受肉し、現世において二度目の生を迎えていても。
この身が《英雄》であることに変わりはなく、《世界》の虜囚である事は覆しようがない。
命が潰えれば、この身は元の《座》に回収され、体感していた全ての記憶はただの《記録》と成り果て蓄積される。
だが受肉後十年以上の時が過ぎ、既に《座》の己は第三者と化している。この平行世界に生きる自分自身との乖離も強い。
こうなっていてはどんなに強く思っても、何度繰り返そうと。この感情を丸ごとあの場所に持ち込む事はさらに不可能だろう。
彼女の弾ける様な笑顔も。柔らかく響く声も。この手の中にある微かな重みと温もりも。
今の自分が得た全ては在るべき場所へと還る際にただの情報と成り下がり、鮮烈さを失う。この瞬間は確かな物だとしても、原本たる自分には万分の一たりとも理解される事はない。
ゆっくりと、の髪を指ですく。強い魔力とそれ以上の多幸感が彼女に触れているそこかしこから染み入ってくる。安らかな寝息を立てる彼女を起こさぬようにそっと頬を撫で、軽く頬に唇を寄せた。
を連れて《座》に還ることが出来ればと、独占欲などにも似た願望が沸いたことも無くはない。しかしそれが叶わぬことということも当に承知している。
彼にとってこの世の全ては幻――なればこそ嘆くよりも享楽に浸り、ただ欲を享受するのみだ。
だが、逆を言えばこの幸福にも似た感情を味わえるのは、今の自分でしかないのだ。むしろ本体に味あわせるのも勿体無い。
腕の中で眠る少女に言わせれば、幸福は皆で分けてこそだと言い張るのだろうが、ギルガメッシュにとってそれを味わうのは自分と彼女の二人きりで十分だ。その他の者共に分け与えることすら不相応である。それを告げればきっと、拗ねた様に剥れるだろう。想像するのも易いほどにそんな彼女の性質は理解している。
くつくつと笑い、そんなの様を思い浮かべながらそっと男は語りかける。
「我は――お前が此処にいればそれで満足なんだがな」
この世の全ての財を集めた原初の王とは思えぬささやかな願い。
否、その対象がであるという時点で、この世においてそれが最も手に入れることが難しい至宝である。何しろ彼女の好意はこの世全てに向けられているのだ。それをただの一点に集約させるのは困難であろう。
それでも――がギルガメッシュに包まれて、幸せそうに目蓋を閉じているこの時ばかりは。己が主人を独占している瞬間であることに違いは無い。
その至福の時を共に味わうべく、ギルガメッシュも己の意識を眠りの世界へと手放した。
END
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