裸足の女神 その後
そして。翌日。
は満身創痍でジムに帰ってきた。
「ど、どーしたんじゃ、!!?」
珍しく、自分から意気揚揚と学校へいくと言い出した彼女にホッと一安心したのも束の間、今度は傷だらけで帰ってきたに大慌ての鴨川会長。
そんな会長の心を知ってか知らずか、は誇らしげにVサインを突き出すと、こう宣言した。
「やり返してきた!」
『……はぁ??』
「今日ね、いつもみたく因縁つけてきたやつらに笑ってやったら、何でかしらないけど怒っちゃって、喧嘩売られたから――買った!
んで、今までの分も含めて三倍返しで返り討ちにしたの!」
「…さ、三倍?」
「うん。五倍じゃないだけ、私って心が広い〜〜」
恐る恐る聞いた八木の言葉に、えへへっと照れ笑いを浮かべながらは答えた。
「大体、いわれのない事で散々な目にあってきたのはこっちなんだし…因果応報よ!」
「か、が… あの大人しかったが…っ」
「うわあああ〜〜〜!! 会長しっかりしてください〜〜〜〜〜!!」
ふらりとよろける会長を、慌てて八木が支えに入る。
あまりといえばあまりの変わりように、会長が卒倒しそうになる気持ちも、まぁ判らなくもないが。
「……鷹村さん、何かしたでしょ?」
「あ、ああ…まぁそうなんだけどよォ…ここまでとは、思いもしなかったぜ」
じっとりとねめつける様な宮田からの視線に、多少明後日の方向を見ながら鷹村が言う。
それはそうである。確かに昨日、鷹村は”やり返せとまではいわないが、笑って済ませる位は出来るだろう?”といったのだから。
まさか、こうなるとは想像にもしていなかった。
「…ねぇ、さん」
「ん? 何かな宮田君」
「…笑ったって言ったけど、どんな風に?」
「えっとねー、こんな風」
言っては腰に手をやり、心持ち身を斜めにして小さく――そう、相手を小馬鹿にするようにして――笑った。
「…………それ、相手怒って当然」
「だって怒らせるようにしたんだもん」
『――え??』
小さく呟いたその言葉を、二人は聞き逃さなかった。
ふふふ…と含み笑いをしながら、は答える。
「大体一方的に我慢するのって、元々私の柄じゃないし。
ここは一発、正しい力関係というのを見せ付けてやらないとね〜〜
それには、最初に思いっきり力の差ってヤツを教え込んどかないと」
「…どっからそんなもん思いついたんだ?」
「んー… みんなの練習見たり、試合見たりしてかなァ?
闘志を失ったらサンドバックになる、って言ってたおじいちゃんの言葉も為になったわ」
『うわ…』
まさか、ただボンヤリと見ていたジムの様子でそう言う考えになるとは。
思わず同時に声を上げ、呆気に取られてしまう。
「そう! 今までの私には闘志と思い切りの良さと覚悟が足りなかったのよ!
それを得た今っ! 何が来たって大丈夫!
パパやママはもういないけど、今の私にはおじいちゃんとか鷹兄だっているんだし!」
「――やっぱ俺様のせいか、この変わりよう?」
「間違いないね」
もっとも、元々がこうだったって言う可能性もあるけど――と一応フォローも入れておいた。
と、突然。がぱっと振り向いて、宮田のほうへと足を向けた。
「そうそう、宮田君!」
「な、なんだよ」
「鷹兄から聞いたんだけど、私のこと心配してたって」
「――まぁ、一応は」
「うん。ありがとうね!」
屈託なく素直に言われると、どうにも気恥ずかしい。
思わず目線を外してしまう宮田。
「そんなわけだからさ、私にアウトボクシングとカウンター、教えてくれない?」
「どんなわけだ! 何でそう言うほうに話が飛ぶんだよ!」
が、次に言われた台詞に反射的に突っ込みを入れてしまう。
話の前後が全然関係してない。
宮田の言葉に、はちょっと沈んだ表情で手をモジモジとさせながら言う。
「だってさ、今日…結構いいの貰っちゃったんだよね。
女だから、やっぱ力じゃ勝つこと難しいし… そうなるとスピードとテクニックで勝負でしょ?」
「そりゃそうだけど…」
「今日は勝てたけど、これからはそうじゃないかもしれないもの。
