016:シャム双生児



 少女はじっとアーチャーを見つめていた。ガラス玉のような瞳は、何処までも真っ直ぐだ。

「…何かあるのかね?」

 アーチャーはその視線を真っ向から受け止めてそう訊ねた。膝を曲げ、目線の高さを揃えた彼をはやはり真っ直ぐに見据えたまま、

「――ゴメンね」

 そう言うと、あっという間の早業で少女の手はアーチャーの髪の毛をぐしゃぐしゃに荒らしまわった。
 目線を揃えなければその手が届く事はなかっただろうが、生憎と今の彼の高さは十分にその条件を揃えている。不意を付かれた事もあり、アーチャーに出来る事といえば『むっ』と短い悲鳴を上げることくらいだった。
 小さな嵐が頭髪を蹂躙すること暫し、あっという間に弓兵のヘアスタイルはメチャクチャに乱される。驚きで半ば唖然としている彼を尻目に、施工者は神妙な顔つきで前髪が降りたアーチャーを観察していた。
 乱され、重力に従い下りてきた前髪を手櫛でざっと再び後ろにかき分ける。赤の弓兵は眉を顰めて尋ねた。

「……それで、君は何がしたかったのかな」
「んーと…確認?」
「なんのだね」
「士郎おにいちゃんとにてるかどうか…」

 ぽそ、と申し訳なさそうに答えるの言葉に、アーチャーは表情にこそ出さなかったが内心で戦慄した。ぴたりと髪の毛を整えていたその手が止まる。

「――何故、そう思ったのか聞いてもいいか?」
「えっと…ごはんの味がね、にていたから」
「…………それだけかね?」

 こくり、とは頷いた。その理由に呆れるやら感心するやらだ。
 守護者と成り果てた自分は随分と変わってしまったと我ながらに思う。背も随分と伸びたし、赤銅色だった髪も褪せ、それとは逆に肌は黒く色付いた。全てが磨耗し果てたと感じることさえも忘れていたのに、よもや料理の味でこんなあどけない少女に疑問を持たれるとは。

「…私とあいつの味付けは、そんなに似ていたのか?」
「うーんと、全部一緒って訳じゃないけど…
 ――食べた時の感じがね、同じだった。やさしい味がしたよ」

 そう答えるの表情は――暖かな春の日差しにも似た、無邪気な笑み。
 華やかですらあるそれに、アーチャーは苦く笑んだ。

「…あんな未熟者と同じ、か」
「士郎おにいちゃん、未熟じゃないよ。ご飯おいしいよ!」
「それは君の舌が未熟だからそう感じるのだよ」
「おいしいものと、そうでないものくらい判るよー!!」

 誤魔化すための皮肉はどうやら幼い彼女に大変な効果をあらわしたらしい。
 ぷんすかと微笑ましい怒り方で抗議してくるの髪を、先刻のお返しだとばかりにやや乱暴にかき混ぜる。ちらつく前髪が気に食わないのか、ぷぅと頬を膨らませ、唇を突き出しながらそれを整えた。
 何をするんだ、と口ほどに物を言う視線に晒されたアーチャーは悪びれることもなくひょいと肩を竦めた。

「因果応報――お返しをしたまでだよ」
「…う」

 弓兵のある部分ではもっともな台詞に、は思わず口ごもる。何しろ先に手を出したのはであったし、それも騙し討ちのようでもあったのだから何も言い返せなかった。
 だが、理にはかなっているが腑には落ちない。口をますますヘの字にする少女の想いを察したのか、宥めるようにアーチャーは再度口を開く。

「――では、君の舌の成長を促すため、一つ腕を振るうとするか」
「……え?」
「予め言っておこう。本気を出した私の料理は――あの男とは比べ物にならんほど美味いぞ?」

 言って、赤い弓兵はにやりと不敵な笑みを浮かべる。唐突な申し出に、は数度瞬きを繰り返し、その意味を悟ってぱっと表情が明るくなった。どうやら不機嫌よりも美味しいものが食べれるという誘惑の方が強いらしい。
 単純な少女の思考回路に思わず笑みが漏れそうになるが、そこをぐっと押し込めてアーチャーは恭しく伺いを立てる。

「さて…何かご所望はあるかな、姫君?」
「え、えっとね、えっとね…イチゴ! イチゴのお菓子が食べたいの!」
「了解した。ああ、なんならも一緒に作ってみるかね?」
「うんっ!」
「ではまずは買い物からだな。折角だから材料もこだわりたいところだ」
「えへへ… 楽しみ!」

 飛び上がらんばかりに喜ぶに、今度こそ堪えきれない微笑みが口の端に零れた。


 その後――材料調達の為、マウント商店街に赴いた際。
 八百屋の主人相手に値切り交渉をしている姿を見ていた少女の『やっぱり似てる』という小さな一言に、紅き弓兵の動きが一瞬ぴたりと静止した事をちょっとした余談に追記しておこう。

END


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