「え? クリスマス?
       期待はしてないわよ、あんな奴だからね」
      
       そう言って彼女はさびしげに笑った。
      
      
      
       夕方、金色の日差しが窓辺から入り込んで部屋を染めていた。
       何をするでもなくただボンヤリと、男が雑誌を眺めている。
      
       ぴりりりり――
      
       そこへ、独特の電子音がけたたましく鳴り響く。
       男は散らばるものを押しのけながら、数コールの後にようやく受話器をとった。
      
      「おう、俺様だ!」
      『あ、鷹村さんッスか? 緊急事態ですよ!!』
      「何だ木村か。何なんだよ、緊急事態って」
      『とにかく大変なんスよ! 俺のウチまでそれなりの格好をしてきてすぐ来てください!』
      
       物凄い剣幕で木村が告げる。いぶかしみながら、鷹村は疑問を口にした。
      
      「それなりッてどんなんだ?」
      『有体に言っちまえば…デートする時みてえな感じで』
      「ほぉう、誰か俺様を待っているおねェちゃんでもいるってか!」
      『それと似たようなモンです。だから一刻も早く来てくださいよ!?』
      「任せろ、十分で行く!」
      
       木村の返事も聞かず、乱暴かつ一方的に会話を終了させると鷹村は大急ぎで着替え始める。
       いつものトレーニング用のスウェットから、ちょっとした背広に着替え、洗面所の鏡で自慢のトサカ具合を入念にチェック。
       ぱんっと軽く両頬を叩き、気合も十分。浮かれた調子で玄関のドアを開ける。
      
      「ふふふ… どんなおねェちゃんか楽しみだな!」
      
      
      
       宣言通り、キッカリ十分後。鷹村は木村の家――すなわち花屋の前に来ていた。
       クリスマスと言うこともあってか、店は男女連れが多く忙しそうであった。
      
      「あ、鷹村さん! こっちっス!」
      
       気付いた木村が、店の奥から手招きをする。
       それに導かれ、鷹村は人込みを掻き分けレジ近くまでやってきた。
      
      「んで、どこなんだよ。俺様を待っているキレーなおねェちゃんは」
      「まあまあ。その前にコレどうぞ」
      「何だコリャ?」
      「今年のウチの店の目玉のプチブーケですよ。
       手ごろな値段で適度なゴージャス感。女性に大ウケです」
      
       渡されたピンクの薔薇をメインにした、両の掌に収まる程の籠に入ったプチブーケをしげしげと見つめる鷹村。
       鷹村の巨体とブーケの小ささの対比がどこか可笑しさを醸し出す。
      
      「丁度クリスマスプレゼントにいいでしょ? それ使ってください」
      「おお、気が聞くな木村!」
      「いえいえ。それからコレが今話題のクリスマスツリーがあるトコまでの行き方ですんで覚えてくださいね」
      
       続いてポケットから綺麗に四つ折りに畳まれた紙を鷹村に渡す。
       流石の鷹村もここまで来ると木村の手際のよさに少々勘ぐりたくなって来る。
      
      「…オイ、木村。オメェ何企んでやがる?」
      「別になあにも。ただクリスマスに一人寂しく過ごしている知り合いに、いらぬお節介やいてるだけッス」
      「オメェだって一人身だろうが」
      「生憎俺は毎年この時期は店で忙しいんで、寂しく思う暇すらないんですよ」
      
       けろりとした表情で話す木村に、鷹村はぐうの音も出ない。
       やれやれと頭を振って、今度はグイと鷹村を店から追い出すようにその背を押す。
      
      「そういう訳なんで、今度は鷹村さんがさん誘いに――」
      「何で俺様が!!」
      「普段世話になりっぱなしでしょうが! こういう日くらい、彼女にその礼の半分くらいは返してやったらどうっスか!!」
      
       俺は店で忙しいんですから――と鷹村を強引に放り出し、木村はさっさと店の中に戻ってしまう。
       怒鳴り付けようにも店に群がる多くの女性を前にしては、さしもの鷹村も引かざるを得ない。
       ちっと大きく舌打ちを一つして、鷹村はその足を店とは逆方向へ向けた。
      
      
      
       話題の彼女――は誰と過ごすわけでもなく、自室で紅茶などを啜っていた。
       鴨川の、鷹村の専属栄養士となって数年。彼との関係は友達以上恋人未満といったところだろうか。
       としては出来うればステップアップした関係へと思っているのだが、如何せん勝気な自分の性格と鷹村の女癖の悪さ、その他もろもろにより周囲もイライラする今の関係となっていた。
       つい先日、木村からクリスマスの予定を聞かれたときも、心内では本当は少し期待していたいと思いながらの台詞を言った。
       その後木村が――大丈夫、きっと何とかなるさと、励ましてはくれたものの、やはり気持ちは沈んだままだ。
       そして、机の上には包みが一つ。
       勇気を出して買ってはみたものの――きっと渡せないクリスマスプレゼント。
      
       ぴんぽーん
      
       不意に、ドアベルが鳴り響いた。
       ハッとしてはそちらへとかける。
      
      「はいはーい、どちらさ――」
      「俺様だ」
      「た、鷹村君!?」
      
       ドアチェーンからの隙間からこぼれる声は、いつも不遜な鷹村のそれだった。
       筋骨隆々としたからだとトサカとで、わずかな隙間から見える姿からでも、彼とすぐ認識できる。
      
      「出かけるぞ」
      「へっ!? どこに」
      「いーから五分でしたくして来い。でねェとこの話は無しだ」
      「チョ、チョット待ってよ! せめて十分!」
      「五分だ」
      
