あいかわらずなボクら



「あっけましておっめでとーございまーす!!」
「おや、さん。明けましておめでとう」
「おめでとうです、親父さん!」

 言って互いに二人は深々とお辞儀をする。

「まァ玄関先じゃ何だからあがりなさい。外は寒かっただろう?」
「えへへ。それじゃ遠慮なくお邪魔しまーす」

 宮田父の勧めに従い、は草履を脱ぎ着物の裾を踏まぬよう少しゆっくりとした足取りで注意しながら歩く。
 そのままはリビングに通された。「お茶でも入れてくるよ」と言って、宮田父は台所へと消える。
 さっとリビングに視線をめぐらすと、そこには彼女の来訪を気にも止めず、一身に何かに目を通す宮田がいた。

「宮田君〜」
「……」
「…宮田君?」
「…………」

 返事がない。ただの屍のようだ――かはどうかとして。
 この態度には大いに憤慨した。着物のことも構わず、大股で宮田の背後に回り――

「み・や・た・く・んっ!!」
「――ッ!!」

 大声量で彼の耳元で叫んだ。流石にこれには宮田も振り向かざるを得ない。

「イキナリ何すんだよ!」
「私は何度となく呼びました! 気付かないアンタが悪い!」

 べしっと宮田の額にデコピン。
 はふ、と溜息をつきは尋ねた。

「んで、何に集中しててお客様の訪問に気付かなかったのかな?」
「コレ」
「あ、年賀はがきの振り分けか」
「そう。毎年の俺の仕事」
「いちいちまァ細かいこと」
「…また出しそびれたみたいだな、お前。見当たらないぞ」
「松の内に届けばイイじゃなーい」

 むすっとした宮田の返事にはケラケラと笑う。
 そのまま彼女は丁度宮田の真向かいにゆっくりと移動して、炬燵の裾をめくる。

「お、炬燵直ってるじゃん!」
「アレからせめて年越しには間に合うように、電気屋を急かしたからな」
「へへへ〜、ぬくぬく〜」
「冷えた足をくっつけるな! 折角温もってるのに」
「だからじゃーん。外の寒さをおすそ分け〜」
「いらんいらん」

 暫し炬燵の中で見えない戦争を繰り広げる。そうしているうちに足が温もったのか、ほんわかとした顔でが炬燵机に顎を乗せた。
 葉書の差出人を確認しながら、さも今彼女の格好に気付いたかのように宮田が尋ねる。

「そういやそのカッコ、年始回りか何かか?」
「そうだよー おじいちゃんと一緒に初詣も行って来ました」
「…会長だけか?」
「うん。流石にまだ元旦だし、皆とはまた今度」
「ふぅん」
「あ、そうだ! ねェねェ宮田君、この着物どうよ?」

 言っては炬燵からぴょこんと立ち上がり、クルリと一回転した。ふわりと袖が舞い上がると、目にも華やかな紅が踊る。
 そんな彼女をじっくりと観察し、宮田は口を開いた。

「――悪くないんじゃねぇ?」
「え、うそ!」
「馬子にも衣装ってヤツ」
「…宮田君、それ褒めてない」
「そうなのか?」

 どうやら本気で言っていたらしい宮田の答えに、は呆れた。半眼でやれやれなどと呟きつつ、また炬燵へと暖を求める。
 そのまま暫し炬燵のぬくもりにウットリしていると、葉書作業が終わったのか対面の宮田が一心不乱にミカンの白い筋を取っている姿が目に入った。

「…マメねェ、宮田君」
「なんか苦くて好きじゃねェんだよな、コレ。だから取る」
「気持ちはわかるけどね〜。私はめんどくさいからそのまま食べちゃうな」
「とか言いながら取ろうとするんじゃねェ」
「ケチ〜」

 会話で気を取らせて、宮田の向いていたミカンを失敬しようとしていたの手を、宮田がすんでのところで叩いて止める。
 恨みがましくなおも「ケチ〜」といい続ける彼女に、宮田は嘆息してキープしていた自分のミカンを一つ転がしてやった。

「食いたかったら自分で剥け」
「はーい。ちぇっ、めんどくさいなァ」
「働かざるもの食うべからずだ」

 冷たい宮田の一言に渋々ながら、は皮を剥き始める。
 と、そこに台所から宮田父がお茶を持ってやってきた。

「外回りはうちで終わりかね?」
「はい。今日の分はここで終わりです」
「そうか。ならもう少しうちでゆっくりしていきなさい。慣れない草履で疲れただろう?」
「うわー、流石親父さん。ちゃんと気付くもんですねぇ」
「少し足を引きずっていたようだったからな。どこぞの朴念仁とは違うよ」
「ですねェ」

 妙に意気投合する二人の会話に、宮田は気付かない振りをしてミカンの筋取りをしている。ここでその頬に一筋の汗さえ浮かんでなければ完璧だったのだが。

「さて、さんは白味噌の雑煮は好きかな?」
「白味噌…ですか?」
「そう。甘い白味噌で仕上げた汁と餅と水菜、京人参だけのシンプルな雑煮だよ」
「へぇ! 食べてみたいです」
「そうかそうか。それじゃ食べていくといい。餅はいくつかな?」
「えーっと…二つで!」
「わかった。一郎はどうする?」
「…一つ」
「了解」

 くつくつと小さく笑いながら、宮田父は再び台所へ消える。その後姿を両者違った心持で見つめた。

「白味噌のお雑煮なんて初めて! どんなんだろうな〜」
「お前、ホント単純だよな」
「宮田君に言われたくないですぅ〜」
「俺のどこが単純なんだよ」
「自覚してない辺り末期よね」
「だからどの辺が!」
「ホラ、そういうすぐに怒っちゃう辺り」

