if... CATCHING a COLD その後
 ハラハラと春風に舞う桜の花びら。春の陽気にポカポカと包まれつつ、周囲は心地良い喧騒に満ちている。
 ここは桜の名所。都内からもそう離れておらず、休日ともなれば大勢の花見客で賑わう場所だ。ハイキングコースも備えており、こちらは花を愛でながら緩やかな坂を登っていくというもの。のんびりと楽しみたい人々にはこちらがお勧めである。
「お花見といえばやはりお団子ですよねッ!!」
      
 そういいながら彼女は屋台で買ったたこ焼きを目一杯食べている。
      
「おいおい、そりゃどう見てもたこ焼きじゃねーか。…てか、オレに団子も買えってさりげなく言ってるワケ?」
      
       顔をほころばせ、幸せそうにたこ焼きを食べているを見て木村は苦笑いを浮かべた。
      
      「ふふふ、ご想像にお任せいたしますv ああ、イカ焼きや焼きもろこしも捨てがたいですねぇ〜」
      
       彼方此方にある屋台に目を奪われつつ、たこ焼きの最後の一つをまぐっと一口に放り込んだ。
      
      「あ〜〜〜…全部くっちまいやがった… オレに1コぐらいあげようかな〜〜なんて思わない?フツー。
       それにいくら風邪引いてる間あんまりモノ食べられなかったからって、色々いっきに食ったら太るぜ」
      「ボクサーにたこ焼きなんて高カロリー食品はご法度ですってば。だから、代わりに私が堪能するのです!
       この際体重のことは、彼方に置き去りってコトで」
      
       そういいながらもの頬には一筋の汗。流石に女の子、ウェイトのことは気になるらしい。
      
      「まあ…でもアレだろ? 結構体重落ちたんじゃねーか?」
      
       そう言って木村はの頬にそっと手を触れる。彼の言葉通り、彼女の頬の肉付きは薄かった。
      
      「痩せたって言うより、コケたって感じだよな?」
      
       そう言い、少し心配げな表情での顔をのぞき込んだ。真摯な眼差しで見つめられ、僅かに心臓の調子が早くなる。
      
      「…大丈夫ですよ。そんなにへってませんって。
       それにお見舞いにたくさん差し入れしてくれたでしょ? あれでカロリーは補給してましたから」
      
 僅かに頬を染めながら、にこっと照れくさそうに笑う。
      
      「そうか?ならいいんだけどよ…まだ一応病み上がりなんだから、疲れたら言えよ」
      
 近づけていた顔を離し、木村も釣られて同じように笑顔を向ける。
      
      「んじゃあ、今より元気回復するように、仰せの通りイカとトウモロコシを姫に捧げましょう?」
      
 そう言い、屋台の方へ早足で移動していく。その背中を見ながら、はホッと息をついた。
       触れられた頬が熱い。首を二三度横に振って、それを振り払った。
      
      「木村さん、だったらついでにクレープも追加で!!」
      
       気を取り直し、大きな声で木村の後を追う。
       の声を背中で受け止め、木村は腕を上げOKサインをする。言われた通り、クレープも購入し、の元へ戻った。
      
      「クレープ、アイスチョコクリームにしたから、最初に食わないと溶けるぜ」
「チョコレート! コレがやっぱり一番おいしいですよね〜」
      
 手渡されたクレープを満面の笑顔でかぶりつく。幸せオーラを振りまきながら、アイスが溶けないうちにと大急ぎだ。
 そんな様子を横目で木村はみてクスリと笑う。まるで子供のような仕草だが、それがまた似合うのだ。
      
「よぉ…食べるモンソレぐらいでいいか? ちょっとこの先、出店無いトコまで歩きてぇんだけどよ…」
      「いいですよ〜 流石にあたしだってこれ以上は食べるの無理です」
      
 クレープを食べ終え、くいっと唇を指で拭う。それを食べ終わったのを確認し、
      
      「歩きながら食うか?」
      
 と持っていたイカ焼きを渡す。一瞬だけ考え
      
      「うーん… お土産に残しておこっかなァ」
「歩いたら腹減るかもしれねーぞ?ま、オレが持っててやるから」
       そういいながらむうと眉を顰める。
 そんな彼女にあははと笑いながら、ゆっくりと木村は歩き出した。
      
      
 ハイキングコースからの景色は、山中桜が咲き乱れピンクに染まっていた。
 出店も出ておらず、先程のまでの賑やかさがまるで嘘のような静けさだ。僅かな人の気配と鳥のさえずり、そして風が木々を揺らす音が響いている。木村は一番眺めがいい頂上付近まで歩くつもりだった。
      
      「だいぶ歩いたけど、疲れてないか?」
      
       15分ぐらい歩いた時木村はそう彼女に聞いた。
      
      「大丈夫ですって。そんなにヤワじゃないですよ」
      
 そういいながら、彼女は木村の後に続く。おろしたてのミュールにまだなじんでいない足ではあったが、まぁ何とか誤魔化しながら歩いていく。が歩き難そうなコトに全く気が付かない木村は「そうか」と小さくうなずき歩き続けた。
       木村が気付かないことにホッとしながら、は痛みを紛らわすためにも辺りを見回しながら歩いていた。緩やかな坂道を登るにつれ、喧騒が消え木々が増えてくる。春の訪れを感じる日差しと空気にウットリとした気分になった。
      
