昔っから、誕生日ってモンにはいい思い出がない。
       普通の奴なら、そりゃおかしいだろうって言うだろうが、残念ながら事実だったりする。
       『誕生日』というイベントごとにかこつけて、好き放題する人種というものを知らない…幸せなやつらだ。
      
       そして今年も。平穏を望む俺のことなどお構い無しに。
       全てを巻き込むような、竜巻娘がやってくる。
      
      
      
 Here I am!
      
      
       寝ぼけ眼で居間に降りてきた俺を迎えたのは、彼女の満面の笑みだった。
      
      「よっ、宮田君! ぐっもーにん、アーンドぉ、はぴばすでー!」
      「……何か英語の発音おかしくねぇか?」
      「軽やかに気のせいよ。頭がまだ眠ってるからそう聴こえるの」
      「あっそ」
      「無愛想に磨きがかかってるぞ〜」
      「低血圧なんでね」
      
       …今更、何で勝手に我が家のように寛いでるのかとか、そういう事はあえて聞くまい。
       俗に言う、幼馴染の彼女――は、そういう奴だ。
       それに、どーせ父さんが上げたに決まってる。そういえば、ベッドの中でチャイムの音を聞いた気もするし。
       のろのろとした足取りでソファに身を埋め暫し。少しずつ覚醒し始めた頭が、先ほどの台詞を蒸し返す。
      
      「…あ、今日俺の誕生日か」
      「自分の誕生日くらい、しっかり記憶しときなさいよ!
       私だったら一月くらい前から指折り数えて待ってるのに!」
      「二十歳も過ぎて、年を取るのがそんなに嬉しいのかよ」
      「年じゃないの。うれしいのは皆にお祝いしてもらえること♪」
      「判りやす…」
      「うっさいよ。
       まぁとにかく! 今日はこのさんが、宮田君を一日たーんと接待してあげようって企画だから!」
      
       朝っぱらからテンション高くそういうさん。
       その台詞に俺は心底ぞっとした。こういう時の彼女は危険だ。
      
      「…それ、俺本人の意見は?」
      「完全無視」
      「それのどこが接待なんだよ!!!」
      「あ〜ら、この私の接待が受けられないの?
       朝から晩まで私が付きっ切りで、宮田君にサービスさーびすぅ♪」
      
       付きっ切りで――と言うより、主にサービスに――惹かれ、一瞬息を飲む。
      
      「具体案は?」
      「えっとねぇ、最近オープンしたって言う温泉アミューズメントに行ってェ、おいしいご飯食べてェ〜〜」
      「…………それ、さんが行きたいだけなんじゃねえ?」
      「――何のことかしら?」
      「図星かよ」
      
       明後日の方向を遠い眼差しで見る彼女に、鋭くつっこむ。
      
      「――ま…奢りってんなら行ってもいいぜ」
      「そりゃ接待ですからv まーかして」
      
       …結局はこうしてOKしてしまう俺も俺だが。惚れた弱み…か?
      
      「んで、そこまでどうやっていくんだよ」
      「あたしのクリスチーナ号にてドライブしつつ」
      「やっぱやめる」
      「えーっ!! どーして!!」
      「さんの運転荒いからイヤなんだよ! 前に乗った時、本気で死を覚悟したぞ?!」
      「しっつれいねー!! 私の運転のどこが荒いのよ!」
       どこにもぶつけた事ないし、事故ったこともないわよ。警察にも世話になってないし!」
      「そりゃただ単に悪運が強いだけだ!!!
       と・に・か・くっ!!! 車だけは勘弁してくれ。化けて出るぞ」
      「…んっふっふ。そこまで期待されちゃぁ車で行かないわけには行かないわね。
       それにっ! 既にこの家に車で乗り付けてるから、逃げようったってそうはいかないわよ〜
       この期に及んで逃げたら、一生”根性無し”って言ってやる」
      
