A happy new year! 3
衛宮一家と別れてすぐ、人波に押されるように彼等三人は射的屋の前に辿り着いた。少々レトロな雰囲気が周りの屋台から浮いているのか、あまり客の入りがよくないらしい。
「そこのにーちゃん達、やってかねーか?」
店番なのだろうか、あまりやる気のない声で少々くたびれた感のある若者がそう勧誘の声をかけてくる。それにランサーはふむ、と一瞬考え、隣の少女に問い掛けた。
「嬢ちゃんはあの中で何か欲しいものはあるか?」
「え? うーんと…お菓子とか」
言峰の方針なのか、嗜好品の類はあまり与えられてない。菓子もその例に違わず、手にする機会は少ない。
の年頃であれば尚更に好むものだろうが、律儀にも言いつけを守って声高に求める事はしない。ランサーもそれを知っていたので、彼女のささやかな願いを二つ返事で請け負うことにした。
「あいよ。イチゴ味のでいいか?」
「取ってくれるの?」
「あれくらい軽い軽い」
からからと笑いながら、ランサーは店員に遊戯料を支払う。かわりに手渡されたコルク式の空気銃を一頻り確かめると、ちゃきりとそれを構えた。彼の獲物は槍であるはずだが、不思議と違和感もなくそれは似合っていた。
ランサーはすぅっと僅かばかり目を細めると、引き金に添えていた指を動かす。小さな反動と同時に、弾丸であるコルクが空気を切り――かこん! と軽い音を立てて見事標的であるイチゴ味の菓子箱に命中した。箱はグラリ、とバランスを崩してそのまま後ろに倒れる。
「まっ、こんなモンよ」
「すっごーーーい!!」
上がる素直な歓声に、ランサーは茶目っ気の混じったウィンクを一つへ投げた。
と、そこに。かこん、とまた一つコルクが的に当たった音が響く。その音に耳だけではなく意識と視線を向けてみれば、いつの間にかギルガメッシュもランサーと同じ銃を手に標的を射抜いていた。倒れたのは先程ランサーが打倒したものよりも一回り大きな景品である。
「わぁっ、ギル様もすごーい!」
「ふん、当然だ。我は弓兵のクラスぞ。このような児戯他愛もないわ」
キラキラと輝く少女の憧憬にも似た視線に、ギルガメッシュはいつものように鷹揚な――しかし、何となく得意げに言い放つ。彼はチラ、とランサーに視線を投げると、にやと少しばかり口の端を斜めに吊り上げた。
それを見たランサーのこめかみにピクリ、と筋が走る。ジャケットのポケットから万札を取り出すと、
「追加頼むわ」
「…ほう、無謀にもこの我に挑むか」
どこか剣呑さの混じったランサーの宣言に、ギルガメッシュは面白そうに僅かに眉を動かすと、こちらもやはり羽織の袖から福沢諭吉を投げるように場に置いた。
「…えっと」
異様な雰囲気になりつつある二人に挟まれながら、は戸惑うように声を上げる。しかし男二人は勝負事のほうに大半の意識を奪われているらしく、少女の頭上でビシバシと火花を飛ばしている。ひょっとしたらサーヴァント二人の無意識の魔力で、実際にそれが視覚化されているのかもしれない。
ややもせず二人は銃を構えると、競うように――否、実際そうなのだが――標的である景品たちへコルクの雨を射出し始めた。普通、そう簡単に物を持っていかれないようにコッソリと重りを仕込ませたり、後ろの死角につっかえ棒なりがあるはずだろうが、そんなものは存在しないものであるとばかりに二人は次々と打ち落としていく。
あからさまに常軌を逸した状況に、周囲の人々も興味をそそられたのか、そう経たないうちにギャラリーが出来始める。やんやとはやしたてる皆の声を背に、更に二人の争いはヒートアップしていった。
途方に暮れかけていたに、店番の青年が次から次への弾丸補充の隙を見るようにして声をかけてきた。
「――なあ、おちびさん」
「…なんでしょうか」
「このにーちゃんたち、止められねェか?」
「……ごめんなさい。ちょっと無理だと思います」
流石にこれは自分では止められない、とふるふるとは首を横に振る。
その返答に、そっかァと溜息交じりに店主は答えると、再び忙しなさそうに二人の銃の補充に向かった。
結局――射的屋の暖簾を早々にしまわせるまで二人で的を打ち抜いて、ようやく終わりの見えない闘争は終結となった。あからさまに無理そうな大き目のぬいぐるみまで打ち倒したのだが、ひょっとしたらどちらかがコッソリと魔術を使っていたのかもしれない。
ランサーのバイトが終わるまで彼の店の手伝いをしたり、他の露店を冷やかしをしたりしながらそれなりに時間を潰しつつ、ゴッソリと戦利品を手にし三人で教会へと帰ってきた。時刻は既に夕暮れ――教会に訪れていた礼拝客も一段落したのか、静かなものである。
礼拝堂を抜けるルートではなく大回りをして中庭に回ると、はそのまま自室ではなく言峰の部屋に足を向けた。
「ただいまー」
ぎぃ、と扉を開ける。声が返ってこないことに首を傾げつつ、クルリと部屋の中を見渡すと――ソファーに腰掛けている神父の姿が視界に映った。
そちらに近付くが彼らに気づいた素振りもなく、不思議に思いそっと覗き込んでみると――腕組みをしたまま、うつらうつらと舟をこいでいた。
「…うっわ、珍しいもの見ちまった」
「――うむ。明日は槍が降るやも知れんな」
だらり、と油じみた汗を流しながらランサーとギルガメッシュが呟く。一応彼も人間なのだから居眠りくらいしても何ら可笑しくないのだが――そのような人間味のある行為に途轍もない違和感が伴なうのは、やはり日頃の行いがそうさせるのだろう。
「おやすみを邪魔しちゃ悪いよね」
一人それを当然の事として受け止めているが、小さく笑いながらそっと呟く。山ほどにもある射的の景品の中から、ふわふわの毛が特徴のテディベアを手にすると、ちょこんと彼の膝に乗せた。
その途端――べふっ、と彼女の後ろで変な音が漏れる。何事だ、と訝しげに振り向くと、口を抑えてとは別ベクトルの要因で眉を歪めたランサーがいた。その隣のギルガメッシュは何故かに背を向けたままで、これまた珍しく肩をふるふると震わせている。
「…どうしたの、二人共」
「い、いやなんでもねェ」
「う、うむ。気にするような事でもないぞ」
「……ヘンな二人」
むう、と納得いかなさそうな顔で少女は口を尖らせる。サーヴァント二人としては、真っ黒神父と愛らしいテディベアという力の限りに違和感タップリの組み合わせに思わず吹き出しただけなのだが、ある意味ズレた感覚をもつにはそれは伝わるまい。あの熊のぬいぐるみとて、少女にしてみれば喜びや幸せのおすそ分けなのだろうから。
無論――目覚めた時ぬいぐるみを見て、どれだけ言峰が渋い表情をするかと想像しただけでも大層な笑いの種だが。
「ま、まあ…とりあえず夕飯の支度でもしようや。お前等も着替えてこいよ」
「はぁーい」
「ふむ、そうだな」
言いつつ三人はそっと、あくまで言峰が目覚めぬように静かに部屋を後にする。
その後、目覚めた麻婆神父がどのような反応を示したかは――皆のご想像にお任せするとしよう。
END
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