      「もう少しだからよ」
      
       そう言いながらさらに歩いていく。「もう少し」の言葉通り、5分ほど歩いたとき、今まで木々に覆われていた視界が突然開けた。
       そこから見える景色はまさにピンクの絨毯…。
      
      「うっわー……!!」
      
       そう一言だけ言っては立ち尽くす。
       穏やかな風に揺れる、櫻の杜。その見事な景色に完全に心を奪われた。
       一言発しただけで後は無言でその風景を見つめるから、木村は視線をそらせなかった。
       普段、あれだけ暴れ回っている(と、言ったら鉄拳が飛んできそうだが)彼女が瞳を輝かせ、かすかに頬をも染めている様は、木村にとって此処の桜より綺麗に思える。
      
      「これを見せに連れて来てくれたんですか?」
      
       視線は櫻に置いたままではそう呟く。静かな言葉の中に、震える感情が込められていた。
       綺麗だと、言葉でいうのは簡単だろうが、この思いは実際に見て見なければ判り得ない物だろう。
      
      「ん…まあな。
      いっつもよ、ごつい男ばっか相手に頑張ってるからよ、たまにはこーゆーの見るのも良いだろ?」
      
       そう言って、やっと木村も桜に目を向けた。
       一面にピンク色の霞でもかかっているかと思うほどの景色。
       と同じ時に同じモノを見、同じように綺麗だと思えること。それがなんだか嬉しくて。
       木村も言葉を発することなくソレを見つめた。
      
      「ありがとうございます。ホント、嬉しいですよ」
      
       そう言って、もう一度ほぉうと溜息をついた。
      
      「こーゆーことしてくれるのって木村さんだからこそですよね〜」
      
       どこか苦笑したような響きでそういう。
       の言った言葉に微妙な含みを木村は感じ取った。
       だが、ソレがどういうコトかまでは解らない。
       タダ単に他の連中にはこういう所は似合わないと言う意味か、それとも違うなにかが有るのかは…。
      
      「まあ、鷹村さんなんかはこんなコトしそうにねぇしなぁ……」
      
       とりあえずそう言ってみる。宮田の名前はあえてださずに…
      
      「鷹兄には絶対思いつきませんね。乙女心に対するデリカシーってもんがないですもん!」
      
       はそう力強く主張した。
      
      「この間風邪引いてた時だってそうですよ。
       毎日様子を見に来てくれるのは嬉しいんですけど、そのたびに部屋を散らかしていくのは…」
      
       そのときのことでも思い出したのか、苦虫を噛み潰したように言う。
      
      「宮田君だって酷いもんですよ!
       あの朴念仁の無愛想下睫男! 一を言えば十を知るってことがそうそうできるかーッ!!」
      
       日ごろ何かたまっていることでもあるのか、見事な櫻に向かってそう叫ぶ。
      
      「あ〜〜〜〜・・・・あのときゃ参ったよなぁ… あの人なりに心配してきてるんだろうけどよ〜」
      
       そう言ったあと、宮田の名前があがりドキリとする。しかも拳を握り力説する姿はいつものだ。
       さっきのように、桜にみとれているも可愛い。
       でも木村が好きなのは、こーゆーいつもの。
       それを一番引き出すのは宮田だと、木村は気が付いている。
      
      「まあまあ、今ぐらいは忘れようぜ〜〜奴らのコトはよ」
      
       そう、今は2人きりなのだ。流石にこんな所までは邪魔は入らないだろう。
       そう思い、の肩に手をかけた。
       不意に寄せられた木村の手に、どきりとするものの、その動揺を悟られまいとは言葉を続ける。
      
      「そうですよねっ! こんな綺麗なもの、滅多に見れないんだから思う存分命の洗濯しなくちゃ」
       
        手を、振り払われるかも…と思ったが、ソレは無かった。ただし、そのことへの反応も無い。
       肩へ置いたままの手。
       コレをこの先どうするか木村は真剣に悩んでいた。
       引っ込めるタイミングも、ソレをさらにグレードアップさせ、肩を抱くまでに発展させるタイミングもつかめない。
       無言の木村を横目ではちらりと盗み見た。
       恐らく相当の葛藤をしているであろう、その瞳は揺れっぱなしだ。
       そんな彼の心情を知ってか知らずか、は爆弾発言をかます。
      
      「…将来誰かと結婚しなきゃならないんなら、木村さんみたいな人がいいなァ」
      「えっっ!!!」
      
       おもわぬの発言に手を離してしまった。
       一度離した手はもう元の場所には返せない。
       手の行き場との言葉に悩まされながらオロオロするばかりだ。
      
      「で…でもよぉ。結婚しなきゃならないなら…って。
       そんな嫌なコトみたいに言うなよ。普通女の子なら憧れるんじゃねえの?」
      「結婚は人生の墓場です!」
      
