素敵な効能を持つ温泉を求め、属性クロマクを持つ神父はお供二人を従えて冬木の街を放浪しておりました。彼らは遅い来るライバル達を花札勝負とともにちぎっては投げ、ちぎっては投げ、順調に蹴散らしていきます。
 何故そこに花札が絡むのか、と疑問を持つことは許されません。あえて言うのであれば花札がそこにあるからだ、としか言いようがありませんし、何より今この冬木の街を覆うトラぶる結界の前には、そんなツッコミは概念すら持ち合わせていないのです。

 そして一向は不協和音――主に槍兵の悲痛な叫び――を響かせながらも、目的である温泉に後一歩というところまでやってまいりました。
 しかしながら、彼らの前に立ちふさがる、無謀な人影が現れます。勇気あるものの名は。彼女は可愛らしく頬を膨らませ、憤りを隠さず男たちに喰いかかります。

「置いてけぼりはひどいのー!」

 いやだってシステム上仕方ないんだよ、と3人の心は珍しく一つになりましたが、口に出すことはありませんでした。恐らくは世界の抑止力が影響したのでしょう。
 しかしそんな力を無視して、少女はなおも可愛らしく怒り続けます。

「だから、ここを通りたかったら、私と勝負してね!」

 否、少女といえどもどうやらシステムには逆らえない様子です。彼女の片方の手にはバッチリ花札が装備されていました。

「…あー、嬢ちゃん。流石に宝具も何もない嬢ちゃんが俺らに敵うとは考えにくいんだが」
「大丈夫! こんなこともあろうかと、凛師匠から預かってきたものがあるから!!」

 言外に降参しとけ、と進言したランサーの台詞はあっさりと却下されます。いつになく強気な少女が突き出したもう一方の片手には、世にも禍々しき魔女っ子ステッキが握られておりました。
 思わず息を飲み、半歩身を引くランサーの目の前で、少女は誇らしげにステッキを空にかざし、高らかに宣言します。
 子供受けしそうな赤・白のツートンで構成された、星と天使羽モチーフの変身ステッキ。見た目は子供向けコスプレアイテムなれど、その実態はかの魔法使い”宝石翁”が作り上げた愉快型魔術礼装。それを手にした少女はステッキの支配下に置かれ、獣耳とフリルを装備して、世の中の悪ッぽいものと戦う使命を帯びざるをえない悪夢のアイテム――その名をカレイドステッキ!
 コンセプトは色々まずいですが、その力は本物です。ステッキからは眩いばかりに神秘の力がダダ漏れ、虹が少女の身を包み込むように展開していきます。

「プリズムパワー! メイクア――」
「まて!! それは色々とまずい!!」

 十年を現世で過ごした娯楽王が珍しく焦る様に非難の声を上げます。この十年をどのように過ごしていたのかが解るというものです。流石サブカル王。
 しかしそんな制止の声など届くはずもなく、キラキラとした特殊効果を張り付かせて少女の姿はくるくると舞い躍ります。まるで早送りボタンでも押すかのごとくするすると手足が伸び、出るとこが出て引っ込むべきところが引っ込んで――あっという間にの身体は素敵な女性のボディに成長してしまいました。
 さらさらの髪ににゅっと存在感を主張する真っ白ふさふさのウサ耳。リボンとフリルに彩られた総レース作りの衣装はかなりきわどいミニ。そのミニスカの下5センチは肌色が覗く絶対領域。お約束のニーハイソックスが細いながらも柔らかな太腿に僅かに食い込み、肉感をアピール。

「――貴方の夢を叶えるカレイドオパール、ここに見参ッ!」

 決めポーズとばかりにクルリと一回転すると、ふわりとスカートが舞い上がり、それでいて絶対に見えない絶妙の翻り方。間近で見ていたはずのランサーでさえもその領域を拝むことは叶いませんでした。
 半ば呆然とする男衆と、決めポーズのまま静止する。見合ったままで暫しの時が流れ――

「…その姿になると、何か変わるのかね?」

 ひどく平坦な言峰の声がその場の緊張を打ち破る。
 その疑問に、待ってましたとばかりにがえへへと少し照れくさそうに答えた。

「えっとね。必殺技が使えるようになるの」
「ほほう」
「《虹色の夢》っていうんだけど…効果は、リセットボタンなの」
「――リセットボタン、だと?」
「うん。私が負ける瞬間に自動発動、場の時間軸を強制的にシフトさせて、12文同士の状態まで移行する効果だよ。ちなみに回数制限は殆どなし」
「何だそのチート!!」

