ちらほらと白いものが鈍色の空から落ちてくる。鼻の頭に着地したそれは瞬く間に少女の表面の熱を奪い取り、雫へと姿を変えた。吐き出す息は常よりも白さが濃い。大地を流れる龍脈により、冬でも比較的温暖な冬木ではあるが、今日の夜はずいぶんと冷え込みそうだ。
 冬の城からの送迎を務めてくれたメイドにバイバイと手を振って見送る。それに対してメイドも微笑みをのせて会釈すると、エンジン音を高らかに響かせて教会前を去っていった。
 クリスマスは言峰教会においても一年で最も忙しい日だ。繁忙期といってもよい。外国人居留地などがあった歴史も有り、神に祈りを捧げる者達は都市の規模に対して多いのだ。そういった者たちを迎え入れるべく、この時期は普段は教会運営に携わらないような者の手も借りたいとばかりに忙しなかった。最も、しぶしぶながらも同居人が手を貸してくれるのはたった一人しかいないのだが。ランサーは相変わらずバイト戦士だし、ギルガメッシュは気が乗らなければとことん動かない。
 も手伝いを申し出たいところなのだが、早々に言峰からは大人しくしているようにと釘を刺された。役に立ちたいとは思っても、いかんせん十年ほどしか齢を重ねていない身にとっては、この時ばかりはいかに邪魔をせずにいるかというのが重要だった。
 しかしクリスマスも悪いことばかりではない。クライマックスにあたる今日は友人であるイリヤから招待を受け、彼女の城でのパーティーに参加させてもらった。もっともメインは夕方頃から衛宮邸で行われるそれということだから、ささやかなものだと冬の少女は言っていた。
 言峰教会へとやってくる前にいた場所では、こういった行事を祝った覚えがなかったから、パーティーを開くというのはとても新鮮なことだった。お呼ばれしたイリヤの城で行われたパーティーはとても華やかで、美味しいお菓子もごちそうになった。
 そんな楽しい日中を過ごしていたからだろうか。しめやかに行われるミサを避け、そっと潜り込んだ教会裏側にある居住エリアがひどくもの寂しく思えた。誰か居るかと期待したリビングにも他の者の姿はなく、ひっそりとした冷えた空気が場に満ちている。暖房を入れはするが、広さと石造りの構造も相まってその危機は緩やかだ。
 ミサはまだまだ途中らしく、BGMよろしく礼拝堂で奏でられている穏やかな聖歌はいつもの様に部屋に流れ込んできていた。この日くらいしか聞けないという同居する女性の奏でるオルガンは言峰がいつも奏でているそれによく似ているが、細部に華があった。聖歌隊の紡ぐ音の中、神父のバリトンに聴き惚れる。
 目を閉じればまるで隣にいるかのようにも思えるが、肌を刺す冬の空気がそれを許してはくれない。思わずは首に巻いていたマフラーをぐっと口元まで持ち上げた。
 つい先刻まで賑やかな城の中だったから余計にそう思ってしまうのだろう。周りに誰かがかならずいるという状況に慣れていたから、急に孤独を感じると余計にそれを強く感じる。
 今日の朝、目が覚めた時に枕元に置かれていたこのマフラー。白地に青のラインの入った肌触りの良いそれは同居人からのクリスマスプレゼントでもあった。同じようにプレゼントされたヘアバンド部分に金糸の飾り縫いが入ったファー付きの耳あてがなければもっと寒々しさを感じていたに違いない。
 はぁ、と吐いた息が酷く白い。同じ白さでもマフラーや耳あてとは違う色だ。指先が痛むほどの寒さも相まって、酷く胸の奥が物寂しい。

「――ただいまーッと」

 だから、その声が聞こえてきた時、思わずは駆け出した。聞き覚えのある快活なその声が伝声管のように響くのではなく、直接発せられたものなのだと悟った瞬間、勝手に足が動いたのだ。

「――おかえりなさい、ランサー!」

 叫ぶようにそう言って、は駆け出した勢いそのままにその腕に飛び込んだ。鍛えられたランサーの腕は少女の突撃にもかかわらず、それをしっかりと抱きとめる。
 冷えた室内を見渡して、何かを察したのかよしよしと彼女の背中を優しく撫でた。

「悪かったなァ、一人にして。寒かっただろ」
「うん……でも、今はランサーがいるから平気。ランサー暖かい」
「走ってきたからかね。まあ……ミサももうすぐ終いだし、あの金ぴかも日も落ちたからそろそろ戻ってくるだろうさ。オレたちの中で一番寒さに弱いの、アイツだからな」
「ふふっ、そうだね」

 この季節になると炬燵をバビロンから出してきて、居住区の一室を巣にして日がな一日コタツムリとなっているギルガメッシュだが、今日は何やら用があるとかでいそいそと着替えて出て行った。その際、白いファーの付いた暖かそうなコートを装備するのを見るにやっぱり寒さには弱いらしい。
 対するランサーは寒い地方の生まれだけあって、寒さに強い。雪がちらつくようになるまでは見ている方が寒いわ! と中東出身のギルガメッシュから罵倒されるレベルの薄着だった。今も多少厚手ではあるが革ジャンとシャツと言う軽装で、英雄王の指摘に首を縦にせざるを得ない軽装備である。炎の戦士は伊達ではない、ということだろうか。
 そんな男の服装に、はっと何かを思い出したのか、はすり寄せていた体を離す。

