LOVE? LIKE? FAVORITE?
      
      
       鴨川ジムには近頃よく遊びに来るお客さんがいる。
       その人物の名前は。彼女は一歩の高校の生徒で、一つ下の後輩だ。
       最初は一歩を見に来たのだが、そのときにどういうわけか鷹村に一目惚れ。以来足繁く鷹村目当てで通いつめているのだ。
       は来るたびに鷹村に果敢にアタックを仕掛けるのだが、当の鷹村にはのらりくらりとかわされている。
      
      
      
       ある時、は一歩に訪ねた。
      
      「やっぱり鷹村さんって、オトナな女性の方がいいのかしら?」
      「うーん…」
      
       ストレッチをしながら生返事を返す一歩。
       確かにこれまでの鷹村の女性の好みを考えると、派手目のスタイルのよい女性が多いような気がする。
       は可愛いタイプであるが、美人の部類には属していない。
       大きな瞳はくるくると表情を映して輝き魅力的だが、それは同時に子供っぽさを感じさせる。
      
      「こう――ボン・キュ・ボン! な体型で露出度高くてセクシーな女の人が好みなのかなぁ?」
      
       決して標準から外れたスタイルではないと自覚しているが、グラビア誌に載るようなそれではない自分を少々呪う。
       これはやはり真剣にバストアップ体操か!? とブツブツ言っていると、木村が苦笑しながら話に加わってきた。
      
      「ちゃん、その手の話を一歩に振るのは間違ってるぜ。
       ほれ、一歩のヤツ固まってるじゃねぇか」
      「あ、ほんとだ」
      
       思いっきり自分の世界に入っていたので気付かなかったが、一歩は顔を真っ赤にして微動だにしていなかった。
      
      「ねぇ、木村さん。やっぱり私って鷹村さん好みじゃないのでしょうか?」
      
       こんなに可愛い女の子がアプローチしてるのに靡かないんですよ!? ともいい加える。
       そんなの台詞に半分呆れ、半分笑いながら木村は答える。
      
      「ああ――… あの人の好みはちっとハデ目…かな、確かに」
      「ううう…」
      「大体、鷹村さんのどんなトコに惚れたんだ?」
      「――――聞きたいですか?」
      
       ふふふと含み笑いをしながら、目にアブない光を灯らせて言う。
      
      「軽く一晩は覚悟していただきますが――」
      「え、遠慮する! 全力でッ!!」
      「そうですか… 残念です」
      
       ブンブンと力一杯首を振る木村に、心底残念そうな表情では言った。
       まぁ、多分にそんな日常が鴨川ジムにはあったのだ。
      
      
      
       セミの合唱も一段落し、夏も終わる気配を見せ始めたあるころ。
       鴨川ジムにはちょっとした異変が訪れていた。がジムにこなくなったのだ。
       最後に彼女が訪れたのは一週間前。それまで三日と日を空けず、毎日のように遊びにきていたが一週間、何の音沙汰も無しである。
       ジムは変わりなく見えた。そう、ただその風景に鷹村を無邪気に慕う彼女がいないだけだ。
       今そこには、鬼気迫る表情で鷹村がサンドバックを叩く音だけが大きく響いている。
      
      「…鷹村さん、機嫌悪そうですね」
      「減量中はいつも機嫌悪いが――」
      「それにしたって、今回は酷過ぎるぜ」
      
       一歩・木村・青木の三名は、ジムの片隅で顔を突合せひそひそと話す。 
      
      「原因は――あからさまですよね」
      「ちゃんが来なくなってからだからな」
      「一歩〜、本当に知らないのか? おめぇを慕ってた後輩だろ?」
      「そんな事言われても… 一年前なら兎も角、もう僕卒業してるんですから判りませんよー」
      「がーッ!! 役にたたねぇなぁ、お前はッ!」
      「痛い痛いっ! 木村さんやめてくださーいっ!」
      
       首を極められ、ロープを求めるように手をばたつかせる一歩。
       ズバーンッッ!!!
       不意に大きな音がジム内に響いた。
       恐る恐る三人がそちらを向くと、鷹村がパンチを出した格好のまま、息をついていた。
       おそらく全力で叩いたのだろう。サンドバックが縦に揺れている。
      
