Aokage
このままだと遅刻してしまう。俺は柄にもなく焦っていた。
久々に二人だけで出かけるオフの日。
珍しく俺の方から誘いをかけ――携帯のメールでだ。声に出してなんて言えるか――OKの返事が返ってきた時は密かにガッツポーズものだったが。
それなりに髪や服装にも気をつけ好印象を心がけたんだが…遅刻しちゃ元も子もない。
ちらりと腕時計を見る。約束の時間には間に合いそうにもない。もっと早く家を出ればよかった…なんて後悔してももう遅い。
向かい風が強く吹き付けてくるのが、妙に癪に障る。
きっと――いや、絶対アイツは不機嫌になっている。そう思うと、余計に気が急いてきた。
「遅かったわね」
「ワリぃ」
「…ま、いいわ。さっさとお店に行きましょ」
言い訳――と言っても、俺が時間配分ミスったのが悪いんだが――言ってもどうせ受け付けてくれないだろうから、あえて何も言わず一言詫びを入れた。
さんは、ひとつ溜息をついてクルリと踵を返して歩き出す。思っていたよりは怒っていない。罵りの言葉の一つや二つ、覚悟してたんだがな。
慌てて俺もそれに続くが、いつもとはどこかが違った。ほんの少しの違和感。
さんの足取りが、やけに速い。
いつもは俺があいつに合わせてる。そりゃコンパスの幅が違うのだから当然だ。そうしないとどうしても彼女の方が遅れてしまう。
なのに、今は普通に歩いてると追いつけない。
遅刻した手前、待ってくれなんて言える立場なんかじゃない。
少し急げば――追いつけはするが、それもちょっと違う気がする。
暫らくはこのままでいよう。…やっぱ、怒ってるんだな。
通りすがりの人々が、怪訝な顔をしている。真剣な顔をした男女が、同じ歩調――しかも競歩といえるくらいの速度――で歩いてりゃそう言う眼で見たくもなるだろう。
会話もなくただひたすら彼女の背に続いていたら、ちょっとした鬼ごっこみたいな気分にもなってきた。
いつの間にか風向きの変わった風に背中を押されて、その不思議な追いかけごっこを続ける。
小気味良く石畳にさんの足音が響く。それに自分の足音も合わせてみた。
カツ カツ カツ カツ――
時折彼女の歩調が変わる。勿論ユニゾンを崩さぬよう、それに俺も合わせた。
カツカツ カツカツ カツ――
ピタリ、と彼女がその歩みを止める。ふと横に目を向ければ、目的のスポーツショップだった。
パッと振り向むくと、やはりさんの眉間には予想通り皺が刻まれていた。
「…反省してる?」
「――当然」
「もう遅刻しない?」
「誓って」
片手を上げ宣誓すると、ようやくさんは目元を綻ばせた。
「んじゃ昼ご飯は宮田君の奢りってことで許してあげましょ」
「了解」
俺の返事に満足したのか、さんは浮かれた足取りで店内に入っていく。
元々奢るつもりだったので、俺としてはまったく痛くないペナルティだ。
そんな心情を噛み殺し、彼女を追い店内に入る。
早速新作コーナーで品定めをしているさんの隣に並ぶ。逃げないし、何も言われない。
どうやら品物選びは、並んで出来るようである。
ちょっとした幸福を俺は感じた。
END
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