053:壊れた時計



「――

 聖杯戦争も終結したある日の昼。いつものように何とはなしに衛宮家に人々は集い、何とはなしに縁側でまったりとした時間を過ごしていた時間。
 ギルガメッシュはペチペチと自身の組んだ足を叩いて少女の名を呼ぶ。冬の聖女との手遊びに興じていたはそれを見聞きして、はぁいと応えた。
 とたとたと小さな足音を立てながらは男に近付く。とすん、と当然のように少女はギルガメッシュの膝の上に腰を下ろした。そんな彼女をかき抱くようにギルガメッシュの腕がを包みこむ。
 一連の動作は実にスムーズだった。あまりの自然さに、周囲の者がなにも言えぬほどである。
 ぽかん、と誰もが呆ける中、逸早く復帰したイリヤが半眼で黄金王へ剣呑な眼差しを送っていた。

「ちょっと、どーゆーことよ!」
「喧しいぞ、娘。そのように喚かずとも耳に入る」
はわたしと遊んでいたのよ! 勝手に持っていくなんてマナー違反だわ!」

 ぷんすかと、横槍を入れられて歓談の時を奪われた冬の少女が抗議の声を上げる。
 しかしギルガメッシュはどこ吹く風とばかりに取り合うこともなく、凪いだ海面の如く静かな佇まいのままだった。彼の代わりに…とばかりにが申し訳なさそうに答える。

「ゴメンね、イリヤ。こうしないと、ギル様がいなくなっちゃうから…」
「ハァ?!」
「――コイツな、まだ魔力が足りてないんだとよ」

 訳が判らない、とうめいたイリヤに、見かねたランサーが苦々しい表情を伴なわせ、英雄王を不遜にも指差しつつ解説する。
 聖杯戦争終結後、誰よりもギルガメッシュは疲弊していた。《棺》を除去し、マスターを魔術師として未熟なと据えた状態で乖離剣を連打すれば当然の結果である。
 十年前に聖杯の中身を浴びて受肉した身なれど、活力たる魔力の枯渇は命取りだ。おまけにとの供給ラインは酷く細い。故に回復はかなり遅れていた。

は…意識すれば触れているものに直接魔力流せるからよ」
「あー… それでああなった、と」
「個人的にはこの上なく不本意なんだがなぁ」

 がくり、とランサーは肩を落とす。凡その事情を察し、イリヤはぽんと彼の肩を慰めるように叩いた。
 彼とて疲弊したうちの一人だが…幸か不幸か復活した言峰との魔力ラインは強く作用し、今では通常活動には支障ないまでに回復していた。

「――大体だ」

 ぽつ、と無言を敷いていたギルガメッシュの口が動く。彼の腕の中のは、魔力の流れを組み立てることに集中しているのか、目蓋を閉じともすれば眠っているようにも見えた。

「体液交換を行えば即座に済むところを、このようなまだるっこしい手段にさせているのは貴様らだろうに」
「…アレだけしこたまやられて、テメエまだ懲りてないのか」

 どこか不服そうな響きを潜ませたギルガメッシュのぼやきに、ランサーは心底から呆れたとばかりに嘆息した。
 終結直後、体液交換――すなわち、性交による魔力供給を言い出したギルガメッシュに、女性陣が黙ってそれを許すはずも無かった。
 いや、ただそれだけならあるいは渋々と認められていたかもしれない。その後、ギルガメッシュ本人が『組み伏せられ、蹂躙されるが女の幸せ』だの『我は奪うだけではない。等しく快楽も与えよう』と、いつもの尊大な態度でそういったのが最大級にまずかった。
 ごぉう、と怒りの炎を視認出来る程に皆は憤る。セイバーはエクスカリバー持ち出すし、遠坂は宝石剣片手に凄みだすし、桜に至ってはそんなに魔力が欲しいならばもう一度《泥》を塗りつけてやるとばかりにぶちきれていた。ライダーは己の瞬発性能を生かし、を抱きかかえてギルガメッシュから遥か彼方へ離脱後、さながら酩酊者の如く少女に対して『倫理』やら『男女の機微』やらをトクトクと説いていた。