       相変わらずの鷹村節に、はパニック状態のままで慌てて支度を整える。
       流石にメイクしている時間はないので、部屋着からロングのフレアスカートと白いタートルネック、上からカーディガンを羽織って何とか五分以内に身支度を調える。
      
      「お待たせ!」
      「――へェ」
      
       息を切らせて玄関の扉を開けた途端、鷹村がそう声を上げた。
       上から下までじろじろと見たあと、不意に口を開く。
      
      「似合ってんじゃねえか?」
      「そ、そう?」
      
       思わずどきりとする。
      
      「フツーの女に見えるぜ、そういう格好してりゃよ」
      「その言い方じゃ普段が普通じゃないみたいじゃない!」
      「お、やっぱ中身はいつもとかわらねェか」
      
       言って大きく笑う鷹村。は思わず溜息をつく。
       と、そこにすっとピンク色の何かが差し出される。
      
      「…これ、なに?」
      「木村のヤロウから押し付けられた。俺様が持ってても邪魔なだけだから取っとけ」
      「あ、ありがとう!!」
      
       ぱっと表情を輝かせる。嬉しそうに手の中のプチブーケを見つめて、微笑む。
       そっと靴箱の上にそれを置き、満足げだ。
      
      「…じゃァ行くぞ」
      「はーい」
      
       促す鷹村に、笑顔全開でついていくだった。
      
      
      
      「うっわー! 大きい〜 カッコいい〜vv」
      
       目的地に到着してすぐ、みたいものがあると言っては駆け出した。
       目的のデカデカと某ロックグループがサンタのコスプレをしているパネルが掲げられたツリーを目の前に、は黄色い声をあげ通しだ。
      
      「…そんなに嬉しいもんか?」
      「当ったり前じゃない! ここに来れたら、絶対に見ようと思っていたもの〜v」
      
       はしゃぐを見、鷹村は理解出来んとばかりに大きく息を漏らす。
       見れば周りにも似たような女性がいるようで、彼方此方でフラッシュの光と歓声とが交錯する。
      
       ――まァ喜んでるってのはいいけどな。
      
       普段の自分に見せる勝気な面は影を顰め、ただただ子供のように嬉しそうな表情の彼女に思わず目が細くなる。
      
      「鷹村君! 写真とって、写真!」
      「はァ? お前カメラなんか持ってきたのか?」
      「いやほら、携帯についてるコレで、私とあのツリーを!」
      
       言っては自分の携帯を押し付け、ここを押せと指し示すと、素早くツリーの前に移動し大きくピースサインを作る。
      
      「…ガキみてェだな、今日のお前」
      「別にそれでも構わないモン。はやくー」
      「へいへい」
      
       パシャリとモーター音が響いてすぐに、画面にの満面の笑顔とツリーが表示される。
       側によってきたがそれをみて満足げに頷いた。
      
      「うん、いい出来v
       よっし、次は私と鷹村君とツリーで!」
      「俺様もか!? つーか誰が撮りんだよ、そんな写真」
      「自分撮りすれば何とかなるなる♪」
      
       無理やりに鷹村の腕を引っつかんで、フレーム内に収めようとする。
       結局写真撮影は携帯の充電が切れるまで続けられたという。
      
      
      
      「ワザワザ家まで送ってくれてアリガト。
       いっやー、今日はすっごい楽しかったわ」
      「そりゃよかった」
      「…なんか疲れてる、鷹村君?」
      「いや…女のパワーを侮ってたぜ、正直な」
      
       どこかグッタリとした様子の鷹村に、さやかは気遣わしげな視線を送る。
       周りのカップルたちも何のその、おおはしゃぎでタップリと湾岸地区を堪能したその後のことだ。
      
       ――ひょっとしたらフルラウンド戦った時より精神の消耗激しいかもな…
      
       何となくそんな風に思わなくもない。それくらい疲労感を覚えていた。
       ただ、そういう状態ではあったが不思議とイヤな気はしない。
      
      「そうだ! ちょっと待っててね」
      
       一方的にそう告げて、彼女はドアの向こうに消える。
       暫しの空白の後に再び現れた時、その手には何かの包みが握られていた。
      
      「はい、コレ私からのクリスマスプレゼント」
      
       少しばかり照れくさそうにしながら、はそれを鷹村に押し付けるように渡す。
      
      「色々考えたんだけど、どうしても実用的なものってなっちゃうんだよねェ」
      「練習用のウェアか」
      「そうそ。サイズは合ってるはずだから良かったら使ってよ」
      
       パタパタと掌を降りながら、彼女は言う。
      
      「まァ使ってやらないことはねェな」
      「ほんと? よかった〜」
      
       鷹村の答えともいえない答えに、は笑みを浮かべる。
       流石に数年の付き合いがあれば、多少のひねくれた台詞の中の真意にも気付けるようになる。
      
      「今日は色々アリガトね。また明日っからの練習も気合入れて頑張りましょ」
      「おう」
      
       言ってはクルリと体の向きを変え、ドアをあけようとする。
      
      「――」
      
       呼び止められ、振り向いたの額にそっと何かが触れる。
       それが鷹村の唇であったということを理解するまでに、タップリ十秒かかった。
      
      「コレは今日の付き合いの駄賃ってコトで。じゃァな、また明日」
      
       言うが早いか、鷹村は脱兎の勢いで走り去る。はたと我に帰ったときには、の目の前から彼の姿は消えうせていた。
      
      「た〜か〜む〜ら〜く〜〜〜〜んっ!!!」
      
       夜のしじまに、の絶叫にも似た声が響き渡った。 
END
ブラウザバックで戻ってください