やれることは、やるの。だから…協力してくれない?」
強い光の宿った瞳で、じっとこちらを見つめる。
…どうやら、本気のようである。
「…………わかった」
「やった!!!」
諦めの溜息をつき――半ば勢いにも負け――宮田は了承の台詞を吐いた。
「ちゃん〜、傷の手当てするから事務室においで〜〜」
「はーい!」
八木に呼ばれ、が浮かれた足取りで――宮田に承諾させたからだろう――事務室に向かう。
その後姿を、鷹村と宮田、二人で見送り…
「元気、になったのはいいけどよ…」
「…なりすぎ。有無を言わさず巻き込まれた」
「竜巻みてェだな」
あまりな例えだが…あまりにも当てはまりすぎて、二人して同時に吹きだしてしまった。
――後に言い継がれる「竜巻娘」誕生の瞬間である。
部屋の片付けと平行して、面白おかしくの過去話を語り――勿論、あまりにも酷い脚色の時は彼女の鉄拳を持って訂正された――その物語が終わる頃、部屋も見違えるように整頓された。
「…若かったわねー、私も」
ふっと、少々芝居がかった仕草で遠くへと視線をやる。
そんな彼女の様子を横目で見ながら、からかうように鷹村が続ける。
「昔はピイピイ泣いてばっかりだったのにな」
「今はもう泣かないわよっ…玉ねぎ切る時以外は」
「あ、ちゃんも玉ネギが目に染みる口か?」
「どーやっても染みるんですよ… ゴーグルしても鼻つまんでも」
「……ゴーグル?」
「水中ゴーグルです。はっきり言って誰にも見られたくないですねー」
眉間に皺を寄せるの答えに、思わずその場にいた者は彼女が水中ゴーグルかけながら玉葱と格闘している姿を思い浮かべた。
エプロン(なぜかフリフリタイプ)と万能包丁とゴーグルを装備し、涙流しながら玉葱を切る姿。
…絵になるどころか、ベタなお笑い芸人でもやらん姿である。
「…なんか、変な想像してない皆?」
「気のせいだろ、気のせい」
「…まぁいいけど。
あ、鷹兄ゴミ捨てよろしく」
「何で俺様が!」
「私がやってもいいけど…鷹兄秘蔵のビニ本各種捨てられてもいいなら」
「……いってくる」
人を食ったようなの笑いを恨めしげに見ながら、愚痴を垂れつつ鷹村がいくつかのゴミ袋を抱えて外に出て行く。
ヒラヒラとお気楽に手を振ってそれを見送ったあと、ポツリとは漏らした。
「思えば…私の初恋は鷹兄だったのかもしれないなぁ」
『えええっ!!!?』
突然の爆弾発言に、その場にいた全てのもの――宮田でさえも、キャラに似合わない大声で――驚きの声を上げた。
「しーっ! 内緒よ、ナイショ!
…小さい頃は、格好よく見えたのよ。助けてもらったのもあるし――
でもまぁ…若気の至りっ! 初恋は儚く崩れ去るもんだって相場も決まってるし!」
何もそこまで否定しなくても…といった勢いで言う。そんな彼女の様子に思わず皆揃って苦笑した。
…若干名、”初恋は儚く崩れ去るもの”という発言で凹んでいるものもいるが。
「まぁそういう事は置いといて!
なんだったら昔の宮田君のこととかも話しましょーか? 私だけ言われっぱなしなのも癪だし」
「な――っ! さん、アンタ勝手に――」
「はいはいはーーい!! 僕それスッゴク聞きたいです!」
「ぼ、僕も興味あります!」
「いいねぇ。俺も昔の話言わされたし…過去の暴露大会といくか?」
『賛成〜〜〜!!』
「お前らっ!!! 勝手に決めるんじゃねぇ!!」
激昂する宮田なぞどこ吹く風。
ありとあらゆる尾鰭と背鰭と、ついでに胸鰭までつけた宮田過去話をとうとうと語りだす。
「…何騒いでんだ、こいつら」
「今度は宮田の過去話だそーで」
「ほぉう。そりゃこの俺様も面白エピソードの一つや二つ――」
「嘘はダメっすよ。
あ、あと――」
「ん? 何だ木村」
「――やっぱ、ちゃんのあの性格は”地”でしょ」
「…だよな」
宮田のラッシュを――一歩や板垣を盾にしつつ――潜り抜けながら、楽しげに法螺を吹く彼女の様子を苦笑しながら見る二人だった。
END
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