       ふふんと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、これ見よがしに車のキーを指で回す。
       さんのことだ。やるといったら、絶対やるだろう。
       流石に、これから先ずっと”根性無し”のレッテルを貼られるのは嫌だ。
       渋々、俺はその提案を飲み込んだ。…絶対、いつか免許とってやる。
      
      
      
      「ネェネェ、宮田君! この水着どーかな?」
      「……そんなもん、俺に聞いてどーする」
      「そりゃそうなんだけどさぁ〜
       どーせ宮田君だからお世辞の一言も期待してないけど、この水着買って始めて着るんだもん。こう聞くのはお約束っしょ?」
      
       ぴらりとパレオの裾を摘まむさん。
       …誘ってるのかチクショウ。目のやり場に困るだろーが。
       ここで鷹村さんあたりなら、じろじろと鼻の下伸ばしつつ舐める様に見るだろうが、そんなの俺のキャラじゃない。いっそ羨ましい時もあるが。
      
       暴走車に揺られる事暫し。着いたのはお台場。
       なんでも最近オープンしたらしい、温泉アミューズメント。
       水着で混浴なのがウリらしいが…温水プールとどう違うのか、いまいちわからない。
       …まぁ、混浴なのはOKだが。
       ウォータースライダーあり、死海風呂あり、打たせ湯ありのちゃんぽんなそこは、冷夏も相まって大人気。
       よくよく見渡せば、家族連れ・恋人同士・友人の集まりなどなど多種多様だ。
      
      「それにしても…こういうトコに来ると改めて判るわねー。
       どんだけ虚弱貧弱言われてても、宮田君の身体はちゃんとボクサーなんだなって」
      「どぉいう意味だ、それは」
      「いや、ほら。周りの男たちって、腹も割れてないあばら骨体型とかいるし。
       ああいうのには魅力を感じないわねー… ちゃんと物食べてるのかしら?」
      「少なくとも俺よりは豊かだろうよ、食生活」
      「それもそうね」
      
       妙に納得したさんを見て、ちょっと自分でも悲しくなった。
       横を行くカップルが持っている焼きソバなんて、そういえばどれくらい口にしていないだろうか…
      
      「ところで、さん」
      「ん、なに?」
      「その水着…………いや、いい」
      「なによ、中途半端ね」
      「賢明なことに気付いたんでね」
      「…一体何を思ったのかしらネェ、宮田君?」
      
       なんだかブラックな笑みを顔に貼り付けて俺に迫るさん。
       俺だって折角の誕生日に好んで酷い目にあうなんてゴメンだ。
       言わぬが花。正直者は時に損を見るもんだ。
      
      「似合ってるって…言って欲しいのかよ?」
      「そんなこと、宮田君が口走ったら、即刻医者に連れて行くわよ。精神科に」
      「…そーいう目で俺を見てるんだな、さんは」
      「セラピストの方がいいかしら?」
      
       言って互いににらみ合う。
       周りが遠巻きに俺たちを見ているが…これが日常だ。気にしないでくれ、頼むから。
      
      
      
       死海風呂にぷかぷかと浮かびながら、ボーっと空を眺めていると妙に精神が落ち着いてくる。
       普段がやれ減量だのトレーニングだのといった生活を送っているせいか、こうした気分になるのは随分と久々な気がした。
       周りの楽しげなざわめきが心地良いBGMになり、うつらうつらとまどろみ始め――
      
      「離しなさいよ、馴れ馴れしいわねッ!!!」
      
       それまでの雰囲気を引き裂いて、甲高い声が響いた。
       思わずバランスを崩して、身体が一瞬水に沈む。
      
       ――なんでアイツはこうもトラブルを引き起こすんだッ!!
      
