はてさて。何でこんなことになったんだろう。

 そんな事を少女はぼんやりと考える。
 目の前には太陽の煌きを反射する青い海。水平線に僅かに見える船の影。みゃあみゃあと能天気に響く鳥の鳴き声。そんな彼らが心地よさそうに身を躍らせている蒼穹。見上げる少女の手元には子供用の釣竿。
 これだけを切り取れば酷く平和な光景だ。だが――

「フィィィィィ――ッシュ!!」
「フン、雑魚を吊り上げて満足するとは所詮模倣者よ。この我が真の釣果をみせてくれるわ!」

 …背後からのBGMが、全てを台無しにしている気がするのはなんでだろう。

 そう思い、少女は少しだけ溜息めいた息を吐き出した。


 Rumble Fish


「なーんでこうなっちまうかねェ…」

 の隣では、アロハを着たランサーが眉間に皺寄せつつ、無糖の缶コーヒーを口にしていた。表情は当然の如く沈んでいる。
 彼の手にも同じく釣竿。隣にある蓋がずれているクーラーボックスには、氷と鯖がゴロゴロとしていた。

「ほんと、なんでだろうな…」

 もう一方の隣には、空のビールケースに腰かけ、沈痛な表情を隠すように顔を手で覆っている衛宮士郎が陣取っている。彼の手には釣竿はない。その代わり、ネギの頭がニョッキリと伸びたビニール袋がちょこんと脇に居座っている。
 堤防の縁で列なる三人の背後からは、白熱したやり取りが聴きたくもないのになおも聞こえていた。聴いているともれなく魂が彼岸へと持っていかれそうなので、敢えて内容まで理解する事は避ける。
 現実逃避まっしぐらの三人の視線は、海と釣竿に注がれていた。大小二つの竿の内、大きい方がピクリと動く。

「あ、ランサーの竿揺れてるよ」
「みてェだな。また鯖かね」
「シーズン前なのにやたら大漁だな…」
「オレが海釣りすると、妙にかかるんだよ、コイツ」

 キリキリと慣れた手付きで彼はリールを巻いていく。待つこと暫し。ザパッと白い飛沫を上げて海面から踊り出たのは、今日だけで随分とお目にかかった青魚だった。
 それを「ああ、やっぱりな」とランサーは半分予想していたような口ぶりで、竿にかかった獲物を二人へと示す。

「坊主、よかったら少し持ってくか? 鯖ばっかりだが」
「そうだな… 言葉に甘えようかな。食費も助かるし」
「ははっ、燃費の悪い奴が一名ほどいるからなー」
「セイバーさん、あれだけ食べておなか痛くならないのかなあ?」
「……空腹で胃痛を訴えた事はあっても、食い過ぎではないな」
「すごいねえ」

 言って三人は微笑み合う。後方ではなおも続く低レベルな争い。時々明らかに釣りでは耳にしないような金属音とか爆音めいたものとかも聴こえるが、敢えて気にしない。気にしないと言ったらしないのだ。

「ははは… まあ、セイバーも喜ぶよ。鯖と言ったらやっぱり味噌煮かな」
「いやいや、塩焼きだろ?」
「おさしみー」
「いや、昆布で〆て棒寿司であろう」
「南蛮揚げは外せんな」

 不意に輪へ加わった声に三人が全く同時のタイミングで振り返ると、そこには先刻まで言い争っていた二人の弓兵がいた。両者共に程よく焦げていたり、煤けていたりする。
 いつのまに、と三者三様言葉は違えど全く同じ感想を脳裏に描いた。乱入者は互いに顔を見合わせ、バチバチとまたもや火花を散らす。

「ム、白米に南蛮揚げの魅力を理解していないとは」
「貴様こそ棒寿司の奥深さを知らぬようだな」

 いや、美味しければどっちでも。

 達は真っ先にそう思ったが、どうにもこの二人には通じないようだ。昆布しめという手法が合理性と味覚においていかなる利点をもつかと力説したかと思えば、アーチャーが甘辛醤油味に酸味が加わった場合のご飯の進みっぷりの比較論を打ち出してくる。
 仮にも英霊――まあ、一人は守護者だが――だというのに、鯖の調理法などという至極家庭的かつ庶民的な話題でヒートアップするのはいかがなモンだろうと思う。が、食い物の恨みは恐ろしいというのはある意味世の摂理だ。どこかの騎士王様のように。

「…ひょっとして、二人共おなかがすいてるのかなあ?」
「腹が減っては戦が出来ぬ、か」
「まあ確かに腹減ってるとイライラしてくるもんな」

 再度繰り広げられる舌戦にウンザリとした気分になりかけたが――

 ――ぴくん!

