いつかのメリークリスマス
ゆっくりと十二月の明かりが灯り始めた街は、いまやクリスマス一色だ。
ちらほらと小雪が舞う、ホワイトクリスマス。恋人たちは挙って愛を囁きあう。
が、どーやらこの二人にはそれは無縁のようだった。
「さーむーいさーむーいーさむーいー」
調子の外れた自作の歌を唄いながら、は毛布に包まっていた。
彼女の向かいに座る宮田も、似たような格好でいる。こちらは流石に妙な歌は歌ってはいないが。
クリスマス、宮田家暖房器具絶好調全滅中。
「妙だと思ったのよねー。宮田君からお誘いがあるなんてさぁ」
ガチガチと歯の根もかみ合わない状況で、はブツブツと宮田への呪詛を呟く。
「しゃぁねェだろうが。この雪で電気屋も来れねェって言ってるんだからよ。
こーなったら外に出るのも辛いから呼び出したんだ。今は一人でも多く熱源が欲しいんだよ」
「だからってさぁ…『一人っきりで、部屋が寒いんだ』っていう誘い方はないでしょ!? 深読みしちゃうわよ、フツーは!
まさか、本気でその言葉のままの意味とは思いもよらなかったわよぅ!」
「俺はウソは嫌いだ」
「うわーん、メチャクチャだー」
半泣きでごろごろと毛布に包まったままで床を転がる。どうやら寒さのあまり思考回路が氷りついているようだ。
ごろりと転がったままで、はふと思い出した。勢いをつけて起き上がる。
「ねェ、宮田君。ガスは生きてるんでしょ?」
「まァな」
「んじゃお風呂とかは!?」
「何故か故障中だ。呪われてるとしか思えねェ」
「コンロ!」
「…多分使える」
毛布に包まったまま、器用に腕組みをして宮田が答える。
その答えにはぴよこん、と立ち上がりヨタヨタと台所方面へと歩く。
「何する気だ?」
「せめて暖かいお茶入れるのよ。お茶葉と湯呑どこ?」
「知らねェ」
「えええっ! 自分のうちでしょうが!」
「家事一般は父さん担当だからな。俺は知らない」
「うわー、使えないー」
心底げんなりと言って、はごそごそと勝手に戸棚を漁り出した。
少々乱暴に響く音を背に、宮田は一歩も動こうとしない。やはり寒いらしい。
「親父さんも、またいいタイミングで旅行行っちゃうよねー。いいな〜、温泉!」
「寒いから余計に憎らしいな、温泉」
「宮田君は何で行かなかったのよ」
「老人会の旅行に参加できるか」
「…違和感なさそうなのに」
「なんか言ったか?」
「いーえ、別に」
ボソリと呟いた一言は、幸いにも宮田の耳には届かなかったようである。は何食わぬ顔で彼の問いを否定する。
やがて、何とか急須・湯呑・お茶葉を見つけたは手近に合った鍋――ヤカンは見つけられなかった――に水をいれ、コンロにかけた。
暫し待ち、沸騰したところで湯を急須に入れる。そしてそれと湯飲みを盆にのせ、ゆっくりとした足取りでリビングへと戻る。
ちなみに言うまでもないが、一連の作業は全て毛布に包まったままで行っている。おかげで動作が緩慢なことこの上ない。
熱の入ってない炬燵机にそれらを置き、それぞれの湯飲みに茶を注ぐ。
微かな抹茶の香りと、見るも暖かそうな湯気が心を安らがせる。
宮田は自らの前に置かれた湯飲みを、ゴソゴソと毛布の中に仕舞い――手を外に出すことすら嫌らしい――ずずーっと啜る。
「無茶ねェ、宮田君」
「寒いからな」
「動けば多少はマシよ? 現に私少しは温もったし」
「寒いから動きたくない」
「我侭ー」
呆れたように苦笑し、もお茶を啜る。程よい熱さのそれが喉を伝い、体の中を通過する感覚が心地良い。
互いに一心に飲み干して、空の湯飲みを机に置く。
「それにしても、お互い折角のクリスマスだってのに暇な辺りが寂しいわよね」
「…別に寂しいなんて思わねえ」
「何おう! 彼女いない歴生まれてからずっとの癖に!!」
「そっくりそのまま言葉を返すぜ、さん」
「うあ、ムカツク! ホントいい性格してるわよ、アンタ」
「お褒めに預かり光栄の至り」
「あーーーっ!! ほんとにイライラするっ!」
バンバンと勢い良く机を叩く。どうも飄々と流されたのが気に食わないらしい。
「大体俺の誘いにアッサリのってくる時点で暇人決定なんだからいいだろうが。
俺は寒さの道連れが出来て、さんは暇つぶしが出来る。一石二鳥だな」
「ううう… 完全に違うと言い切れない自分が悲しい」
「いい加減諦めろ。あ、後俺お茶もう一杯」
「はーいはいはい…」
煤けた背中でもそもそと再び台所へと移動する。かちんとガスを点けて暫しの暖を取りながらふと思う。
…そういや今日の宮田君、なんかヘンだな?
「お茶まだ?」
「うひわっ!」
唐突に背後から声をかけられ、妙な叫び声をあげる。
振り返ってみると、やはり毛布に包まれたままではあるが、宮田がすぐ後ろにまで来ていた。
「びっくりした〜! イキナリ声かけないでよ」
「そりゃこっちの台詞だぜ。変な声出しやがって」
「誰だって気配けされて背後に立たれたら驚くわよ!」
「ボクサーの習性みたいなモンだ」
「ヤだなぁ、そんな習性。心底」
「ほっとけ」
ガス火の温もりに気付いたのかの側に寄り添い、同じように暖を取る。
「…ずっと点けてりゃあったけェかな?」
「暖かいだろーけど…まず間違いなくガス代が恐ろしいことになるわよ」
「――それは困るな」
小さく呟いて眉を顰める。
はそんな宮田を横目で見ながら、何となく結論に達していた。
――寒いと人恋しくなるって言うしなァ。
そう言っても本人はそ知らぬ顔で否定してくるだろうから口には出さない。十年来の付き合いでそれくらいは予想できる。
しかし、幼馴染のちょっとした新たな一面を発見できて少し嬉しくも感じた。
「…何笑ってんだよ、気味悪ィ」
半眼でそう告げてくる宮田の声に、は自分が笑っていたことに気付く。確かに口の両端がやけにつりあがっていた。
「――別に、なんでもないよ」
「ヘンな奴だな…」
「いつものことじゃない」
「まぁな」
「…否定してよ、そこはさぁ」
即答され、脱力する。
不意に、窓が大きく揺れた。外は風が強いようだ。
「ねェ、宮田君。今日泊まらせてもらえる? この寒空の中帰るのヤだし」
「別に構わねェが、ウチは問答無用で寒いぞ」
「いいよ、それでも。それとも昔みたく一緒に寝る? 暖かいよ」
良く一緒にお昼寝したよね〜と笑いながら、は宮田の様子を窺う。
宮田は開いた口が塞がらないとばかりに、呆けた表情でまじまじと彼女を見ていた。
「さん… 俺たちいくつだと思ってんだよ」
「二十歳越えました。税金納めなきゃいけない身です」
「あー…… 聞いた俺がアホだった。そういう奴だよな、昔っから」
他意はないんだよな、多分…とかいいながら、宮田はのそのそと毛布を引き釣りながらリビングへと戻る。
後姿を眺めながら、は
「まだまだだねェ、宮田君」
苦笑してガスの火を止めた。
END
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