 指を指し、真顔で言うに宮田はぐぅの音も出ずに、ただ無言でミカンを頬張る。そんな彼の様子を見て、勝った〜などと無邪気には喜んだ。
 同じようにもミカンを味わいながら宮田に問い掛ける。

「そういえばさぁ、宮田君は初詣とか行かないの?」
「行かねェ。大体願い事とかねェし」
「減量が楽になりますようにとかは?」
「そういうのは自分で叶えるもんだろうが。神様にまで頼るもんじゃねえ」
「ふぅん… あ、でもひょっとして寒いからとかだったり?!」
「まぁ…それもある」
「…出不精」

 じっとりとした視線で宮田に抗議するは見て見ぬ振りをして、宮田はなおも続ける。

「大体、こういう寒い日に出歩く連中の気が知れねェよ。
 寒い日は暖房の効いた部屋で、炬燵に入りながらミカンを貪り食う。コレがあるべき青春の姿だ」
「まァ確かにそれには一理あるわねー。
 寒い日にはやっぱり炬燵でアイス。コレに限るわ。
 真夏の冷房の効いた部屋で、寝そべりながら冷えたジュース飲むのと同じくらい正しい青春の過ごし方ね」
「そうだな。賛成だ。
 でもやっぱり炬燵にはミカンだろ」
「いーえ、アイス」
「なら今食ってるミカン返せ、今すぐに」
「それとコレとは話が別よ」
「…お前たち、いい若い者が爛れた青春像を語るんじゃない」
『あ…』

 言い争う二人の間に、雑煮を持ってきた宮田父が割って入る。
 心底呆れている宮田父に、は笑いを、宮田はあらぬ方向を向き、それぞれに誤魔化す。
 それぞれの前に雑煮を置いて、宮田父は自分も炬燵に入る。

「さて、口にあうといいんだがな」
「どれどれ… いただきまーすv」

 元気良くそう言って、は雑煮の碗に口をつける。
 箸で京人参をつまみ、一齧り。

「…うん、この人参少し癖があるけど、甘めのこの汁にあってますねェ」
「そうか? 一郎はこの人参が嫌いでな。いつも残すんだよ」
「好き嫌いはいけないぞ、宮田君!」
「箸で人を指差すな、行儀悪ィ」
「あ、誤魔化した」

 そのまま暫し、三人は無言で雑煮を啜った。部屋にその音だけが暫らく流れて、やがてぷはぁ!と大きく息をつく音が響いた。

「いやいや。大変美味でした。ご馳走様でした」
「我が家の味を気に入っていただけて何よりだよ」
「良かったら作り方教えて欲しいんですけど…駄目ですかね?」
「うーん…コレはウチの味だからなァ…」

 少し思案するような風の宮田父。ちらりと我が息子の様子を窺う。
 そして少々人の悪い笑みを浮かべながらこう提案してきた。

さんが、うちに嫁に来るんだったら教えてやってもいいんだが」
「嫁ェッ!?」
「そう。一応コレは我が家秘伝の味だから」

 楽しげに笑いつつの宮田父の様子に、一旦驚いたものの何かを察したようだ。
 げほごほと咳き込む宮田を横目で見つつ、も似たような笑みを浮かべて応戦する。

「なるほど。だから宮田家にはいる人物でないと教えられないと」
「大体父親の私が言うのもなんだが…こいつボクシング以外に取り得がないからなァ」
「ああ、生活能力皆無ですもんね宮田君。この間なんかお茶葉の位置すら知らなかったんですよ」
「だろう? だからこの際だ。さんなら――」
「いい加減にしてくれ父さん!」

 先ほどまで咳き込んでいた宮田だが、必死で立ち直ったらしく眉を吊り上げ会話をふさぐ。

「嫁さんくらい自分でちゃんと見つけられる!
 それにさんも!! 判っててやってるんだろうが!」
「あら、バレバレ?」
「何年来の付き合いだと思ってんだよ! バレバレに決まってるだろうが!」
「聴きました親父さん? 珍しくバレバレみたいですよ」
「珍しいな」
「しつこい、二人共!」

 そこまで言って、宮田は肩で息をする。何もそれほど全力を尽くさずともいい気はするのだが。
 はそんな宮田の様子に、よよよと目元を着物の袖で隠しつつ、涙声で訴えた。

「そうよね… 『カウンターの貴公子』なんて呼ばれている宮田君に、私なんて釣り合わないわよね…」
「お、おいさん――」
「こんな口も悪いし、ガサツで大雑把な私なんて…嫌われて当然よね」
「別に俺は――嫌いなんて言ってねェ」
「それじゃァ…あたしを宮田君はどう思ってるの?」
「それは――」

 そこまで口に出して、宮田はハッとした。
 袖に隠れたその奥に光る、彼女の瞳。濡れてあえかな光を照らすその中に、微かに宿る好奇の色。

「…ウソ泣きしてるような奴には言ってやらねェ」
「あ、わかった?」
「俺がお前の事判らないわけないだろうが」

 盛大に溜息をつき、半分呆れた風に言う宮田。そんな宮田を二人はまじまじと見ている。

「…アレって無意識ですかね?」
「…だろうな。普段朴念仁の癖に」
「んだよ、二人して」

 ひそひそと耳打ちすると宮田父に、宮田はムッとする。
 宮田家の正月は、概ねこうやって過ぎていったのだった。

END


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