 の手に僅かではあったが振動が走る。慌ててしっかりと竿を握り締めると、次の瞬間にはぐんと大きくたわんだ。

「うわわわっ!」
ちゃん、落ち着いて!」

 声を上げる士郎のそれも少々上ずっていた。隣ではランサーが楽しげに口笛を鳴らしている。
 カラカラとリールが回り、テグスがどんどんと海へ水込まれていく。どのタイミングで止めればいいのやら、とオロオロするばかりの少女の手にすっと男のそれが割り込んできた。

「何をしている。さっさと引き上げねば餌のみをとられるばかりぞ」
「――ギル様!」

 ちら、と視線を後ろの温もりに向ければ、ギルガメッシュは膝をつきを包むような体勢だった。あっさりと膝を折ったその様に、アーチャーと士郎が少々目を丸くしている。

「おいおい、そんなあっさりと手ェ出しちゃ上達しねェぞ」
「出来の悪い主人に手を貸して何が悪い」
「自分でやり遂げてナンボだろーが」
「成功の達成感を味わうことこそ必要だと思うがな」

 まさにああ言えばこういうだ。スラスラと出てくる弁にランサーは呆れた様に少し大げさに肩を竦ませる。
 士郎とアーチャーには、そんなやり取りから少女への教育方針が透けて見えた様な気がした。ランサーは意外とスパルタ、ギルガメッシュは褒めて伸ばす――多分、言峰は放任主義だろう――それぞれの性質がそうさせているのだろうか。
 よほど意表を付かれたのか、柄にも無くポロリとアーチャーが声を漏らす。

「――意外だな」
「ん、何がだ?」
「いや…お前のことだから、に対して甘いのかと思っていたが」
「ヒトをどーいう目で見てんだ、アーチャー。
 始終甘やかしてたら大抵の人間はダメになるだろうが。締める時は締める、んで遊ぶ時は遊ぶ。これがオレの主義でね」
「成る程…メリハリか。流石は昼に殺しあった相手と夜には酒を酌み交わすだけの事はある」
「厭味か、それ」
「いやいや、私なりに褒めているつもりだがね」

 士郎の言葉に、今度はアーチャーが肩を竦める番だった。そんな言葉気にもしない、とばかりに当の本人は豪快に笑っている。流石はケルト神話に謳われるクー・フーリンといったところだ。
 改めて二人が英雄の考えに触れた矢先――

「きゃぁっ!」
「――っ?!」

 悲鳴に似たものと声にならない声が三人の鼓膜に届く。音の方向へ素早く意識を向けてみれば、とギルガメッシュが仲良く二人で仰向けに倒れていた。
 の顔には黒くベッタリとしたモノが付着し、英雄王の顔面には覆い被さるようにして半透明の白い何かがうねうねと鎮座している。
 暫しの沈黙。ウミネコの声が周囲に響き――やがて均衡を破ったのはやはりこの男だった。

「……ッははははははは! サイコーだ、お前ら!」
「喧しいぞ駄犬ッ!!」

 無遠慮に笑うランサーへ、黄金王は腹立ちからか羞恥からか吼えるように啖呵を切って己の顔に付着していたそれを射出する。槍兵は慌てず騒がず最小の動きのみでそれを避け、片手で受け止め――た所までは良かったのだが。
 片手でキャッチしたそれが、最後の足掻きとばかりに墨をドバッと吐き出す。不意を付かれたのか、ランサーは顔にひんやりとした感覚が湧き上がるまで気付けなかった。はた、と違和感を感じ、己の顔半分が黒く染まっている事を自覚する。

「うわ、やられた!」
「ふはははは、我を嘲った罰ぞ。いい気味だ」

 寝転がったままで言っても全く威厳とか説得力とか、そういったモノに欠けるのだが、当の本人はそんな事を思わないらしい。
 今度はランサーとギルガメッシュとでぎゃあぎゃあと言い争い始める。言葉と同時に、吊り上げた獲物が飛び交っていて大変勿体無い。巻き込まれぬうちに、とそんな二人からそろそろとは抜け出した。ベタベタとした墨が少々気持ち悪い。

「大丈夫、ちゃん?」
「うん、ケガは無いけど…ちょっとにおいがイヤかも」
「まあ害は無いものだろうが… これでも使いたまえ」
「あっ、ハンカチ… ありがとう!」
「礼には及ばんよ」

 どこからとも無くハンカチを取り出し、アーチャーはへ差し出す。少しばかり出遅れてしまった士郎が、ポケットに突っ込んだ手を持て余していた。
 心に生まれた気まずさを誤魔化すように、視線を不毛な争いの方向へ向ける。

「――それにしても大きいイカだな…」
「だよね。釣ったときはびっくりしたよー」

 飛び交うイカを見ながらしみじみと士郎が呟く。うんうんとが頷いて――

「やっぱり天ぷらかな」
「いやいや、醤油塗って照り焼きだろ」
「バター炒め!」
「刺身に決まっておろう」
「大根との炊き合わせに勝てる者などいまい」

 それぞれの口からそれぞれの希望が飛び出す。
 夏のように煌く太陽が、ジリジリとアスファルトと彼らとへ等しくその熱を振りまいていた。

 結局のところ――イカが大物だったことが幸いし、大量の鯖も含めて全ての調理方法で美味しくいただくことになったのだった。どっとはらい。

END


三万打企画でのリク「長編主人公&皆でわいわい」
サイト掲載は2007/01/31まで。100のお題完遂後、再掲載予定
黒江さま、リクエストありがとうございました!


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