「そう言えば、ちゃんってかなり着たきりスズメよね」
「――藤ねぇ、微妙にその言葉は歳を感じさせるぞ」
「う、うるさいなあ! あんまりおねぇちゃんをイジめるとチューペットの刑にしちゃうぞ!」
「どんなんだよそれ!!」
「まあ藤村先生の語彙は置いておくとして……確かに洋服ってバリエーション少ないわよね」
「そうですね。あまり私たちも衣装もちというわけではありませんが、彼女の場合は2Pカラー状態ですから」
「ライダー、どこでそんな言葉覚えてきたの?」

 桜は己のサーヴァントの台詞に、一筋の汗を頬に流す。
 それはさておき――確かにの普段着はそんなに数が多いというわけではなかった。ほぼ似通ったデザインで色違いであるが故に、ライダーの指摘も間違いではない。そして一番の問題は――

「そうかなあ? 特にわたしは不満はないよ」

 にっこりとそうのたまう少女本人の感覚である。
 ちなみに彼女が着ている服は、ほぼ全て言峰綺礼より与えられたものだ。白いブラウスにタイ、膝丈のスカートとクラシカルなスタイルで、ともすればまるで制服にも見える。少し前まではセイバーも似たような格好をしていたのだが、こちらは最近徐々にバリエーションが増えてきた。

「まあ似合ってて、本人の趣味にも合うようならいいが…」
「でもあれって言峰の選んだやつなんだろ?」
「そうよ。あの服が綺礼の好みか嫌がらせかは判らないけど。
 でもね……アイツの恐ろしいところは、かつて私宛てにも同じデザイン・色で誕生日ごとにプレゼントとして贈りつけてきた挙句、その歳毎のサイズにもぴったりだったという事実よ」
『怖ッ!!』

 その場にいたものの凛以外の声が唱和する。発言者本人はというと、

「まあ捨てるのも勿体無かったから、着れなくなっちゃったサイズ以外は一応保管だけはしておいたけど。あ、ちなみにセイバーに最初にあげた服ってのがそれね」
「ど、どーりで破いても破いても代わりの服が同じデザインばかりだったはずだ…」
「…屋敷のクローゼットに揃っていた服の謎が今解けたよ、凛」

 割と吹っ切れているのか、さらりとした口調で追い討ちをかけた。その言葉にガックリと正義の味方たちが膝を折る。

「それはそうと姉さん、話がそれてますが…」
「あー、そうだったそうだった。の服の事よね。
 女の子だもん、おしゃれは大事って事で――」
「何か当てがあるのですか、リン」
「まっかせなさい」

 ぱちん、とウィンクひとつ。完全に主導権を握っている凛に、当事者のはずのがよくは判らないが何となく拍手でその場を盛り上げていた。

※ ※ ※

 数日後。柳洞寺・正門前に彼らはいた。
 昼間であっても参道に群生する背の高い木々により、常であれば静謐な雰囲気が漂うこの場所ではあったが、今日はなにやらざわめきが強いようである。
 姿あるものは三名――男が二人に女が一人。そのうちの一人、金の髪を持つ青年が苛立ちを隠そうともせず女に詰め寄っていた。

「要はに普段とは違う服を着せようって事なんだけど」
「――話は判った。だが、何故我がここに呼び出されねばならん」

 言ってギルガメッシュは眼前の凛に鋭い視線を投げつける。
 しかし、そんなものはどこ吹く風。少女はこの場にざわめく木の葉が擦れる音程度にしか思っていないのか、にっこりと笑って理由を告げる。

「そりゃもう金ヅ――もとい、スポンサーの意向くらいは聴いておかないと悪いかなーって」
「……ふむ、うっかり女にしてはやるではないか」
「次、オレから質問。オレの役割は?」
「荷物持ち」
「…………まあ、持つけどよ」

 清々しいまでの断言っぷりに、もう一人の男――ランサーは所在無く額に手を当て空を見上げた。正直かつ気の強い女というのは嫌いでは無いが、チョッピリやるせなさというものを感じる。例えば自分の役割についてだとか。懐具合についてだとか。
 まあ、懐具合に関しては創意工夫によっていくらでも挽回できるだろうが、持って生まれた星回りは少々覆すには厄介である。

