Trick and Treat!



「Trick and Treat!」

 ぱぱーん!
 ドアを開けた途端の破裂音と紙切れとがヴォルグを襲う。顔に飛び掛ってきた色とりどれのそれを取り除きながら来客者の名を呼ぶ。

「…コンバンワ、サン。なんだか今日は二人とも…ファニーだネ」
「ふふふ〜。今日はお届けモノを持って来たのよ〜」
「届けられに来たよ〜」

 彼女らは二人ともに真っ赤な顔をして、少々ろれつの回らない口調だ。アルコールの匂いもかなりする。
 ヴォルグをしてファニーと言わしめた二人の出で立ちは、トンガリ帽とそろいのマント。まるで中世の魔女のようなそれを、無意味にばさばさと広げる。

「そーゆーわけらから、あたしは帰るわれ〜。を大切にひてやってれ〜」
「チョ、チョットサン!?」
ちゃんあれがと〜」

 一方的に言ってヨロヨロとした足取りでは去っていった。その場に残されたのは酔って上機嫌のと、いまだ状況を飲み込めないでいるヴォルグ。

「――まァ、寒いデスから取りあえず中に入って下サイ」
「はーい」

 溜息をつきながら招き入れるヴォルグに、は明るくそれに応じたのだった。



「ハロウィンのれすね、前夜祭を開いていらのよ」
「はァ…」
ちゃんと衣装合わせをひて、ついれらからお酒も少し…」
「少しって…ドレくらいデスか?」
「えーーっっとぉ… ジンとウオッカとぉ、ウイスキーとワインとぉ」

 次々と上がる酒の名に、ヴォルグは頭痛を覚えた。

「ソレは…完全に飲みすぎですよ」
「らいじょーぶ、らいじょーぶ! 酔ってにゃひって〜」
「……酔ってマスよ、立派に」
「あたひが酔っているとかそーゆーコトよりも!
 ハロウィンなんらよ、ヴォル。ここはパーッとぉ! 楽しまなくてはっ!!」

 両手を挙げてややオーバーアクション気味には言う。思いっきり酔っ払ってのハイ状態だ。
 ちらりとヴォルグは壁にかけてある時計を見る。時刻は午後十一時半を過ぎた辺りだ。

「エーッと… まだ31日にはなっていないようですケド?」
「あたひの中ではもうハロウィン!
 とゆーワケなんで、Trick and Treat!」
「…エ?」
「Trick and Treat!」

 の台詞に戸惑いを覚えて思わず小さく問い返してみるが、返ってきた答えは同じだった。

「……アンド?」
「アンド!」
「…………ソレは強盗ではないですか?」

 Trick=いたずら・悪さ。Treat=お菓子・ごちそう。
 総じて『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!』=『Trick or Treat!』
 ヴォルグの知っているハロウィンのお決まりの台詞はソレのはずである。
 流石にandでは『悪戯もするしお菓子もちょーだい!』ということになり、まさに強盗だ。
 そのツッコミにはニヤリと笑ったかというと、腰に手を当て胸を張り、無意味に偉そうにキッパリと反論した。

「そーともいう!」

 その様子を見て、ヴォルグは何時ぞやに誰かが言っていた言葉を思い出す。
 君子危うきに近寄らず。酒は飲んでも呑まれるな。
 とにかく、酔っ払いには道理を説いても仕方が無い。大人しく従って被害を最小限に止めよう。
 そう思い直して、ヴォルグは口を開く。

「ボクはボクサーだから、ウチには甘いモノはないデスよ?」
「何でもいいよ〜。甘くなくても〜」
「えーっと… 何かあったカナ?」

 ごそごそと戸棚を探索してみると、少しばかり前にジム仲間から貰ったものが見つかった。

「…これでよければドウゾ」

 そう言ってヴォルグが差し出したものは、昔懐かし日本の銘菓――酢コンブ。

「渋い趣味してるわれぇ…」

 苦笑いをしながらそれを受け取り、封を開け口に入れる。口の中に独特の風味が広がった。

「えーっとぉ、じゃぁ次はTrick〜」
「……」

 やはりやるのか。
 すっくと立ち上がり薄笑いを浮かべるの姿に、少々戦慄を覚える。
 千鳥足でヴォルグの隣まで移動し、そのまま中腰で座ると――

 ちゅっ

 ヴォルグの頬にそのまま唇を落とした。

「!!」
「イタズラかんりょーう〜」

 ケラケラと隣で笑うに、ヴォルグは絶句する。まだ感触が残る頬を手で抑えるが、そこは自覚できるほど熱をもっている。

「んれもって、ハッピーバースデーヴォルグ〜」
「ア… 覚えていたんデスか?」
「勿論よぉ〜。らから、さっきのがプレゼント代わりv
 日付が変わってからすぐに祝うってのは良くあるれど、一日の最後の最後にやるってのは滅多にないれしょ? 結構インパクトあると思うんらけど」

 その言葉にヴォルグは今一度壁にかけてある時計を見る。時刻は進んで今日の残り時間は後五分ほどだ。
 確かにある意味、一番最初に祝われるよりも最後に――ソレもぎりぎり――祝われた方が印象には残る。今回の場合祝い方もそうであるが。

「…今までで一番ビックリしたプレゼントデスよ」

 ヴォルグの答えに満足したのかは大喜びで勝鬨の声を上げる。見事に目論見通りに事が進んだからだろう。

「目的も果たせたひ大満足! そーゆーコトらから、あたひ帰るわね」
「エエッ!? 駄目デスよ、女性の一人歩きは危険な時間デス!」
「らってぇ、あたひの目的はこれだけだひ…」
「駄目デス。今夜はボクのウチに泊まって下サイ。
 それに――」

 ヴォルグは絵に書いたように綺麗に微笑むと、

「アナタはボクのウチに届けられたのデショウ? なら持ち主はボクです。言うコトを聞いて下サイ」
「…そうきますか」

 最初にドアを開けた時の台詞を逆手に取って、結構な無茶を言うヴォルグには反論できなかった。
 はふ、と息を吐いてヴォルグに言う。

「それじゃ…今夜だけね」
「そうして下サイ」

 ベッドの準備しますカラ――と言うヴォルグに、は片手を振りそれに答える。
 ベッドルームの扉を開けるとヴォルグは不意に振り向いてこう言った。

…ボクが日本ボクシング界で何と言われてるか知ってマスか?」
「えーっとぉ『北欧の狼』…らったっけ?」
「エエ、そうデス。ですカラ、チャンと気をつけて下サイネ」
「…ろーゆー意味?」

 いぶかしむにヴォルグは片手の人差し指をぴっと立てて、いたずらっ子のように言った。 

「昔の日本の歌にもあるでショウ?
 『男は狼なのよ 気をつけなさい』――ってネ」

 トドメとばかりにウィンクをするヴォルグに、は絶句とともに先ほどのヴォルグにも勝るとも劣らないほど、顔を紅に染めたのであった。

END


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