011:柔らかい殻
の目覚めはまちまちだ。教育施設に通っていないので、一定時間に起こされることもない。日が昇る前に目覚める時もあれば、それこそ昼近くまで起きて来ない事もある。『寝る子は育つ』という主張の神父のもと、咎める人間も特にいないので割と好き勝手にしているのだ。
しかしこの日は特に遅かった。昼食の時間になるというのに姿を表さないのは珍しい。今朝は勝手に抜け出した様子もなかったし、恐らくはまだベッドの中にいるのだろう。
の寝室のドアをノックする。しかし返事はない。それを確認し、ランサーはドアを開け室内に侵入する。幾らかの玩具が散かっていたので、それを避けながらベッドに近付く。
「おーい、嬢ちゃん。いい加減起きないと食いっぱぐれるぞ」
布の中にもぐりこんでいる少女を揺さぶる。くぐもった声が上がり、もぞもぞと動き出した。
「…まだ眠いのー」
「もう昼だぞ。流石に寝す――」
ランサーの言葉は途中で止まる。凍りつく彼の視線の先にあるのは白く長い腕だった。確かに少女の腕も白かったが――妙に長い。
今このベッドでグダグダ言っているのはのはずだ――と頭の片隅で反芻する。
腕は自身の上半身を起き上がらせ、ぺたりと座り込むような形でベッドに起き上がる。視線を彷徨わせ、未だ微睡みの中にある人物は彼の知らない者であった。否、全体的な雰囲気は少女そのものだったが――何分サイズが違いすぎる。
半ば確信しながらも、恐る恐る尋ねた。
「……じょ、嬢ちゃん…?」
「んー、なぁにらんさー」
覚醒しきっていない声は舌足らずで、こればかりは幼い姿の時と変わっていないようだった。起き抜けは舌が上手く回らないのか、ほわほわとした口調なのが少女のクセだった。
確定だ。この目の前にいる寝ぼけまくった女は本人である。
思考がひび割れている事が判る。目の前の謎が大きすぎて回路がショートしかけているらしい。しかしそのショック状態も一瞬の事、端と我を取り戻し、寝ぼけ眼の彼女の頬を軽く叩いた。
「おら、起きろ! んで鏡見てこい!」
「むーぅ」
唸り声を上げ、彼女はヨロヨロとベッドから抜け出す。足取りは覚束なかったが、その向く先は言われたとおり姿見の方向にある。
は部屋に備えられている全身が移る鏡の前に立った。ボーっと立ち尽くすことたっぷり一分。
「……あれ?」
それだけを言って、は首を傾げた。そしてペタペタと自分の身体を触る。頬、首、胸、腹、腿――そのどれもが立派な成長を果たし、程よい肉感を持った年頃の女の身体になっている。
触診を終えた彼女は、ぎぎいっと首をランサーの方へ向けて言った。
「…………これ、なに?」
「いやそれはオレが訊きたい」
絶句するに槍兵は頭を抱えて溜息交じりに答える。
とりあえずこれでも被っとけ、とランサーはベッドから引っぺがしたシーツを放り投げた。
※ ※ ※
よく判らない事態はとりあえず神父に訊け――とばかりに、驚きを通り越して言葉もない二人組は彼の私室に駆け込んだ。ランサーの隣にいるシーツに包まれた人物に、言峰は少しだけ片方の眉を動かしたが、それ以上のリアクションはなかった。
「――ほう、今度は髪ではなく身体本体か」
「心当たりあんのか、テメエ」
「一応な。先日髪が異常に伸びたことがあったのだ」
そうだろう、と言峰がに視線で促す。思い出したのか、あっ! と小さく叫んだ。
「どうやら大源を吸収し、自身の内に溜め込む体質を持つようでな。しかしはそれを多量に発散する手段を持たない。以前は髪にその魔力が現れたので、それを切って事なきを得たのだ」
「その時にひょっとしたら、また似たようなことがあるかもってキレイ言ってたね、そういえば」
「うむ。直接身体そのものに影響が出るとは予想外だったが。精々発現し易い爪や髪程度だろうという見込みは甘かったか…」
「事情はわかったがよ…どーすんだ、これから」
ランサーがそうぼやく。彼の話を聞く限りでは、今回は解決の為の糸口が見当たらない。何しろ髪が伸びたのとは勝手が違う。伸びた分の手足をちょん切るわけにもいかない。