「確かに嬢ちゃんの服といやあ、いつもそう変わりないものばかりだしな。趣向を替えるってのには大賛成だ。だが…その本人は一体どこなんだ?」
「ああ、もう中にいるぞ。今ごろは着飾られている事であろう」
「あ、アサシン。いたの」
「いるに決まっておろう。何せこの身はこの場より動けぬのだからな」

 唐突に姿を現した男は、そう言ってカラカラと笑う。

「先ほど女狐めが見せびらかしに来たのでな。”れぇす”と”ふりる”を思う様につけられるとご満悦だったぞ。まあ確かにあの童に着せるのであれば、愛らしい衣装であったが」

 柳洞寺の門番幽霊ことアサシン・佐々木小次郎は風流を愛でる男である。
 そしてそれと同時に皮肉屋めいた物言いをする癖があった。その発言で度々魔女のご機嫌を損ねて焦がされたり逆さ釣りにされたりと散々な目にあっているくせに、どうも改める気はないらしい。

「今ごろは着せ替え人形の如き状態ではないかな。この身が縛られていなければぜひ見物に行きたいところだ」
「キャスターに任せれば、まあそうなるかとは思ったけど…
 まっ、さっさと様子を見に行きましょ」

 凛の台詞に異を唱えるものは無く、一同は小次郎に見送られつつ境内へと足を向けた。

※ ※ ※

 静謐なる空気が支配するは柳堂寺境内。一成と凛が運悪く鉢合わせて、危うく一触即発になりかけたがまあそこはそれ。
 回廊じみた社を歩きぬき、キャスターの私室に入った三人は、等しく言葉を無くした。

 色の基調は白。アクセントに所々ピンクやレモンイエローなどが飾られている。要所要所に上質のレースやフリルが惜しげもなく使われ、底上げされたスカートは幾重にもその層を重ねている。その下には無論パニエも装着済みだ。
 足元は厚底靴とアーガイルチェックのタイツで完璧。肩口で切り揃えられているだけだった髪も、ご丁寧に編みこみが施され、リボンとヘッドドレスが装着されている。
 ロリータファッションの見本ともいえる様相の少女は、降り注ぐ三名分の意識に恥ずかしそうにきょろきょろと落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。

「きゃ、キャスターさん。やっぱり恥ずかしいよぅ…」
「だいじょうぶ! 可愛いから、もうすっっっっごくかわいいから!!」

 助けを求めるようなの台詞に、キャスターは物凄くエエ顔でそう言いきった。趣味にひた走る彼女に今はマトモな説得の言葉は届くまい。
 現にウットリとした表情でと自らの作品のバランスを楽しんでいる。こうなればキャスターの暴走は止まらない。の小さな手を握り、熱い思いを告げた。

「もうね、ちゃん。貴女うちの子になっちゃいなさい。男所帯なのはこっちも変わらないけど、それでも教会より多分、いいえ間違いなく、危険の少ないところだし。
 そうそう。うちの子になったら、お菓子だってお洋服だっていつでも好きなものをあげちゃうわよ?」
「…お菓子」

 ぐらり、との瞳が揺れる。服はともあれ、お菓子がいつでも好きなように食べれるという誘惑は彼女にとって強い効力を持つようだ。少女の嗜好や傾向もリサーチ済みであるのがキャスターの恐るべきところである。
 だがそんな熱烈アプローチをみすみす許すような男たちではない。手刀にてバッサリとキャスターととの繋がりを断ち切ると、ギルガメッシュがその玲眼で持って魔女をねめつける。

「何を勝手な事を言っておるか、魔女め。王のモノに手を出すなど己が身の程を弁えよ」
「寝言は寝て言え暴虐王。
 まあ…金ぴかの台詞はともかく、には帰るべき教会があるんだってコト忘れんなよ、キャスター」