      「――おい」
      『はいッ!!』
      
       鷹村はその視線に気付いたのか、三人へと顔を向ける。声をかけられ、思わず同時に同じような返事を返す。
      
      「ロード行って来る」
      『いってらっしゃ〜い』
      
       未だ不機嫌オーラを全身に纏う鷹村に、冷や汗をダラダラ流しながらこわばった表情で返答する。
       三人の思うことは一つ――八つ当たりパンチが来ませんように――だ。
       そんな一歩たちには目もくれず、タオルを首に巻きのそのそとジムを出る鷹村。
       それを引きつり顔で見送ってしばらく、三人はようやく息をはく。
      
      「早くちゃん来てくれねぇかなぁ…」
      
       ポツリと漏らした青木の一言は、三人の最も望む心情であった。
      
      
      
       西に傾いた太陽を供に鷹村は河原を走っていた。
       無心に――と言いたい所だが、その心内はぐちゃぐちゃに荒れている。
       
       何であいつが来ねぇだけで、こんなイライラするんだ――
      
       自分を好きだという少女。
       はっきり言って――好みのタイプじゃない。
       自分の好みはもっと色気のあるナイスバディのねーちゃんだ。
       確かに可愛いとは思う。気に入ってるといっても良い。
       がジムに来るとそれだけで一気に雰囲気が良くなる。
       あの無邪気さからだろうか? 皆にも好かれている。
       だがしかし、何故彼女は急に来なくなってしまったのだろうか――
      
       大体こんな風にウジウジ悩むのなんざ、俺様のガラじゃねぇんだ。
       今度来たら問い詰めてやる。
      
       そう切り替えて、モヤモヤした考えから切り替えようとしたそのとき。
       彼の目の前にうつむき加減で歩いている少女が見えた。
       見間違うはずが無い。そう思い反射的に声をかけた。
      
      「――!!」
      
       少女が、顔を上げる。
      
      「鷹…村さん?」
      「久しぶり――」
      「鷹村さんだ――ッッ!!」
      
       鷹村の台詞をさえぎって、彼女は全速力で駆け出す。
       そしてその勢いのまま鷹村の胸に飛び込んだ。あまりの勢いに鷹村の大きな身体が揺れる。
      
      「鷹村さんだ! 鷹村さんだぁ〜vv 一週間会えなくって滅茶苦茶寂しかったです〜」
      「…そーかい」
      「あれ? ひょっとして鷹村さんご機嫌斜めですか?」
      
       ひょいと鷹村から身体を離し、じっとその目をは見つめる。
      
      「お前のせいだ、お前の」
      「ええっ、私のですか? ひょっとして私が一週間来なかったから寂しかったとか?」
      「そんなんじゃねぇ。
       ところでお前、何で一週間もジムに来なかったんだ?」
      
       軽くの頭を小突く鷹村。話題を変えられたことをちょっと残念に思いながらは答える。
      「実は――」
      
      
      
      「思い出した!」
       一歩が唐突に大きな声を出した。
      「んだよ、いきなり! 俺の耳をつぶすつもりか?」
      
       至近距離でその声をうけた木村は、自分の耳を大げさにふさいで見せた。
       一歩は「すいません!」と慌てて言いながら頭を下げる。 
      
      「まぁいいじゃねぇか、木村。それよりも一歩、いったい何を思い出したって言うんだよ」
      「は、はい。さんが一週間来なくなった理由です」
      「ま、マジか!?」
      「よーし、よく思い出した! それで、一体何が原因だって言うんだ?」
      
       すさまじい勢いで問い詰める二人に、一歩はこくりと一つ息を呑んで言う。
      
      「合宿です」
      『がっしゅくぅ!?』
      
       はい、と答え一歩は更に続ける。
      
      「僕の通っていた学校では夏休みの終わりに三年生の進学志望者を対象に山奥で合宿をするんです。
       何でもセンター試験のための学力強化が目的らしくって、一週間の間食事とお風呂、寝る時意外はずっと勉強付けの地獄らしくって…
       僕はプロボクシングの道をその時点で決めていたんで参加しなかったんですが――二学期始まった時にクラスメートがグッタリしてましたね、そういえば」
      
