026:The World



 生前していた頃。世の全ては彼のもので、それを彼自身も自認していた。
 把握できないものはなく、己が手中には全てがあった。
 
 しかし――今彼の目の前にいる少女は勝手が違っていた。
 言峰神父の管理する教会は孤児院も兼ねている。それの真実の姿は大いに異なるところなのだが、はその『孤児院』に預けられたものだという。という事は、この先の道は唯一つだ。
 短いながらも同じ屋根の下にいるのだから。そんな理由で顔合わせ、更にお約束らしく自己紹介をしろとの命を受け、この茶番――彼はそう思っている――は開かれた。

「あの青い人がランサーね。それで、金ぴかさんのお名前は?」
「…………ギルガメッシュだ」

 ニッコリと笑いながらとんでもなく失礼な聞き方で、年端もいかぬ彼女は尋ねる。
 びきり、とこめかみが筋張ったがぐっと堪えた。雑種の言の葉にいちいち腹を立てているようでは王足り得ない、と自分の中で言い聞かせる。かの猛犬のように嘗てのクラス名で答えてもよかったが、今の彼には特に隠しだてる理由もなかったのでそのままの真名を答えた。
 はふむ、と反芻し

「えーっと…偽流亀酒?」
「酷く我を侮辱した発音をするでない。ギルガメッシュだ」

 どうも彼女は長いカタカナが苦手らしい。むう、と眉に力を入れた。

「…亀酒?」
「ギ・ル・ガ・メッシュ!」
「覚えにくい名前ー」

 下手をすれば一瞬で殺されるであろう男を前にしても、の態度は変わらなかった。殺気だだもれの英雄王に気付かないのか、ブツブツと自身にその名を馴染ませようと口の中で繰り返している。
 ここで殺すのは簡単だが、いずれ彼女はあの『棺』に納められるもの。いわばギルガメッシュの食事の材料だ。久々の豊富で新鮮な魔力元をここで枯らすのは愚者の行いである。
 暫し両者は無言のままに対峙し、そしてややあって上目気味に――の身長は男の半分ほどだから必然ではある――尋ねてきた。

「えっと、ギル…じゃダメ?」
「――わかった。妙な呼び方をされるよりはマシだ。
 ただし貴様のような雑種はこの我に対し、尊敬と畏怖を込めて尊称をつけるがよい」
「はーい。了解、ギル殿!」

 王らしい貫禄で言ったはいいものの、それを上回る能天気な声で頭打ちにされる。いや、ここでがくりと姿勢を崩さなかっただけ流石英雄王というべきか。
 とりあえず、訂正させるべきところだけは早急に手を打たねばならない。恐らく放置すれば延々そう言われるとどこか確信めいたものがあった。
 半眼で、ギルガメッシュは透明な彼女の瞳をねめつける。それに少女は臆する事なく、視線は真っ直ぐに絡み合った。無知と無垢は紙一重ながらも、自分としっかり目線を合わせられることはポイントが高い。その点のみ、彼は少女を認めた。

「……殿ではなく様にしろ」
「ギル様?」
「そうだ」
「ギル様ー!」

 きゃぁ! とはしゃぐように声を上げて、勢いよくギルガメッシュに飛びついた。
 今度こそバランスを崩され、膝が僅かに曲がる。ええい離せ、と引き剥がそうとするも、構ってもらったとでも思ったのか嬉しそうにますますしっかり抱きつく。
 それは傍目から見ればそれなりに微笑ましいともいえる光景だった。
 現にランサーはゲラゲラと無遠慮に笑っているし、言峰すらもその口元はいつもより弧を描いている。他人の不幸が蜜の味、な男であるのでこの状況はさぞや念願叶ったりなのだろう。英雄王の戸惑いなどそうそうあるものではない。

「いい加減離さんか雑種!!」
「ギル様が私の名前覚えたら離してあげる〜」

 そんなやり取りのうち、場の微笑ましさと爆笑の渦はますます高まってゆく。
 結局はギルガメッシュが折れ、彼女の名を言わされるまで続いたという。

END


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