夕食時、紅闘争を勝ち抜いた三人の眼前には、ごく普通の味付けをした宴の菜が取り揃えられていた。鮭のムニエル、インゲン豆とにんじんのバターソテー、マッシュポテト。スープには具沢山のクラムチャウダー。そしてほっこりと炊き上がった白米が並んでいる。ちなみに敗れた神父の配膳も同様だが、別添えでタバスコ・豆板醤・一味がその脇に控えている。
いただきます、と行儀良く手を合わせると、はナイフとフォークを手に取る。普段は箸を使っているため、その手つきは多少ぎこちないが、食べる分には問題なさそうだった。
時折言葉を交わしながら、緩やかに時は進む。晩餐ということもあって、以外の者はおのおの好みの酒精をその手にしていた。言峰はブランデー、ギルガメッシュはワイン――今日はメインにあわせて白――、ランサーは大抵がエールである。
じっと、はランサーのグラスを注視する。どう見てもコーラの親戚にしか見えないそれは、黒い液体部分と柔らかな泡で構成されている。コーラと違うといえばグラスに注いだ際、酷く泡立つところだろうか。その膨らみが落ち着くのをのんびりと待ち、しばらくしたところでランサーは口をつけた。
次にワイングラスを持つギルガメッシュへと視線を向ける。色は透明で、水のようですらあるが、良く見ると僅かに色づいている。はちみつレモンがそういえばああいう色だったように思う。ギルガメッシュがくるりとグラスを廻すと、華やかな芳香が空気に溶け込み、の鼻にも届いた。
最後に言峰の手の中にある、琥珀色の液体を観察する。これは全く想像がつかない。紅茶を濃く出せばあのような色合いになるだろうか。しかし味がわからない。三人それぞれに該当するが、彼らが晩餐に良く口にするそれらは、呑み始めてしばらくすると血の巡りでもよくするのか血色がよくなる。加えて陽気に、そしてよく笑うようになる。
口にしたことないものへの好奇心が目に表れていたのだろうか。ばちりと言峰と視線がかち合い、彼にしては珍しく微笑むように語り掛けた。
「酒に興味があるのか、」
「……ちょっとだけ」
「ならば我の地下酒蔵から適当に見繕ってくるがいい。他の者が手を出すなら容赦はせぬが、お前ならば特に許そう」
「ありゃテメェのじゃなく、言峰のワイン倉じゃなかったか?」
「言峰の物は我の物、我の物は我だけの物だ」
「うわ最悪だコイツ」
ゲラゲラと無遠慮にランサーが笑う。ワインは好みではないので彼にとっては興味の範疇外らしい。ランサーの守備範囲は概ねエール系、まれにスコッチなどのウィスキー類だ。全体的に果実酒よりも穀物が好みらしい。よって日本酒・焼酎あたりも好物だ。
言峰は基本的に赤ワイン、ないしはブランデーを嗜んでいる。そのほかにスピリタス系を好み、酔いが回ろうと表面上はケロリとしている。とにかく顔に出ない。スピリタスはその度数の高さから消毒薬としても利用ができるが、彼が時折手酌で飲むそれからは芳醇さとはかけ離れた刺激臭が漂って周囲のものを辟易させている。
最後にギルガメッシュ。彼は特に果実酒を好む。彼の出自はメソポタミアだが、この時代にも既にアルコール類の醸造はあったらしい。主にワインが貴族、ビールが庶民のものとして嗜まれていたそうだ。
そんな背景があるからか、エール好きのランサーとは酒の面でも気が合わない。やれベタ甘い酒なんぞ酒じゃねェだの、芳香無くして何が酒かだのと不毛な争いを繰り広げている。
余談だが、アルコールに一番弱いのはギルガメッシュである。最初はとにかくいつも以上に陽気に、さらに気が大きくなり、続いて暫く静かになったと思ったら大抵寝ている。ランサーはその場のノリや雰囲気で呑むだけ呑んで、時折宿酔いに苦しんでいる。言峰は言わずもがな、呑んだのか呑んでないのか二日酔いになっているのかすら判らない。
……閑話休題。
空いたグラスにエールを注ぐと、再び泡が隆盛を取り戻す。もこもこと綿のようにガラスの中で膨らむそれを掲げ、ゆっくりとかみ締めるようにランサーは少女へ語りかけた。
「大人の階段は少しずつ昇りゃいい。焦ったって距離が縮むわけでもなし…むしろ、大きくなってから『もっとゆっくりなればよかった』と懐かしく思うだろうよ」
「後悔しているクチか?」
「まさか」
「それでは説得力がまるで無い」
生き急いだ英雄はケロリと笑って答え、生きる意味を探す神の使徒は微笑する。
ギルガメッシュは酒精をさらにあおると、僅かに紅潮した頬と緩んだ眦でを見据えた。酒に浮かされて尚、英雄王の眼差しは鋭いが、感情がよりこもっているように感じる。
彼は謳う様に宣言し、鷹揚に酒盃を傾けた。
「なに、焦らずともこの我がに似合いの祝い酒を見繕ってやろうぞ」
「まずは身の程に合う物を飲むことだな。今はその手にあるものが相応しい」
言われて、は己が手の内にあるマグに視線を落とした。淡いピンク色のマグカップには温かなミルクがなみなみと注がれている。ふわりと漂う香りには砂糖で甘さを増した優しげな雰囲気と――微かにラムの気配が漂っている。
いつもと少しだけ違うミルクの匂いに、小首をかしげる。そのままそっと口をつけると、やはり味も僅かに違和感があった。甘い中に少しだけ舌を痺れさせる何かがある。
異なる風味に僅かに眉を寄せていると、やれやれと男が肩を竦めた。
「まっ、が成長したらそれが旨いと思えるようになるさ」
まだまだだな、との頭を撫でるランサーの表情は、どこか悪戯が成功したことを喜ぶ少年の無邪気さが混じっていた。
それを振り切るように顔を背けた先には、黄金王と神父の表情が槍使いと同じ――二人にしては珍しく、まるで微笑ましいものをみるかのような――目の細め方をしている。
子ども扱いをされているのだ、と幼心にも解った。だが不思議と不快ではなく、むしろどこかはにかみたくなるような暖かな気持ちに包まれる。
は再び、微かにラム酒の香りが漂う甘いホットミルクを口に含んだ。
END
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