       そのときの光景でも思い出したのだろう。少し青ざめる一歩。
       はぁーっと大きく息を吐いて青木と木村の両名も苦虫をかんだような顔で言う。
      
      「なるほど… それでか。ちゃんも可哀想に…」
      「一週間って言ったよな。ということは――」
      「はい。多分明日にでも来るんじゃないですか? もう今日で合宿終わりでしょうから」
      「そうか! 明日には来るよな、多分!」
      「てゆーか来てくれ、ちゃん! 俺たちのためにも!!」
      
       盛り上がる三人の思いは決まっていた。
       彼女が早く遊びにきてくれ――ということだ。
      
      
      
      「合宿か…」
      「そうですよ! そうでなきゃ一週間も鷹村さんにあえないなんて耐えられませんよ!
       いっそ強制召集でもサボろうかなんて思ったんですから!」
      
       ぷぅっと頬を膨らませて怒るに鷹村は笑いながらその頭をなでてやる。
      
      「まぁ拗ねるなや。せっかくだから俺様のロードにつき合わせてやろう」
      「えっ! ホントですか? でも私鷹村さんのペースについていけない自信は満々ですよ」
      
       えっへんと無意味に胸を張るの様子に苦笑する鷹村。
       すっとその場にしゃがむと、自分の背中を指差しを促す。
      
      「重りだよ、重り。負荷つけて走ると心肺機能が増すんだ。だから早く乗れ」
      「…それって要するに私をおんぶして走るって事ですよね?」
      「何だ、イヤなのか?」
      「とんでもないッ! 喜んでその御役果たさせていただきますっ!!」
      
       それこそまさに絵に描いたような喜びようで、いそいそと鷹村の背に乗る。
       鷹村はそれを確認し、危なげなく立ち上がる。
      
      「うっわー! たかーい!!」
      「とりあえず暴れるなよ。大人しくしてろ」
      「はーい。えへへ〜、鷹村さんの背中〜vv」
      
       その状況を楽しんでいるのだろう、ぎゅうっと鷹村の首に絡めた腕に力をこめ浮かれた口調で話す。
      
      「…そんなに嬉しいか?」
      「そりゃぁもう!! だって私鷹村さんのこと大好きですもん!」
      
       力説するにやれやれと首を振った。
      
      「お前なぁ、そう簡単に好きだとか言うもんじゃねぇぞ」
      「どーしてですか?」
      「信用が薄れるってんだ。そう何度も言ってるとな」
      「でも、言わなきゃわかんないじゃないですか! それとも何ですか? 私の鷹村さんに対する”愛”が信用できないとでも!?」
      「臆面もなく言うな。あと暴れるんじゃねぇ」
      
       背中を一揺すりすると、暴れていた彼女はぴたりと静まる。
      
      「…鷹村さんは、私のこと嫌いですか?」
      
       どこかしょんぼりした口調で小さくそう尋ねてくる。
       背負っているの顔は見えないが、きっと泣きそうな顔をしているのだろう。
       鷹村はちっと軽く舌打ちをして答えた。
      
      「好きでもねぇヤツに俺様の背中に乗せねぇよ」
      
       言うと同時に鷹村は走り出した。
       人一人背負っているとは思えないスピードを出しながら鷹村は走る。
       伝わる振動と風に振り落とされないように、必死で掴まりながらはいう。
      
      「た、鷹村さん!」
      「何だ!」
      「先ほどの言葉は私のことを好きという意味でオッケーですか!?」
      「概ねそうだ!」
      「その”好き”はLOVE・LIKE・FAVORITEのどれでしょう!?」
      「今ントコLIKEだな!」
      「――判りました! 何時か必ず、絶対にそれをLOVEに変えてみせます!!」
      
       もちろん私はずーッとLOVEですよ! と付け加えることも忘れない。
       それを聞いて鷹村は口の端を少々吊り上げて笑う。
      
      「ならやってみせろ、! 俺様が惚れるようなイイ女になれ!」
      「勿論です!」
      「よぉっし、もっとスピード上げるぞ!」
      
       言うが早いか、先ほどよりも速度を上げる。全力疾走だ。
       更なる振動に、はよりいっそう鷹村の背中にしがみついた。
      
END
      
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