039:オムライス



 聖杯戦争が正式に始まるより以前。
 教会に集う面子は、特に表立った活動をすることもなくダラダラと日々を過ごしていた。
 そんなある日の昼の一コマ――

「…もうね、麻婆は嫌なの」
「奇遇だな。我も同感だ」
「むしろンなもの子供に食わすなって感じだな」

 膝突合せ、三人は口々に不平を言う。目の前には大皿に盛られた麻婆豆腐。色は目にも鮮やかな深紅。豆腐すらも深紅。湯気は目に入ると痛みを感じる程だ。
 ここの神父の好物は、一口必殺と噂される中華料理店泰山の名物である激辛麻婆。あんなもの人類の食物ではないと言われ続けながらも、時折いる規格外に愛されて店は成立っている。言峰はその代表格だ。
 『孤児院』に引き取られ、現在も五体満足に活動しているのはのみだ。生きるからには栄養摂取は必要必須な訳で、普通にそれを与えられてはいるが――必殺麻婆の割合の高さはどうにかならんものかと密かに悩んでいる。
 サーヴァントは食物の摂取は現界の必須条件ではない。だがランサーは生を楽しむ性質だし、ギルガメッシュは受肉しているのでそれなりに欲する時もある。しかし教会に身をおけば高確率で麻婆の洗礼を受けるので、常々不満はたまっていた。

「オムライスとか食べたいなあ」
「上に旗が刺さってるやつか?」
「うん、そう。でもね…キレイに言ったら、きっと中身が麻婆味のオムライスが出てくると思うの」
「奴の事だ。『色が同じだから構わんだろう』とでも言いそうだな」

 ちょっとその状況を想像してみる。
 きれいな半月型をし、旗も装備した無敵オムライス。喜び勇んでスプーンを入れる。オムライスの中身はケチャップ味のチキンライス。そう思い込んで食べた途端いつもの麻婆味で、全員絶望のどん底に叩き落される。それを言峰は実に満足げな笑みで見守っている――
 あっという間に三人の脳裏にそんな情景が広がった。あまりに想像し易すぎる。

 だが妄想したり、ぼやいたりしたところで、今日の昼食は外道麻婆コンゴトモヨロシクだ。その事実はどうやったって変わらない。変わるのであればいくらでもごねるが、世の中そんなに甘くない。
 仕方なしに三人はノロノロとそれを食べ始める。どうせ辛味を感じるのはせいぜい三口目くらいまでだ。その後は口内が麻痺してマトモに感じられなくなる。
 せめて白いご飯が欲しいなあと嘆きながら、もくもくとはレンゲを動かす。通夜めいた暗い雰囲気の中、ボソリとギルガメッシュが言葉を漏らす。

「――よ」
「なぁに、ギル様」
「包丁と火の扱いを一刻も早く覚えるがいい」
「ああ、そいつは名案だ! そうすりゃ嬢ちゃんの好きなときにオムライス食えるぞ」
「でも刃物や火は危ないから触るなってキレイ言ってたよ?」
「構わん。我が許す」
「誰かついてりゃ事故も防げるだろうさ。…少なくとも、この地獄よりはずっとマシだ」

 溜息混じりのランサーの台詞に、英雄王も深深と頷く。
 は暫らく考え込んでいたが、決意を固めたらしくぎゅっと眉間に皺を寄せて宣言した。

「…うんッ、頑張る! わたし、オムライスやハンバーグ食べたいもん!」

 高らかな決意表明に、ランサーは喝采を捧げる。ギルガメッシュも鷹揚に頷いた。
 豊かな人生は豊かな食生活から―― はたしてそれが実現できるか否かは兎も角として、今はただそんな希望に縋りたい三人だった。

END


この平行世界ではきっと聖杯戦争なんて起きない気もしてきました

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