その日はとてもよい天気の日だった。
空は快晴。天に雲は一欠片たりもなく、澄み渡る蒼穹には心地良い風が駆けている。
春の訪れに沸き立つ大地には草木が青々と萌え、小さな白い蝶がヒラヒラと菜の花を舞い踊っていた。
まさに春到来。爽やか、という一言が尤も似合う雰囲気だ。
そんな陽気に誘われたのか、言峰教会のある一室。建物内で最も日当たりと風通しのよい場所で、一人の男が静かに目を閉じていた。麗らかな日差しを受けて、金糸がキラキラと輝いている。
時刻は正午過ぎ――飯事の準備が出来たのに姿を表さない同居人を探してみれば、特等席で気の早い昼寝に興じている英雄王を発見するに至った。
は小さく口の中で息を吐いて、ギルガメッシュが寝そべっているソファへと駆け寄る。
「ギル様、起きて。お昼ごはんだよ」
言いつつ、身体を軽く揺さぶるが目覚める気配はない。むぅ、と口をへの字に曲げて、もう一度、今度は先程よりも強い口調で呼びかけるが効果はない。若干乱暴に彼の身体を揺さぶるがこれまた同じ結果だった。
ギルガメッシュは一度深く寝入ってしまうとなかなか起きないという事をは知ってはいる。だからと言ってこのまま放置して先に昼食を済ませてしまえば、それはそれで黄金の王様は機嫌を悪くしてしまうためその選択も選ぶ事は出来ない。それに何より、この少女はご飯は一人でも多くのものと食べた方がおいしいと思う持論の持ち主でもあった。
さて、どうするべきか。
以前にランサーに唆されてギルガメッシュの腹にダイブしたが、あれはかなり危険である事は学習済みだ。確かに効果は高いが、失敗した時のリスクが大きすぎる。いい妙案が思い浮かばず、思わず頭を抱えた。
こうなってくると、静かに眠るギルガメッシュが少しばかり憎らしくなってくる。さっさと起きてくれればこんな風に悩まずにすむのになぁと、腹いせも込めて彼の頬を横に引っ張った。肌の手触りはよいのだが、あまり伸びないので面白くない。
普段まじまじと見ることもないのであまり意識はしないのだが、ギルガメッシュの容貌は酷く整っている。それこそ美術彫刻のように統制が取れている。起きているときは人を小馬鹿にした笑みを筆頭とした様々な表情を取るので気付きにくい、ということもあるだろうが、こうして眠っているときなどはその美しさが際立っていた。
じっと白磁めいたギルガメッシュの顔を眺める。のそれとは15cmほどの距離だろうか。目の前の広大なキャンパスを見つめながら、ふっと少女が声を漏らす。
「……早く起きないとラクガキしちゃうよ」
「――――、お前はもう少し艶めいた起こし方はできんのか」
「うーんと、よくわかんない。でもとりあえず、おはようギル様!」
「……もうよい。お前に期待するほうが間違えているというものだな」
はぁ、とこれ見よがしに溜息をつきつつギルガメッシュが上体を起こす。
彼の言葉には首を傾げつつも、何となく自分がギルガメッシュの期待には添えなかったのだろうという事は読み取れた。
「えっと……わたし何か悪いコトした?」
「したな」
「ええっ?!」
キッパリと断言する言葉に、思わずの口から声が漏れる。驚愕に彩られた少女に対し、ギルガメッシュはにやりとあまり性質の宜しくない笑みを浮かべた。
その表情に、の第六感が警報を鳴らす。彼がこういう顔をしているときは、自分にとっては少々分が悪い状態だ。距離を取るか、それとも誤魔化すかは一瞬の判断である。それに若干迷っているうちに、すっとギルガメッシュの指がの両頬に添えられ――思い切り横へ引っ張られた。
「いひゃいいひゃいいひゃい!!
「王に許可なく危害を加えたのだ。これくらいの罰は受けてもらわねばな」
言いつつ、ギルガメッシュの指は半強制的によく伸びる少女の頬を動かす。最初は横、次に縦。最後に丸を描いてぱっと離された。
頬を抑えつつ、半分涙で溢れた瞳をは男へと向ける。若干底意地の悪そうな、それに加えてとても楽しそうに目を細めた英雄王は凱歌の声を上げた。
「これに懲りたら、今度はもう少しマシな起こし方を考えるがよい」
「…はぁい」
僅かに赤味を強めた両頬を擦りつつ、は首を縦に動かした。
素直な返答に気を良くしたのか、それとも元々前から目を覚ましていたのか。寝起きのすこぶる悪い彼にしては珍しく、あっさりとその身をソファより起こすとその足を出口へと向ける。先行するギルガメッシュに遅れまいと、慌ててが歩み寄った。
――ふと、彼の足が止まった。追いついたの襟をネコを抱くように掴む。唐突に消失した足裏の感覚に、少女の目が見開かれた。
しかしそんな些細なことを気に留める英雄王ではない。彼女を持ち上げた理由は別のところにあった。
「……ふむ、卵とバターの匂いがするな」
「あ、うん! 今日のお昼はね、オムライスなの!」
くん、と至近距離で鼻を鳴らすギルガメッシュに、元気よくが答える。調理直後の為、髪の毛に材料の匂いが移っていたらしい。納得がいったのか、ふむと呟いてギルガメッシュがその手を離すと、は器用に両脚で大地へと帰還した。
「半熟たまごのオムライスにするためにね、粉チーズを入れてみたの。いつもよりトロトロだよ」
頑張って作ったんだよ! と、報告するの声音には、薄らとではあるが自信が覗いている。どうやら本人基準でとても出来が良いらしい。誇らしげな報告に、『そうか』と一言だけ返した。
再び歩き出すも、小さなシェフが追いつけるようになのだろうか、僅かに男の歩むスピードは緩い。そんなわけでまるで連れ添うように二人は台所までの僅かな道のりを歩く。
他愛もない会話を繰り返しながら、麗らかな昼時が過ぎてゆく。
彼らの日常は、概ねこのような常春の日々なのであった。
END
ブラウザバックで戻って下さい