       ぐっといつもの調子で拳を握り言う。
      
      「それに何より、結婚したら今のジム手伝いを止めろとか言われるかも知れないんですよ?
       それだけはゴメンこうむります。皆といるの、楽しいですもの」
      「……オレなら…やめろなんて言わない」
      
       ポツリと、そう呟いた。
      
      「でしょ? 木村さんならそう言ってくれるって思ってます」
      
       うんうんと頷く。
      
      「木村さんなら、私のことよくわかってくれてると思いますもの」
      「本気にするぞ」
      
       そう言って木村はの両肩を掴みぐいっと自分のほうに向けた。
      
      「へっ?!」
      
       間の抜けた声を上げ、は木村の目を見た。真剣な彼の瞳の光に思わず息を飲む。
      
      「ほ、本気って…どういう事ですか?」
      
       おずおずと、口に出す。
      
      「今、自分が何言ったか、解ってるか?」
      
       両肩を掴んだまま、真剣な顔で聞き返す。
      
      「木村さんなら、あたしのことわかってくれる…ですか?」
      
       木村の目から――目が離せない。
      
      「そうじゃねぇよ… その…結婚するなら…って」
      
        の目を見たまま言葉を返す。肩を掴んでいる手に力がこもる。
      
      「いや、だって、木村さんなら気心も知れてるし、あたしの仕事も知ってるし…」
      
       言うも自分で何をいっているかわからなくなってきた。ぐるぐると頭の中で何かが回っている。
       本気で結婚のことを口にした訳じゃないことは解っていた。
       でも、木村は真剣にのことが好きだ。
       今。彼女の言葉に便乗するのは卑怯かも知れないと。そう思う気持ちもある。
       だけど無かったことにしたくはない。
       そして、木村はの肩を掴んでいた手を、彼女の背中にそっと回し、そのまま抱きしめた。
      
      「……好きだ」
      
       木村の気持ちは知っていた。
       彼がはじめてジムにきたころと最近とでは、明らかに自分を見る瞳の雰囲気が別だったからだ。
       正直、木村のことをどう思っているかと聞かれれば「好き」と迷わず答えられるであろう。
       結婚するなら、木村のようなタイプだといったこともウソではない。
      
      「…あたし、ガサツですよ?」
      
       小さく、答える。
       動悸が治まらない。顔が酷く熱い。抱きしめる腕をぎゅっと握った。
      
      「…そんなこと、分かり切ってるよ」
      
       やっと帰ってきた返事に、ため息とも似た吐息と共に木村は答えた。
      
      「ついでに言えば、すぐ手が出ますよ?」
      
       震える声で、呟く。
      
      「…馴れた…し。そんなちゃんがオレは好きなんだ」
      
       のふるえが伝わってくる。木村も気を抜くと震え出しそうで、抱きしめる腕にさらに力をこめた。
      
      「短気だし、怒りっぽいし、木村さんの気持ち知っていて今まで何も言わなかった…ズルイ女ですよ?」
      
       言っていて、油断すると泣いてしまいそうだ。泣くもんかと木村と同じように握る手に意思を込める。
      
      「…告白ってのは男がするモンだ」
      
       自分の気持ちを知っていたと言われ驚いた。だけど、今はどうでもいい。
      
      「そんなに自分否定してまで…オレのコト拒絶したい?」
      「違いますッ!!」
      
       悲しそうな響きの木村の言葉に、は反射的にそう答える。
      
      「だって…あたしは幸せになれるけど、木村さんはあたしといっしょで幸せになれるって保証、ないですもん」
      
       最後の方は、完全に涙声ではそう答える。
      
      「……オレは…今までちゃんと一緒にいて、楽しかった。一緒に居られるだけで幸せだった。
       だから…この先もその幸せをオレにくれない?」
      
       泣きそうな声で答えるの顔ギリギリまで自分の顔を近づけ、木村はそう言った。
       木村の台詞に、ついに一粒の目から涙が零れた。
       そのまま、なん粒も雫を落としながら
      
      「…今以上に、幸せにしてみせますよ!」
      
       そう、強く言った。
       その瞬間、木村はの額に自分の額を強く押しつけた
      
      「…ちゃんらしい答えだ」
      
       そう言ってプッと笑った。
       の頬を流れる涙をそっと拭い、そのまま優しく口づけをした。
       触れる唇に抵抗する代わりに、はおずおずと木村の背に手を回す。
       唇を離し、と目が合った木村は照れたように笑った。
      
      「絶対に幸せにしてくれよなv」
      
       そう言った木村の顔は別人ようだった先ほどまでモノのでなくいつもの木村だった。
      
      「絶対幸せにして見せます!」
      
       そう言っても、ぐっと親指を立てて答える。台詞だけ聞くと完全に立場が逆転している。
      
      「後悔したって知りませんからね。
       ガサツで、乱暴モノで、短気で、ずるいあたしでもいいって言ったのは木村さんのほうなんですから」
      
       さっきまで、震えながら涙を流していたとは思えないの態度に木村は笑い出してしまった。
       そのまま、2人でけらけらと笑い会う。
      
       桜の花に囲まれて、楽しげな笑い声が遠くまで響き渡っていた。
      
END
      
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