「魔力の蓄積が原因なのならば、それを別の場所に移せばよい」
「どーやって?」
「嬢ちゃんは魔術師じゃねえだろうが」
「――複雑な手順など要らぬだろう。もっとも原始的な方法がある」
いつもの表情のない笑みで朗々と言峰が言う。
その言わんとする事は判るが――
「アホかテメエはッ!!」
脊椎反射でそんな言葉が出た。確かに現段階ではそれがもっともな手段かもしれないが、心情としてとてもではないが納得できるものではない。
激昂する槍兵に、神父は淡々と言葉を続ける。
「男と女だ、問題なかろう? 以前の体格差であれば困難だったかもしれんが、今は全く障害はない。幸い男手は選択できるほどの数がある。より取りみどりとまではいかないがな」
「オレは全くこれっぽっちもその気ないからなッ!?」
「ならば私かギルガメッシュという事になるが?」
「それをみすみす許すほど人でなしじゃねぇぞ!」
大体中身はそのままだろうがーッ! と、大いに叫びまくる。当事者のはずのは、男二人の会話に付いていけず目を白黒させていた。何故ランサーがああも憤っているのか判らない。言峰がそれを楽しそうに観察しているのはいつもの事なので、何となく彼の心境は理解は出来るのだが。
とりあえず、巻き込まれないように彼らから離れる。ずるずるとシーツを引き摺りながら移動し、出入り口付近まで避難した。
「…随分と騒がしいな。何事だ」
「あ。ギル様おはよー」
隣に現れた人影に布の中から手を出して小さく振る。
ギルガメッシュは彼女を上から下まで凝視した後、眉間に三本ほど線を作って尋ねた。
「…………………貴様、か」
「うん。ちょっと大きくなってるけど」
ちょっとか? と一瞬思ったが、英雄王はそんな瑣末事は気にしない。
ふむ、と言い争う現場ととを交互に見て、暇そうなほうに言葉の矛先を向けた。
「それで、何故そのような愉快なことになっている」
「えーっと、難しい事は良く判らないけど。キレイが言うには…魔力がわたしの中に溜まったのが悪いんだって」
「ほぅ、では育った分は魔力か」
「そうみたい。早く戻れるといいなぁ」
不機嫌そうにむう、と頬を膨らませる。そして、へくちっと小さなくしゃみをした。
何しろシーツの下はパジャマ――しかも小さな身体のサイズのものなのでスカスカ――だけなのだ。室内は多少暖かろうと、今の季節は冬真っ盛り。このままではまたもや風邪を引きかねない。きゅっと合わせていた前を搾った。
「さむーい」
「なんだ、その下は着ておらぬのか」
どれ、とギルガメッシュはの纏うシーツの端に手をかける。
それに対してが悲鳴を上げるより早く――
ドゴッ!
紅い槍が壁に思い切り突き刺さっていた。
「ナチュラルにセクハラかましてんじゃねーぞ、この金ぴか!」
「――雑種ハーフの分際で、この我に刃を向けるとは何事だ!!」
どうやら相当頭に血が上っているらしいランサーが、真名こそ唱えなかったものの本気で自身の獲物をブン投げたらしい。
一方標的とされたギルガメッシュは『売られた喧嘩は百倍返し』とばかりに、宝物庫が彼の背後でその口を開けつつある。それを察したのか、壁に突き刺さっていた魔槍はいつのまにか持ち主の手元に帰ってきていた。
一触即発の空気の中、すすすと廊下に脱出する。怒る機会を外し、少々脱力しながら槍により廊下側の壁まで貫通した穴を半ば呆然と見る。
「とりあえずお洋服どうしよう…」
そのポツリとした呟きは次々と打ち鳴らされ、漏れ出る金属音に掻き消されてしまったのだった。
結局――約一名の執拗な反対により経過観察となったのだが、元のサイズに身体が戻るのに数日を要した。
大きな被害は主にサーヴァントの喧嘩に巻き込まれた言峰の私室のみであった。どっとはらい。
END
長編用に考えていたネタを小出しにしてみたり
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