「そうだ。ねぇランサー、ちょっとここで待ってて?」
「別に構わねぇが……」
「よかった。すぐ戻ってくるから!」
「お、おい嬢ちゃん!」

 言うが早いか、少女はあっという間の駆け足で、リビングを出て行く。そのまま慣れた廊下を全力で駆け抜け、自室に辿り着く、ベッド脇の棚の一角に慎重に隠しこんでいたいくつかの袋をそっと取り出して再び走りだす。
 つい前日に出来上がったばかりのそれを胸に、大急ぎでリビングまで駆け込むと、ランサーは持っていた手荷物を机の上に広げていた。サラダ類やチキン、サンドウィッチなど様々な料理が詰まった大皿に思わず目を奪われる。

「どうしたの、これ」
「あー、衛宮の坊主んとこに寄ったらもってけってな。今年は間桐と遠坂の合同でやるからって張り切った料理人が作りすぎたとか何とか」
「じゃあこれ、士郎おにいちゃんたちの作ったごはんなんだ!」
「おお。中華系が遠坂の、洋食系が間桐の、んで焼き物がアーチャーで煮物が坊主だったか」
「わーわー! 楽しみ!!」

 目をキラキラと輝かせて、テーブルに次々と展開される料理たちに思いを馳せる。色気よりも食い気優先な幼子に苦笑を少し混ぜながら、落ち着かせるようにポンポンと頭を撫でてランサーは言う。

「……んで、嬢ちゃんはさっき慌てて何を取りに行ってたんだ?」
「あっ、そうだった! えっとね、これをランサーにあげたいなぁって思って」

 ようやく目的を思い出したのか、慌てたように主女は腕の中にあるいくつかの袋のうち一つをランサーへと掲げた。
 はい、と手渡されたのは青のリボンがかかった袋だった。中を開けてみると、ミトン型の手袋が入っている。オフホワイトの上質な毛糸に手首の縁取り部分に青で差し色が入っていた。袋から取り出して思わずまじまじと見つめる。

「……これは、手袋か」
「まだまだ寒いから、暖かくなってほしいなって」

 ところどころ目が飛んでいたり増えていたり、そんな綻びも見えるが、とかく一所懸命さが感じられるその出来。製作者たる少女は少し照れくさそうにはにかんで答える。
 大の大人がするには少々幼いデザインではあるが、の編み物の腕を考えれば五本指のそれはまだレベルが高かったのだろう。それでも自分に備わる技術の限りを尽くして制作したものだというのは、その危なっかしい編み目からもじんわりと伝わってきた。

「ランサーからのプレゼント、とっても暖かかったよ」

 えへへ、と口元のマフラーをそっとは撫でる。
 昨晩遅く、彼女が寝静まっている時刻にの部屋の片隅で勃発した無言の争い。プレゼントを誰が一番先に置くかの不毛な戦いは結局ドローに終わったのだが、その枕元に置いたプレゼントには特に贈り主の名などは添えていなかった。

「……なんでそれがオレからって思った?」
「んーと……ランサーのにおいがするから、かな」

 けろり、とした表情でそう答えるに、思わずランサーは肩をすくめる。あの夜、彼女は完全に寝入っていたことは確認済みであったのだが、勘の良さは相変わらずだ。
 マフラー自体は既製品だが、おそらくはそれにこっそりと刻んだルーンから魔力を感じ取ったのだろう。ギルガメッシュが贈った耳あても、あの金糸を媒介に辟易するレベルの魔力を無理矢理ねじ込んでいたので、そのあたりも原因かもしれない。

「まァ、嬢ちゃんが喜んでくれたんなら何よりだ」
「えへへ。サンタさんがいっぱいで、嬉しいよ!」

 喜びに両頬を染めるの表情に、思わずランサーは目を細める。彼女の後ろにはツリーがそびえており、その根本には、様々な知り合いから贈られたプレゼント――主にお菓子――が積まれていた。これらも冬木に住まう様々な友人たちから贈られてきたものである。
 十把一絡げにサンタクロースの一人として数えられるのは少々癪な思いもあるが、が喜ぶのであれば今はまだこれでいいかと息を吐く。
 そんな男の心境など知ってか知らずか、少女は無邪気にテーブルの上のオードブル類に再び視線を向けた。

「士郎おにいちゃんたちのご飯もおいしそうだけど、来年は自分でも作りたいな」
「じゃあオレもなにか立派な……そうだな、ツリーでも用意すっか」

 と、笑うランサー。自分でも不思議に思うほどにその台詞は口からこぼれた。
 そう、来年がある。その話をごく自然に受け止められる。聖杯戦争という限られた期間を過ぎてもなお、少女とともにある先の時間を想像できることはそれだけでも奇跡に等しかった。

「なあ、
「なあに、ランサー?」
「メリークリスマス。コンゴトモヨロシク、な」
「……うんっ、もちろん!」
 
 どれだけこの穏やかな時間を過ごせるかはわからない。夢のような日々の終りがどこにあるかはわからない。
 戦士らしからぬ安寧を噛み締めながらも、彼女とこうして穏やかに過ごせるならば、悪くはない。そんな思いを胸の内だけで呟いた。

END


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