少女は静かに瞑目していた。
 柔らかなてのひらにパワーストーンが包まれている。宝石と呼べるほど純度は高くないが、成分的には確かにそのカテゴリーに振り分ける事が出来る代物だ。
 はゆっくりとイメージを組み立てていく。始めた当初は血を媒体とする必要があったが、慣れた今ではそれも不要になり、今では自身の世界を構築するのみで体内の小源を移行させる事が出来るようになっていた。
 レベルアップした今でも、彼女のイメージは変わらない。己の中にある《魔力》という《水》を《宝石》という《スポンジ》に吸い取らせる。もしくは、コップから水を入れ替える。いくつか想像のパターンはあったが、共通する事柄は『内にある小源は《水》である』ということだった。
 悪寒にも似たものが背筋を伝う。同時には集中をといた。ゆっくりと瞼を開け、同時に手を開く。手に収まるパワーストーンをまじまじと観察するが、先刻抜けた小源に比べて蓄積されている量は明らかに少なかった。

「やっぱり、少ないなあ」

 言って、ちらりとは傍らのテーブルに置かれたキャンディを見つめた。同じ要領で同じ分量だけ魔力の転換を試したのだが、移行量はどうしてもキャンディのほうが上だった。むしろ、キャンディの場合は増幅している。相性なのだろう。自覚は薄かったが、こうして比較するとよりはっきりとわかる。
 しかし、キャンディの類はある一定量を越えると、途端に砕けてしまう。吸収されやすいが故に、あっさりと限界量を超えてしまうらしかった。その点で言えば、水晶の魔力容量が当然桁違いに多い。
 キャンディであれば僅かな魔力であっても増幅されて蓄積される。しかし、キャンディ一粒と水晶一つを比較すれば、元の容量が大きい水晶の方が一粒比較での魔力蓄積量は多い。つまり量で言えば数を揃えたキャンディ、質で言うなら水晶だ。手間こそかかったものの、魔力の上乗せを続けた宝石は、静かな湖面のように穏やかでありながら、はっきりとした存在感を放ち始めていた。

「……お守りになるといいな」

 夜の帳が落ちた室内を、ルームライトから放たれる暖色の明かりが柔らかく包んでいる。視線を自身に向ければ、若干の違和感が残る長い手足が見えた。光源との対比でより肌の色が白く見える。
 は魔術師ではない。しかし特異な体質なのか、周囲の大源を体内に取り込み、小源へと生成してしまう。使い道が見出せない魔力が内側から溢れ、未熟な身体を押し上げ、擬似的ではあるが外見上では急激な成長を発現させる。行き場のない魔力を還元するための方法として、伝授されたのが無機物への魔力転換だった。
 今こうして一心に体内の魔力を移行させているのは、身体の膨張を解消するためと――排出した魔力を別の器に移すことで、第三者への譲渡が出来るのではないかという淡い期待からだった。
 今、この町では何かが起きている。漠然とした不安だったが、それは神託じみた予感となり、少女のうちで燻っていた。そしてそれは近い内に眼に見えぬ焦燥へと変化するだろう。
 何が出来るのか、解らない。しかし、何もしないわけにもいかない。
 だからこそ――今はただ無心に。は再び水晶を握りこむと、意識を集中させる。己が内にある水を滲み込ませるイメージを造り上げ、そっと眼を閉じた。

 ――翌日。
 怪我を負い、魔力を消費したというランサーに魔力を蓄えた水晶を差し出した。当初想定していたお守りになることはなかったが、自分が行った事が僅かながらでも無意味ではなかった事に対し、は微かな満足感を得ることとなる。
 後日、彼から送られたルーンの護り石は、幾度と無く少女と青年を助けるものとなるのだが……それはまた、別の話。

END


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