 集結する三者三様の圧倒的な力の前に、さしものギルガメッシュも自身の失言を自覚し二度目の生の終結を覚悟したが、イマイチ自身の身の危険を理解しきっていない本人が彼女らの蛮行を押し留めたために九死に一生を得ている。
 ちなみにランサーとアーチャーもその場に同席していたが、自分達が仕掛けるよりも速く、かつ壮絶に脅しをかける女性陣の姿を諌めるわけでもなく、だらだらと脂汗流しつつ見守っていた。情けない事この上ない。

 そして、その際の妥協点が――今の状況だ。の特性をギリギリまで活かし、既に開かれたライン以外の魔力を余分に供給する。そのためには全身をこうしてギルガメッシュに預け、微睡むように流れを作っているというわけだ。
 すっ、と少女の頬を二人に見せ付けるように撫で、ギルガメッシュは存外柔らかな口調でのたまう。

「まったく…好いたもの同士の関係に茶々を入れるなど無粋この上ないとは思わんか?」
「…………ねえ、ランサー」
「おう、何だイリヤ」

 巫山戯たようなギルガメッシュの世迷い事に、ピキリ、と場に亀裂が走る。
 たっぷり数秒の間を持ってイリヤが口を開いた際、ランサーは間違いなく彼女と自身の意志が完全に合致している事を確信していた。

「ミディアムとウェルダン。貴方、どっちが好み?」
「そーだなー。真っ黒コゲとかいいと思うぜ。串刺してクルクルってな」
「おっけー!」

 元気よく答えるイリヤの全身に赤い文様が浮かぶ。ランサーもそれに合わせるように、自身の魔力で編んだ愛槍を出現させた。
 ごりごりと膨れ上がる確かな殺気。失言王はだらりと脂汗を一滴流した。

「――ッ、貴様ら!」
「寝言はねえ、寝てから言うものよ金ピカさん」
「寝ぼけてようといまいと、んなコトいう阿呆にはザクッと心臓一突きだな」

 彼らは本気である。両目の中に『必ズ殺ス』とはっきりキッパリくっきりと表示されていた。
 さて。何度もいうようだが――現在のギルガメッシュは大変に疲弊している。これは事実だ。かつてのように無茶な弾丸の嵐を降らせることも出来なければ、彼の愛剣を振るうことも困難だろう。
 例え彼のスキルに単独行動A+があろうとも、宝具を使用した瞬間に存在はより稀薄になる。存在を保つために、それこそ何者かの魂を直接食まねばならないほどにだ。
 白き聖杯の少女と光の御子からの全力攻撃を疲弊した身体、かつ宝具無しで防ぎきれるか。
 答えは――NO。現在の彼自身に有効的な反撃の手段はない。あるのは唯一つ、絶大な威力をもつ無効存在だけだ。

「…が起きる。静かにするが良い」

 その一言で、ランサーとイリヤの気配が目に見えて鎮まる。
 ギルガメッシュの腕の中にいたは、いつのまにやら午睡の淵におちていた。すやすやと、ゼンマイの切れた玩具のように微動だにせず寝息を立てている。
 能力の大半が失われた少女の魔力容量は実に乏しい。その中から回せるだけの魔力をギルガメッシュの回復に当てている今、短時間の供給行動での貯蔵魔力は失われる。それを回復するために彼女は頻繁に眠りにつくようになっていた。
 眠っては補填し、補填しては眠り―― 主従は互いにそれを壊れた時計のように繰り返している。

 渋々ではあったが、二人は放っていた殺気を仕舞い込んだ。当面の危機が去ったことを把握し、フゥと英雄王は息をつく。

「――そういうコトだ。我も眠る」

 一言、それだけを残してギルガメッシュはぱたりと己の目蓋を閉じた。やもせず聞こえてくるのは微かな息遣い。主従は穏やかな陽だまりの中で誰彼憚る事無く眠っている。
 その光景にランサーとイリヤは互いに顔を見合わせ――そして苦く笑う。

「二人っきりでお昼寝なんてさせないんだから」
「夕飯まで一眠りってのも悪くねえか」

 言って、彼らはギルガメッシュを挟むようにして縁側に腰を下ろし――結局夕暮れの冷気に起こされるまで四人揃ってぐうすかと高いびきをあげていたという。

END


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