010:トランキライザー
教会の観音扉が、ギィと思い音を立てて開く。偵察帰りなのだろう。不完全燃焼な自身を持て余しながら、ぐるぐると青い男は肩を回していた。
帰ってきたのに気付いたのだろう。少女は軽やかな足取りで駆けつけると、嬉しそうに迎え入れた。
「ランサーおかえりー!」
「おう、嬢ちゃん。イイ子で留守番してたか?」
「うん! 金ぴか…じゃない、ギル様と遊んでた〜」
えへへ、と可愛らしく笑いながらいう言葉に、内心ランサーは英雄王に少しばかり同情した。
この年の頃の子供はとにかく加減を知らない。それこそ力の限りに纏わりつかれ、そして遊びに付き合わされたであろう。
膝を曲げ視線を合わせる。わしわしと髪の毛をかき混ぜてやると、くすぐったそうに目を細めた。
「ねえねえ」
「んー、なんだ?」
くいくいと前髪を引っ張られ、ランサーはひたとと目線を合わせる。
その次の瞬間には、何か柔らかな物が鼻の頭を掠めた。
俊敏A判定もかくや、という早業に対応が遅れ目を丸くしていると、勝ち誇った表情をしたは言う。
「お疲れ様のちゅーだよ! ”さーばんと”は魔力補給が必要なんだよね。今ので大丈夫?」
「あ、ああ。それなりに、な」
そう半分上の空で返すと、彼女は大層嬉しそうに笑った。
元来マスターでもないものから魔力供給を受けるには魔術回路を繋ぐ必要があり、それはそれなりの知識と経験と技術がいる。こんな簡単な接触では到底無理なわけだが、それを告げれば「なんでー!?」という疑問攻撃がくる事は想像に易い。
年端も行かぬ子供にそれを一から説明するのは骨が折れる、というかしたくない。戦闘講座ならまだしも、何が悲しゅうて魔術――おまけに情緒だとか性教育だとか込みで――までやらねばならぬ。
はぁ、と溜息一つ吐いて気を取り直す。尋ねても答えが確定しているであろう物を口にした。
「……誰の入れ知恵だ?」
「えっとねー、キレイ」
あんの似非神父ッ! 子供に何教えてやがるんだ!!
判ってはいても憤りはある。しかし、何やら独特の価値観で生きている現主人には何をいっても馬耳東風であろう。
しかしとりあえずこれからの被害を防ぐ事は先達としてしなくてはなるまい。気に食わないことだらけの教会で、彼女は唯一の気に入り。ある種の精神安定にも貢献している。例えその先が暗いものとしても、過ごした時の暖かさはかわらない。
内心に渦巻く様々な物を押し込めて、いつものようにランサーは軽い口調で言い含める。
「、あんまりアイツの言う事信じるんじゃねェぞ?」
「うん。あんまり胡散臭い事は聞かない」
「それと――さっきのはオレだけにしとけ」
「…なんで?」
「金ぴかには勿体ねぇ」
キッパリと言い放つランサー。も成る程、と納得したように首を縦にした。
その仕草にほっと胸を撫で下ろすが、
「でもちょっと遅かった。もう金ぴかさんにもしちゃったから」
少女の言葉に、盛大にランサーは見事なまでに顔面からコケた。どっとはらい。
END
トランキライザー=抗鬱剤、精神安定剤、とのことです
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