 キャスターとギルガメッシュのやり取りの隙をつき、あっという間にを自身の後ろに庇いだてるランサー。四者の間で繰り広げられた攻防に、傍観者たるあかいあくまはケラケラとさも愉快気に声を上げる。

「随分と人気者ね、。師匠として鼻が高いわ」
「…凛師匠、面白がってる?」
「勿論。巻き込まれない分には見ていて面白いし。それにその格好も可愛いし」

 似合ってるわよー、と能天気な調子での頭を優しく撫でる。褒められて嬉しいけれども、明らかにからかいのネタとして遊ばれていることも同時に理解でき、素直に喜べなかった。

「なんだか、ふわふわで…そわそわするなあ」
「あー、まあ確かにこの格好じゃ公園とかでは遊びにくいかもねえ」
「ふふふ、そこもちゃーんとこのキャスターさんが考えてあげてるわよ」

 しゅぱっと、魔力量に任せた目測転移で持っての目の前まで彩度移動したキャスターは、ごそごそとローブの袂から小さなアイテムを取り出す。
 微妙に安っぽいデザインにプラスチック感丸出しのテカり。中央にはデフォルメされたハートと羽の飾りがあって、電飾でキラキラ輝いたステッキだ。

「じゃじゃーん! 魔法少女ステッキ〜」
「却下ァッ!!」
「嬢ちゃんデフォルトでそんなの無くっても変身出来るだろ?!」
「我がマスク・ド・ゴールドとして颯爽と助けに行く役どころであろうな」
『ちょっと黙ってろトンチキ英雄王!!』
「ぐがはっ!!」

 その手のステッキにトラウマでもあるのか、凄まじい形相で叫ぶ凛に、珍しく若干ズレたツッコミを入れるランサー。
 いつもの如く斜め上を行く発言の金ぴかには、二人息の揃ったエルボードロップで重力との親密度を強制上昇させた。当たり所がよかったのか悪かったのか、ぴくりとも動かず、うめき声一つも上げない。

「なによなによ! このステッキがあれば、いつでもどこでも好きな服に着替え放題なのに!」
「いやホントマジ勘弁してくださいその手のものにはロクな目にあわされてないのデス」
「おーい、目が虚ろだぞー。
 それにそこまで凝らなくったって、普段の服にちょっとした変化つけるだけでもイイじゃねーか」
「髪留めやリボンを替えるだけでも、印象は違うであろうな」
「ぎ、ギル様。頭痛くない? 大丈夫??」
「フッ…あの程度の攻撃我には通じん」
「いや、けっこーイイ手ごたえだったんだが。大概丈夫だな、お前」
「英雄だからな」
『そういう理由?!』

 凛たちの突っ込みも王様には馬耳東風。効かぬ存ぜぬで遮断したギルガメッシュが、僅かばかりに展開して《王の財宝》に片手を突っ込むと、その中から艶やかに輝く真珠色のリボンを取り出した。光を反射するその様はまるで虹のようである。

「これをくれてやろう。魔力を強化するものだが、我には不要のものであるからな」
「オレからはヘアピンのプレゼントだ。バイト先の雑貨屋で見かけたんだが、に似合いそうだったんでな。ルーンの加護も刻んであるから、普段からつけていると役にも立つぜ」

 ランサーとギルガメッシュの間にバチバチと火花が散る。普段から仲が悪いくせに、何かアクションを起こそうとしたら恐ろしいほどにタイミングが重なってしまっているのは何故だろうか。
 男二人の争いをため息一つで切り捨てて、凛とキャスターは展開に置いてけぼりを食らってしまったに視線を向けた。案の定、彼女は困ったような表情で彼らのやり取りを見守っている。

「愛されてるわねぇ、
「まっ、貢物くれるって言うんだから笑顔でもらっておきなさい。それがいい女ってモノよ」
「うう、いい女ってよくわからない…」

 からかうように微笑を浮かべる凛と、妖艶に微笑むキャスター。
 彼女たちからの教えは10の年月しか過ごしていない少女には、やはり難しすぎる話題のようである。

END


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