       聞こえてきた声はさんのもの。間違うはずがない。
       語調から察するに…どーせナンパにでもあったんだろう。
       軽くあしらえばいいのに、無駄に突っかかるからいつも大きな騒ぎになるのをどうやら自覚してないようだ。
      
       放っておいたらまた余計に被害が――もとい、騒ぎが広がるだろう。
       仕方なく、あくまで仕方なくだ。俺はプールから上がり、その騒ぎの中心へと足を向ける。
      
      「いーじゃん、別に。減るモンでもなし」
      「残念だけどね、私アバラの見えるよーな貧弱君タイプじゃないのよ。
       だ・か・ら、さっさとこの手はなしてくれない? 貴重な遊び時間が減っちゃうわ」
      
       にっこりと、清々しいまでに言い切る彼女に、軟派オトコも流石に額に青筋が立っている。
       …ホント、容赦ないなこういう時のさんは。
      
      「つれないなぁ。付き合ってみなくちゃ判んないじゃ――」
      「うっさい、アバラ! 邪魔よアバラ!
       アバラはアバラらしくモヤシでも齧ってなさいよ! ひょろひょろ同士さぞお似合いでしょ」
      「このアマッ――」
      「はい、そこまで」
      
       オトコとさんの間に割って入って、二人を引き剥がす。
       流石にこれ以上放っておいたら、どちらかが…むしろ男のほうがアブないし。
      
      「これ以上、俺の連れに手を出されちゃ…困るんでね」
      「くっ――」
      「宮田君……」
      
       ボクシング界じゃ俺だって細いほうだが、それでも一般人と比べたら平均以上だ。
       身体つきから力じゃ敵わない相手だって察せるだろう。
       
      「それに、偽胸なんだから期待したって無駄だぜ」
      「…そーなのか?」
      「ああ。それにこの上もなく口も悪いし、乱暴モノだし」
      「確かに……」
      
       うんうんと頷く軟派オトコ。なんだか妙に納得してもらえたようだ。
      
      「……んで。いーたい事はそれだけかしら、お二人さん?」
      
       凄まじい殺気を感じ、慌てて振り向くとそこには――
      
      「そちらがその気なら、こっちにだって考えはあるんだけど…どうかしら?」
      
       阿修羅だって見たら裸足で逃げ出しそうな表情を笑みに絶妙にブレンドし、ズゴゴとかいう擬音でも担いでそうな雰囲気でさんが言う。
      
       ……マズイ。
       本気で命の危険っぽい。
      
       軟派オトコはというと、情けない声を出してさっさと逃げ出してしまった。
       俺だって逃げたいが、ここで逃げたら……後が更に恐ろしいことになる。
      
      「と…取り合えず、落ち着いてくれさん」
「あらヤダ宮田君。私、とぉ――――っても落ち着いてるわよォ」
      
       どこがだ。
       そうツッコみたいが、そうしたら絶対倍以上になって返ってくる。
       とゆーか、今の状況は正に蛇に睨まれた蛙の状態。だらだらとイヤな汗が流れ、一歩たりとも動ける状態ではない。
      
      「俺は…上げ底だろーと、パッドだろーと気にしねェし。
       むしろ…胸より脚派だから――」
      「うっさーーーーーいっ!!! んなもん知ったことかぁっ!!!!」
      
       一声上げ、さんが華麗に地を蹴り――
      
      「――――ッッ!!!」
      
       どぼばしゃーーーーんっ!!
      
       息が詰まるほどの衝撃と共に、見事に吹っ飛ばされ俺はプールへと落下した。
      
      
      
       結局、彼女の機嫌を取り戻すのに…
       イカ焼き二本と焼きトウモロコシ、たこ焼きワンパックにトロピカルジュース四杯を費やした。
       ついでに、一口もくれなかったことを明記しておく。
      
      
      
       ああ、やっぱり誕生日にはロクな目に合わない。
       さんの水着と差し引いたって、足りないぜ。
 …生足を間近で見れたからまぁ、それはそれでよかったかも。未だに蹴られたトコ痛むけどな。
 ホント、あの短気で口が悪くって、すぐにパンチだのキックだのを出さなけりゃ、間違いなく可愛いって断言できるんだがなぁ。
END
      
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