愛し愛され生きるのさ
      
      
      
      「ラブラブで、甘々ってどういうものかしらね?」
      
       唐突にはそう言った。
       怪訝に思うものの、まぁいつものことなので宮田はそのまま聞き流すことにした。
      
      「奈々子ちゃんから言われたんだけどさー、あたしたち恋人同士には見えないらしいよ?
       どう贔屓目にみたって、喧嘩友達だって」
      
       そりゃぁ四六時中言い争ってればそういう見方にもなるだろう。
       心の中でそう思うも、口には出さずただ黙々と雑誌に目を通す。
      
      「まぁそりゃぁアンタとの付き合いも長いから…
       往来でべたべたしたり、口説き文句を言う宮田君なんて、レア率どころか絶滅してるってのは理解してるけど」
      
       そう言っては、小さなグラスにコポコポと透き通った無色の液体を注いだ。
       それを宮田の目の前に置き、にっこりと笑う。
      
      「よくよく考えてみても、素面でそんなこと出来るやつじゃないもんね、宮田君は」
      「……んで、何だこれは」
      「ウォッカ。度数96の強者。勿論火も付きます♪」
      
       つまり――
      
      「素面でいわねェなら、酔わせるって事か。俺を」
「びーんご!」
      
       いえいっと上機嫌でピースをするに、宮田は半眼でうめいた。
       溜息をつきつつ、目の前のグラスに手をかける。
      
「……俺はかまわねェけどよ。後悔しても、俺は責任とらねェからな」
      「……どーゆー意味ですかね、宮田君」
「そのまんまだよ。これ飲んだら、記憶と自我と理性飛ぶ自信あるぜ」
      「そんな自信持たないでよ」
      
       心底嫌そうな顔をして、は宮田の手からグラスを奪い取った。
 そのまま静止する間もなく一息にそれを飲み干し、プハァッと大きく息を吐く。
      
      「うえー、さすが本場モノ。効くわー」
      「…お前もあんまり飲むなよ。強いって訳じゃねぇんだから」
      「判ってますよォ〜だ」
      
       早速顔を赤くして、とろんとした目と口調で答える。
       言わんこっちゃない。早速酔いが回ってるじゃねぇか。
       やれやれと、読んでいた雑誌を適当に放り出し、の手から酒瓶を取り上げた。
      
      「あー! あたしのお酒ー!」
      「二日酔いになる前に止めとけ」
      「やだぁ、返しなさいよォ〜」
      「駄目だ。面倒見るこっちの気持ちも考えろ」
      「ケチー。宮田君のケチー」
      「ケチで結構だ」
      
       酒で上気した頬と潤んだ瞳で見つめられ、思わず素面で理性が吹っ飛びそうになるが、どうにか堪えて取り上げたそれを台所まで持っていく。
       後方から尚も未練がましくケチコールが鳴るが、まぁ気にしないことにした。
      
      「コーヒーと紅茶、どっちがいいか?」
      「うーん…紅茶〜」
      「OK、コーヒーだな」
      「紅茶だって!」
      「判ってる」
      
       酔い覚ましにと、とびきり濃く入れた紅茶を持って、宮田は台所から出てきた。
       はそれを受け取り、息を吹きかけながら――猫舌なので、熱すぎると飲めない――チビチビとそれを飲む。
       特に会話をするわけでもなく、静かな空気の中互いの息遣いまで聴こえそうだ。
      
      「なぁ、さん」
      「んー?」
      「俺がこうして紅茶入れてやんのは、さんだけだから――」
      「……」
      「とりあえず、それで満足してくれよ」
      
       そこまで言って、宮田はそらしていた視線をのほうへちらりと向けた。
       はカップを持ったまま、呆気に取られた顔で宮田を見つめていた。
      
      「…んだよ、その顔は。
       人が恥ずかしい思いまでして、いってやったのに」
      「い、いやぁ… 素面よね、宮田君」
      「ウォッカの匂いで酔ってるかもな」
      「でも…うん。嬉しい」
      
       はにかむ様に笑う彼女は酷く魅惑的に見えた。
       普段が普段なので、余計にそう見えるのかもしれない。
      
      「じゃ、今度はさんが言う番だな」
      「なんでっ?!」
      「等価交換。世の中の摂理だろ。自分がしてほしけりゃ、それを人にもするのが道理だ」
      「くっ… 理に叶ってるけど腑に落ちない」
      「んで、さんは俺のことどう思ってるわけ?」
      
       からかいを含んだ宮田の台詞に、は一頻り百面相をし、やがて小さく呟いた。
      
      「……好き」
      「聴こえねぇな」
      「…好き」
      「まだまだ」
      「あーもおっ!!!
       好・きっ!! 好きですともッ!!!
       短気なところも、捻くれてる所も、意地悪なところも、みーんなひっくるめて大好きよ!
       ええ、惚れてますともチクショウッ!! これだけ言えば満足??!」
      
       やけっぱちで、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
       声を荒げ、肩で息をする彼女に思わず笑いがこみ上げてくる。
      
      「なんで笑うのよッ! お望みどーり言ったじゃないのー!!」
      「い、言い方ってもんがあるだろ? あー最高、さん」
      「もーやだっ! 絶対もう宮田君にラブラブだとか甘い言葉とか求めないッ!」
      「俺は構わねぇけど?」
      「あたしが構うッ! どーせまた無理難題言うしッ!」
      「無理難題か、今の」
      「いつもどーりが一番イイのッ! シミジミと痛感したわ、ホント」
      
       机に突っ伏して、うめくに一瞥をやって宮田はそっと息を吐いた。
       こうやって彼女の気持ちを直接聞くと、嬉しさで口の端が上がってくる。
       内心の喜びを悟られぬよう、務めて冷静を装う。
      
      「くそー、なんかいいようにやられてる気がする」
      「普段俺、さんに苛められっぱなしだから、バランス取れていいだろ?」
      「むぅー」
      
       本人にも苛めている自覚があるのか、宮田の台詞にはそれ以上つっこまずに弱々しく相槌を打つだけに留まった。
      
      「ま…他人がどう言おうと、俺たちらしくやりゃいいんだよ」
      「…じゃァこれからも、あたしが宮田君を苛める方向で」
      「それはちょっと勘弁してくれ」
      
       の提案を、溜息とともに宮田はそれとなく拒否をした。
 まだまだ、前途多難の二人のようである。
END
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