薔薇になりたかった。王者の華に。
 誰にも愛される、そんな存在に――



 世界に一つだけの花



 彼が羨ましかった。
 整った顔立ち、恵まれた才能、強い意志。
 一緒にいると、どうしても自分の存在が霞むようだった。

 奴が妬ましかった。
 素直に己の感情を出せる事、諦めない心、天賦の才。
 あまりにも強い光の中では、影さえも存在することが出来ない。

 時折思う。
 酷く酷く、自分が情けなくなる。
 何事も中途半端な自分。「イイヒト」な自分。
 それを変える勇気も根性もなく、ただただ鬱々としてしまう。
 彼女の回りに集う人々は、あまりに魅力的で――


「ヘコムよなー…」

 春の気配がくっきりと感じられる初春の昼過ぎ。
 卒業式も終了式も終わり入学式までの、一年で花屋が最も忙しい季節のひと時のブランクウィークのある日。
 木村は店先で、はぁ、と盛大に溜息をついた。
 暫らく試合もない、店も暇、これといってやることのないこの数日間。
 木村の頭の中ではぐるぐると同じようなことばかりが回っていた。

 想うのは彼女のこと。
 廻らすは纏わる彼ら。

 ボンヤリと店の花々を眺める。
 不思議と人というのは花のイメージに置き換えられる。
 薔薇のような人、向日葵のような人――
 脳裏には次々と知り合いの姿が浮かんでくる。
 差し詰め自分は何であろうか…

「……らさん、き――さん!」

 声と一緒に自分の身体が前後に揺さぶられる。
 ゆっくりと瞼を開けると、至近距離に彼女の顔があった。

「…ちゃん?」
「おはよーゴザイマス、木村さん。店番中に寝てちゃ駄目ですよ〜」
「ああ…寝てたのか俺」

 しぱしぱと目を瞬かせて、首を回す。
 堂々巡りの思考に暖かな春の日差し。これでは寝ないほうが可笑しい。

「お客サンが来たんだから、ちゃーんと接客してくださいな」
「え、ちゃんお客さんなワケ?」
「そうですよ。部屋に飾る切花が欲しくって」
「そっか。んでどんなのがいいんだ?」
「えーっとですねぇ、それでお願いがあるんですが〜」
「何だ?」
「一度自分で選んでみたいんですけど…駄目ですか?」
「別にかまわねぇぜ。欲張り過ぎないようにな」
「はーい!」

 そういっては店内にある花を物色し始める。
 ウキウキとした表情で花を次々に手に取っていく。
 それらを見比べながら、小難しい表情で花のバランスを考える。
 そんな彼女を少し離れたところから見守る木村。
 いつもの事ながら、クルクルと変わる表情は見飽きることがない。

「木村さ〜ん…」
「ど、どうした?!」
「なんだか上手く纏まらないんですけど〜」

 半泣きの彼女の手の中にあるのは、色とりどり――といえば聞こえはいいが、正直に言ってバランスの崩れまくった、花束っぽいもの。
 苦笑しながら木村は彼女の側に立ち、その花束もどきをしげしげと見つめる。

「さっきいったろ? 欲張りすぎるなって」
「いやー… あれもこれもと見てたら欲しくなっちゃって」
「花束を綺麗に見せるにはまずは中心になるモンを先に決めるんだよ。
 例えばそうだな…やっぱ春と言ったらチューリップがポピュラーかな?」

 ひょいとの手の中から一本のチューリップを抜き出す。

「次に添え物として、同系色の小物を。うまく主役を引き立てるようなのがいいな。
 よく使われるのはカスミソウだな。白は何にでも合うし、花も小さめでいい感じ。
 でもまぁ…チューリップにはあまりあわねぇかな?」
「あう…」

 やたら大量にあったカスミソウを取って、バケツに戻す。
 代わりに適当に色に合わせて小花をチョイスする。

「チューリップは大ぶりな奴だと、単独でも十分なボリュームあるからな。
 あまり飾らない方が、余計目立つと思うぜ」
「ふむふむ」
「最後にラッピングペーパーとリボンでちょいと飾って…
 そら、出来たぜ」

 サテンの赤いリボンでアクセントをつけた花束をの前に見せる。
 全体が淡いピンクの色調で彩られたそれをみて、はほうと息をついた。

「やっぱプロですねぇ〜… すっごい綺麗」
「俺なんかまだまだだぜ。所詮片足を突っ込んだ状態だしな」
「それでもこれだけ出来るんですからスゴイですよ! 私コレ買います!!」
「いいのかい、自分で作ったやつじゃなくて?」
「いーんです! コレ気に入っちゃいましたからv」
「そりゃよかった。褒めてくれた礼にちょいとまけてやるか」
「わ、やったぁ♪」

 ぱんっ、と両の手を合わせては破願する。

「チューリップベースで良かったか? 何なら一番人気の別のでも――」
「いいんですよ、チューリップで。木村さんが私の為に作ってくれたオンリーワンですから」

 の台詞に、はたと木村の身体が強張る。

「どんなナンバーワンよりも、オンリーワンの方が私は好きですよ」
「……俺も、オンリーワンかな?」

 ボソリと一言呟いた。
 は変わらぬ調子で、迷いなく笑顔で答える。

「木村さんは木村さんですから。他の誰にもなれないでしょ?」
「そっか…そーだよな」
「そーですよ。そんなこと判りきってるじゃないですか」
「いや、サンキュな。俺そのことをちょっと忘れかけてたみてェだからよ」

 完成した花束をに手渡す。

「教えてくれたちゃんに、俺からのプレゼント。お代はいらねーよ」
「ええっ、そんな…悪いですよ」
「いいから、貰っとけって。この花代の代わりに、美味いモンでも食べるんだな」
「でも――」
「さっさと受けとらねェと、どんどん花束追加しちまうぜ?」
「わ、判りましたよッ! ありがたく貰っときますって!!」

 が慌てて返事をすると、木村は笑いながら「ジョーダンだよ」と言った。

「とにかく、花有難うございました。大切にしますね」
「おう。そうしてくれ」
「それじゃ、また明日ジムで」

 言っては店の出口へと歩を進める。
 あと数歩で店を出れるところで、クルリと振り向き――

「私、春の花でチューリップが一番好きなんですよ!
 なんかこう――木村さんみたいで!!」

 そう残して、足早に去っていく。
 後には一陣の風と呆けた表情の木村。
 暫らくそのままでいたが、やがて正気を取り戻していく。
 靄の様にかかっていた、陰鬱な何かがすっきりと取り払われ、爽やかささえ感じる。
 先ほどのやり取りを思い返し――

「…俺って単純だなー」

 顔が緩むことを自制できない。
 ナンバーワンよりオンリーワン。
 そんなシンプルな考えも悪くない。

「よっしゃ! 気合入れるぜッ!!」

 言ってぱちんと勢いよく自分の両頬を叩き――ぐっと拳を握った。


END


ブラウザバックで戻ってください