遊ぶ黄金様の御姿。
遠くない未来であろうそれに、力の限りには先刻の己が所業を悔いたのだった。
END
長編が終わったあとくらいかなあ、と。
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