「セイバー! この我自ら、求婚に来てやったぞ! さあ、疾く返答をいただこうか」
「帰れ」
「む、恥らう姿も愛らしいな。これぞこの国の格言である『嫌よ嫌よも好きのうち』というやつだな」
「なにを寝ぼけたことを言っているのですか。まったく妄想も甚だしい。寝言はせめて寝ているうちに言うものです」
※ ※ ※
「と、まあ。朝一で我が心を伝えに言ったのだが、今日も今日とて、セイバーのツンデレっぷりは見事であった」
「朝からセイバーも災難だな… あとそれツンデレじゃねェし、心底断られてんだろ。というか通算何度目だよ、空回り王」
「ふむ、とりあえず3桁は越えているとは思うが。正確には覚えておらんな」
さんさんと太陽輝くお昼時。和やかな歓談の題目は、通算何度目だかわからないギルガメッシュの振られ話だった。もっとも、当の本人は自分がけんもほろろに断られているなぞと思ってもいないが。
本日のシェフはであり、メニューはふわとろ卵のオムライス・チーズ風味。好きなものこそ上手となれ、というが、少女の好物であるこのメニューの出来が一番いいのも彼女自身である。
もぐもぐと、食べるその手を休めずに小首を傾げつつ、少女は素朴な疑問を口にした。
「ねえねえ、ギル様はセイバーさんをお嫁さんにしたいの?」
「無論だ」
瞬時に帰ってくる返答に、少女はひまわりが咲き誇るが如く大きく笑んだ。
「そっかぁー! えっとね、わたしもがんばってキレイのお嫁さんになるから、そのときは一緒にけっこんしきやろーね!」
「ちょっと待った! それはダメだ、なんというかその選択肢だけは却下だ!!」
「そうだぞ。お前はこの我の妃となるのだからな。言峰に嫁ぐなど認めるものか」
いまだになにをどう認識をしているのか、少女はことあるごとに『将来はキレイのお嫁さんになるの!』と言い切っている。その度毎に周囲の人間が『考え直せ』と説得しようとするが、その効果は残念ながらたいした成果を挙げていない。
今回の説得の言葉に、は不思議そうに眉を寄せ、ギルガメッシュに問いかける。
「え、でも…ギル様はセイバーさんをお嫁さんにするんだよね?」
「うむ」
「お嫁さんって、一人でしょう?」
「王は何人でも妃をもてるのだ。我の計画では正妃をセイバーとに据える運びだ」
「…でも、それは……なんだか」
「王とはそういうものだ。なに、我の愛は深く大きいのでな。心配せずとも存分に愛してやろうぞ」
うー、と。上手く言葉に出来ないのか、納得がいかないと表情だけは雄弁に物語る。
確かに昔の王様といえば、ハーレムや後宮の一つや二つ所持していても不思議ではないが、残念ながらが生きるこの世界は現代日本なのだ。現代の法から言えば、一夫多妻制は認められていない。もっとも、それを持ち出したところで『この我が定めておらぬ法なぞ従う理由なぞ無いわ』と、バッサリ一刀両断するだけだろうが。
黙って二人のやり取りを聞いていたランサーが、ぴこぴことスプーンを揺らしつつ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なんだなんだ、だったらオレにしとくか、。オレは金ぴかよりは甲斐性もあるぜ?」
「…この間、クー・フーリンのお話を読んだの」
「……ぐ、っ」
じっとりと、にしては珍しいくらいの半眼で、彼女はランサーを見据えた。少女らしからぬ視線に、思わずランサーの口から音が漏れる。
無論、クー・フーリンの伝説も、英雄譚のご多分に漏れず多くの女性が関わっている。
奥さんを娶るために影の国へ飛び込み、そこで出会った師匠は女性で、影の国での戦の際には、敵大将の女性と一騎打ちして負かせて孕ませて子供を押し付け、帰ったら帰ったで敵対する女王にこれでもかと戦いを挑まれ、かと思えば戦場で鍔競り合った相手と殴り合いの末に愛が芽生えてその末期を彼女に見取られて死んで…端的に言ってしまえばこれくらいだろうか。盛りだくさんにもほどがある。
なんとなく、ランサーは奥さんに浮気を追及される旦那の気分をひしひしと感じていた。
『いやでもほら、オイフェで懲りたからモリガンには手ぇ出さなかったじゃねぇか、そういやあれもイイ女だった』とかひっそり思うも、そもそもエメルのために影の国入りしておいてその体たらくは何だと何処からか天の声が響くような気がする。
「ダメだよ、二人とも。ちゃんと一人だけにしておかなきゃ」
はい、ごもっともです。
たしなめる少女にそういい切れたらよかったのだが、残念ながら男達にはそういいきる事が出来なかった。なぜなら彼らは英雄だからである。英雄色を好むとはよく言ったもので、色事が絡んでこそその物語に華や深みが添えられるというかなんと言うか。
端的に言ってしまえば、今も昔も人間は下世話でワイドショー的な話題が大好きなのである。ホレたハレたの醜聞は、胸をすく冒険譚と同等――あるいはそれ以上に人の記憶に残るものなのだ。
英雄譚の半分は色恋で出来ています。そしてその多くは悲恋か泥沼です。だからこそ人々の心に残り、伝説となるのです。《真実》は時に身も蓋もないのです。
「――なぁ、英雄王。今状況にぴったりな言葉があるんだが」
「ほう、特にさし許す。述べよ」
ギルガメッシュのセリフに、大仰にうむと頷いて、ランサーはきっぱりと言い切った。
「『二兎を追うものは一兎をも得ず』」
「そっくりそのまま返すわ戯け」
「イイ女に声をかけるのは男としての義務だろ」
「そういう貴様こそ、そうやって地雷を作っては自分で踏んで吹っ飛ぶわけだ。道化めが」
「うっせぇ! 変なストーカーに惚れ込まれて死ぬよかマシだ!!」
「――な…ッ! 貴様の方にもいるであろう!!」
「アイツはそういうのじゃなくって、古式ゆかしい電柱の影から見守る系だろ!」
「そういうタイプが真正面から勝負を仕掛けるわけなかろうが!」
「もーっ! 二人ともご飯に集中してよー!!」
の注意も珍しく効き目はなく、ぎゃあぎゃあと二人の男のどうしようもない言い争いは続く。
不倫は文化だとか、男は浮気をする生き物だとか、ストーカー〜誘う女〜だとか、まあ色々と世の中には様々な格言があふれているわけなのだが…激しく罵りあうダメ英雄達を眼前に見据え、はそっと心の奥で『やっぱりキレイが一番だね』と呟くのだった。どっとはらい。
END
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