 流石元からの立場が反則なだけあって、宝具効果もひどいモンです。ランサーの叫びにさしものギルガメッシュもうむと大きく頷きます。

「流石にその効果で何の代償もないというのもありえまい」
「うん、宝具効果を使うごとに、一枚ずつ衣装を脱がなきゃいけないの。このお洋服だと…三回くらい?」

 その一言に、ランサーとギルガメッシュの動きが目に見えて止まります。
 恐らく男たちは葛藤をしているのでしょう。少女の身を案じ、この蛮行を思い止まらせるのか、それとも欲に忠実な雄となるべきなのか。

「――よし、主のその覚悟を汲み取るのが我の役目だな」
「アホかぁー―――――ッ!! も突飛過ぎる行動は慎めッ! というかそのステッキは呪われてるだろ、確実にッ!」

 それぞれの選択はやはり予想通り。ギルガメッシュがさくっと欲望に傾きはしたものの、常識人ストッパーを持ち合わせる貧乏クジ率ナンバーワン候補のランサーが、その俊敏さを生かしての手からステッキを強制的に奪い去りました。
 その途端、少女の姿は短い悲鳴と共に再び虹に包まれ、瞬きを一つ落とした頃にはいつものサイズに戻っていました。

「ランサー、ひどーい!」
「酷くないぞ、こればっかりは主張するからな」
「まったく、主の願いの一つも叶えてやることも出来ないとはな。流石は駄犬だ」
「テメェは黙っとけ駄目王」
「…ともあれ、今回の場合は我々の不戦勝でいいのかな?」
『あ』

 ぎゃあすかと騒音を生み出し続ける三人を尻目に、一人淡々と動じることのないミスター明鏡止水が、片腕で掬うようにを持ち上げます。

「敗者は勝者に従うが定め……人質として拘束させてもらおうか」
「ええっ」
「この先に、凛達がいるのだろう? よ」
「…………うん。何で判るの?」

 嘘が苦手で嫌いなは、たっぷりと間を置きながらもその言葉に肯首します。不思議そうに見つめてくる少女に、神父は僅かに微笑みながら答えました。

「大方私達を消耗させようとしたのだろう。毛嫌いしている杖すら持ち出し、あまつさえお前を唆してくるとは……ますます持って一番湯を譲るわけにはいかんな」
「皆で、仲良く入るってのは駄目なの?」
「私はそれでも構わないが――」
「魔術師が血反吐吐くぞ」
「むしろあの贋作者がそれを認めるわけがなかろう」
「――まあ、そういうことだ」
「…わたしなら、皆と入りたいのになあ」
「絶ッ対駄目だ」
「うむ。一億歩ほど譲って、槍兵までは王らしく寛大な心で許すとしても、言峰だけはいかん」
「…む、何故だ」

 ぽそ、と呟かれた言葉を見逃す従者達ではありません。まさに神速のインパルスでもってツッコミを入れます。
 その反応に言峰は心外だとばかりに、至極当然のように抗議の声を上げますが――

「どこをどう見ても幼児略取だ。断言できる」
「――父と娘の交流という見方はないのかね」
「テメェのこれまでの生き方ってモンをちったあ振り返ってみろ。ありえねェだろ」

 ランサー・ギルガメッシュのこれまでに類を見ないほど結託しています。半眼でねめつけるように――まあ効果はないんですが――言峰を威嚇します。

「――お前達の私に対する認識は良く判った。
 では、肝心のに問おう。お前は、人質として我々とともにともに温泉に入るか…もしくは、教会にて留守番をしているか。どちらがいい?」
「温泉ッ!!」

 神父の問い掛けには即答しました。しゅたっと元気良く片手を挙げ、きらきらと何かを期待する瞳で男達を見渡します。何の邪気もない、その目に見つめられると、俗な考えに染まりきった己の矮小さをひしひしと感じる――様な清廉な英雄であればどれほど良かったでしょうか。特に金ぴかの王様。

「――ふむ。ではには我の背を流す栄誉を授けよう。我はあわあわが好みだぞ」
「わかったー!」

 ――駄目だコイツら、オレがしっかりしなきゃ。

 きゃっきゃと心底楽しげにはしゃぐギルガメッシュと、そもそも選択肢をほぼ与えていない神父。
 そんな現実を前に眩暈にも似た何かに襲われ、一瞬視界がダークアウトするケルトの英雄さん。チーム随一のツッコミ体質となってしまった彼の双肩に、暴走しっぱなしの他三名をコントロール責務が圧し掛かります。
 いっそ遠坂コンビに負けた方がいいのか、しかし嬢ちゃんからの背中流しはオレもちょっとやって欲しいかなー、と悲しい男の心情も綯い交ぜにしつつ、思わず空を見上げてしまうランサーなのでした。

END


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