あなたならかまわない
      
      
      
       週に一度、は宮田家を訪れる。栄養士として宮田父から依頼され、メニューおよび、ウェイトコントロールの為のより良い食事の摂取方法を検討する為だ。
 直に宮田本人から話を聞き出し、肌の調子・髪のツヤ・顔色などを見て、体内の調子を推し量る。ここ一週間で、身体に変調はないか問診することも大きな目的だ。
      
      「うん… とりあえず、どこも問題はないみたいね。
       流石に脂分を減らしてるから、お肌が赤ちゃんのようにって訳には行かないけど」
      
       それでも憎らしいくらい綺麗よねー、宮田君などとぼやくを、宮田は半眼で見返した。
      
      「…母さん譲りなんだろ。俺はあんまり好きじゃないけど」
      「へぇ〜。まぁ確かに、親父さんは髪の毛の質固いもんね。宮田君はサラサラ〜」
      
       含み笑いをしながら、己の髪をいじくるの手を払う。
       ちえ〜っと心底残念そうなは、ひとまず放置しておくことにした。
      
      「確か…ああ、あったあった。ほら、父さんの若いころの写真」
      
       本棚に挟まれた一冊の少しばかり古びたアルバムを宮田は取り出した。
       パラパラと適当にページを捲り、色褪せた写真を指差す。
      
      「これが父さん。隣は八木さん」
      「うわー、わっかーい!!」
      「当然だろ」
      
       穏やかな雰囲気の青年と、がっしりとした青年が映っているその写真は、確かに今現在の二人を髣髴とさせるものを持っていた。
       当然のことながら、若いころの宮田父は髪も黒く、日本王者として説得力のあるしっかりとした身体を作っていた。
       こうして若いころの自分の父親の写真を見ると、ふと不可思議な気分に宮田はなった。
       妙にサラサラな髪、女顔、やたらと長い睫毛。
       こう言った――よくに「綺麗」と賞される――パーツは主に母親譲りではあるが、鋭い意志を宿した瞳は父親と似ていると自覚していた。
      
      「それにしても…」
      
       ポソリと、が呟いた。目は変わらず写真に落とされたままだ。
      
      「親父さん、イイ男よねー」
      「はぁっ??!!」
      
       ウットリ、といった口調で熱く息を零すに、思わず宮田は素っ頓狂な声を上げた。
      
「実に私好みなのよ。ああ素敵!」
      「…………参考までに、どの辺が?」
      
       目にハートを浮かべるような彼女の様子に、イヤな汗を滲ませながら宮田は尋ねた。
      
「えっとねぇ、まずこの鋭い眼差しでしょ〜、んでイイ身体つきしてるし〜
       あとあと!! 私実は短髪&つんつん髪に弱いの〜〜〜!!」
      
       きゃーっとまさしく普段は絶対聴くことはない、甲高い――黄色い歓声では言った。
       その台詞を気いて、宮田はとてつもなく大きなハンマーで頭を殴られたようなショックを味わった。
      
       …母さん、何で俺を父さん似にしてくれなかった!!
      
       お門違いの怒りを母にぶつける宮田。
       そんな宮田など彼岸において、の乙女トークはまだまだ続く。
      
      「鷹兄もね、強いってところはいいんだけど…何しろあの王様なところがなー。それさえなきゃ結構イイオトコなのに。あ、あと髪下ろした時の鷹兄には不覚にもドキッとしたわね!
       木村さんは優しいってのが最大の長所なんだろうけど…あの決断力のなさが頼りないと言うか何というか… 声とかは耳元で言われるとゾクゾクする位好きなんだけど。
       千堂は…まぁ確かにイイオトコよ。認めたくないけど。
 あと実は沢村さんも私のツボついてるんだよねー。目付き悪いでしょ、強いでしょ、長身でイイ身体だし〜 あとあの捻くれ具合も母性本能擽られるわ〜!」
      
       立て続けに他の男の品評聴かされた宮田は、たまったものじゃない。
       すっかりその心内にはブリザードが吹き付けてしまった。
      
      「なんだか随分楽しそうだな、さん」
      「あ、親父さん!」
      「どんな話をしてたんだ?」
      「えーっとですねぇ…後三十歳親父さんが若かったら、私アタックしちゃうのになーって話で」
      「はっはっは。そりゃお世辞でも嬉しいな」
      「お世辞じゃないですよ! 親父さんの若いころの写真見たんですけどね、メチャクチャあたし好みなんですよ!!」
      
       力説してアルバムの写真を見せるに、軽く返事をして、宮田父は存在感がすっかり煤けてしまった己の息子を見やった。
      
      「さんは…一郎は好みのタイプじゃないのか?」
      「えー、宮田君ですか?」
      
       宮田父の問い掛けに、は真剣な表情で唸りだした。
      
      「世間様ではですねぇ、宮田君は大層若い女の子に人気があるらしいですけど…未だに信じられないんですよ。
       そりゃね、確かに表向きはクレバーでクールで見目麗しいかもしれませんが!」
      
       ここではビッと力一杯宮田を指差し――
      
      「こーんな朴念仁、かつ短気で口も悪くて、下睫毛のキューティクル細腰男、どこがいいのかサッパリですよ」
      「手厳しいな」
      「……黙って聴いてりゃ、好き勝手言いやがって…!!」
      
       ゆうらり、と宮田が幽鬼の如く復活した。
      
      「お前だってなぁ、ガサツ・喧嘩っ早い・自分勝手の三拍子揃ってるじゃねぇか! オマケに最悪なまでに鈍いッ!!」
      「な、なによう!! 私そこまで酷くないわよッ!」
      「こないだのこと、もう忘れたのかよ! 砂糖と塩を豪快に間違えて、だし巻き作ったバカはどこのどいつだ!!」
      「ああああれはっ!! ついうっかりポケッとして間違えただけで――」
      「それを食わせられた俺や父さんの身にもなってみろ! まだまだ前科はあるじゃねぇか、それこそはいて捨てるほど!」
      「むうう〜〜〜〜っ!! それじゃァ言わせて貰いますけどねぇ――!!」
      
       なおも舌戦を繰り広げる二人を、生温かい目で見守りながら、宮田父はコポコポと茶を入れた。
      
       …二人共、気付いてないんだろうな。
      
       第三者には、それこそクールな人物の仮面を被る宮田が、それをとる――雰囲気的には剥ぎ取るが正しいだろうが――数少ない人物が、彼女――に他ならないことを。
       父としては、娘のように思っているが本当の娘になってくれればと言う願望もあるのだが――
      
      「この調子じゃ、当分無理だな」
      
       ふうと溜息をつく父の心情など知ったことかと、果てしなく続く口論を茶を飲みながら宮田父は眺める。
       ある意味、二人は似ているのだといったらこの両人はどういう顔をするのだろうか。
       恐らく――全く同じ表情を浮かべ声もそろえ「冗談じゃない」とでも言うのだろう。
      
       ああ、全く困った子供たちだ。
      
       宮田父は口の端に小さく笑みを浮かべて、湯飲みに残った茶を一息に啜った。
END
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