Wonderful Opportunity
そもそも、今日はヴォルグと二人っきりのはずだったのだ。
彼女――の自宅にて日本流の新年の祝い方を伝授するとの口実で彼――ヴォルグを招いたのだ。
チャイムが鳴り、御節の支度をしていたはウキウキ気分でドアをあけた。
だがしかし。あけたその先には困ったような笑顔のヴォルグと――赤ら顔でやけに陽気(もっとも一名のみだけではあったが)に騒ぐ男三人。
ヴォルグの弁明によれば、の自宅に向かう前に、彼の自宅に男たちが来襲してきたとの事。これから自分は出かけると伝えたが、酔っ払いには通じなかった――と言うことらしい。
人の良い彼のことだから…と彼女も了承はしたものの、ヴォルグとの甘々いちゃいちゃタイムを邪魔されたのにはむかっ腹が立つ。そして何より、酔っ払っているにもかかわらず、なおも酒を飲み続け騒ぎ立てるのが気に入らない。
そんなワケで、は不平不満を全て手打ち蕎麦にぶつけているのだ。
「なァはん、なんか強い酒ないか〜?」
酒に酔いまくった締りのない顔で千堂がそう尋ねてくる。
ないわよ!――と怒鳴りつけたいところではあったが、ふと彼女の頭に名案が思い浮かんだ。にっこりと笑って、少々申し訳なさそうな口調で答える。
「ゴメンね〜 うち、料理用の日本酒しかないんだけど…それでもいいかしら?」
「旨いんか?」
「美味しいお酒使った方が料理も良くなるからね。味はいいわよ」
「ほなそれ頼むわ!」
「はいはい」
の色好い返事に、ご機嫌の千堂。そんな彼を尻目に、は流しの下から一升瓶を取り出す。
千堂に言った事はウソではない。それなりに良い日本酒だ。
それを御銚子に注ぎ、燗にくべる。そして戸棚から取り出したある粉末をその中に少々振り入れた。
粉末の正体は――スポーツ飲料の元。水に溶かすと、スポーツドリンクになるという、アレである。こうすることによってアルコールの回りが速くなり、より酔いつぶれやすくなる…という風にどこかの本で読んだ。
眉唾物の知識ではあるが、各種アミノ酸を同時に摂取することによって、アルコールの吸収も促進されると考えればまァ試してもいいだろうと思える。少なくとも一昔前に実しやかに言われた、目薬を酒の中に入れる方法よりは信憑性はある。
暫らくして、人肌に温もった酒を人数分のお猪口に入れ、千堂たちへと届ける。
「日本酒か…」
「あら、宮田さんは苦手?」
「いや…父さんの晩酌の相手でたまに飲む。嫌いじゃない」
「わざわざスマンな、はん」
「別に構わないわよ。あ、ちょっとヴォルグ貸して貰える?」
「ええで〜 好きに持っていき」
ヒラヒラと手を振る千堂の返事を聞くまでもなく、は少々強引にヴォルグの手を取り台所へと引っ張ってくる。
台所に着くと、は壁に取り付けている時計を仰ぎ見た。現在の時刻は午後十時半。
「スミマセン、… 折角の二人の時間だったのに…」
「ふふっ、いいのよヴォルグ」
申し訳なさそうに謝る彼に、は小悪魔的に笑って見せた。
きょとんとしている彼の色素の薄い瞳を見つめながら、なおも彼女は楽しげに続ける。
「うまくいけば、もうそろそろ皆酔いつぶれるだろうし」
「…何故ですか?」
「ちょっと先ほどのお酒に仕込んでみました!」
「……」
ピースサインで明るく答えるに、ヴォルグはぞっとすると共に少々呆れた。
女性はやはり強い。そう思わせるに十分の笑顔と行動だ。
「それよりも、今からお蕎麦を打つんだけど…やってみない?」
「ソバウチ――デスか?」
「そうそう。この記事を平たく伸ばして、纏めて、切って。最後にゆでるの。
普通は年越し蕎麦ってワザワザ手打ちになんかしないんだろうけど…今年はヴォルグがいるしね」
異文化コミュニケーションてやつ? 等と言いながら、手早くはテーブルに蕎麦粉を軽く広げる。
その様子をヴォルグは興味深げに見つめていた。そして、その手にぽんと麺棒が渡される。
「んで、やってみる?」
「――やってみたいデス!」
少年のようにワクワクした瞳で答えるヴォルグに、も似たような目で
「よし、んじゃやってみますか!」
二人は悪戦苦闘しながらも、何とか蕎麦を作ることに成功した。
茹で上がったそれを見て、やれ切り幅が大きかっただの、茹で過ぎだのと言ってはいたが、概ね良い出来だ。
の思惑通りに酔いつぶれた男三人がリビングで冷凍マグロの如く転がっている中で、とヴォルグの二人は白く湯気を立たせる碗を手の中に持っていた。
一緒に『いただきます』といいあって、音を立ててそれを啜る。
「コレが、年越し蕎麦。日本のご家庭の八割方年末はお蕎麦を食べてるでしょうね」
「フウブツシ…というやつダネ」
「そうそう。それよ。
それにね、コレには『言霊』がかけられてるの」
「…コトダマ?」
聞きなれぬ言葉にヴォルグが首をかしげる。
は苦笑しながら、箸で碗の中の不恰好な蕎麦を一すくいする。
「『蕎麦』は『側』、そしてその長さには『末永く共にいられます様に』ってね。
一年の最後にかける――小さなマジックよ」
「…日本語、難しいケド――このソバに沢山の思いが込めラレているのは、理解できマシた」
そういい微笑むヴォルグに、も微笑み返す。
何時かは、遠い異国へと旅立つ恋人。
それが何時かは判らないし、そのとき自分がどういう状況に立たされるかもわからない。
それでも、今だけは願いたい。末永く、共に側にいられるよう…
ぼーん…
遠くから、鐘の音が響く。
ゆっくりと、一定の間隔でそれは夜の空気を震わせて耳に響く。
毎年ただ何となく聞いてるだけのそれが、今年はやけに悲しく聴こえた。
「…今年も終わっちゃうのねー」
「新シイ一年の始まりデス」
「――来年も、よろしくね」
「モチロンデス! コンゴトモヨロシク…って言うんデシたっけ?」
「うーん… なんか違う気もするけど…」
ぽりぽりと頬をかいていると、テレビの中でもやけに賑やかに年越しを祝っていた。
自分以外のどこかの誰かも、似た風に新年を祝っていると考えるとなんだか少し可笑しな気分になった。
唐突に、がばっ! と自分達の周りで酔いつぶれていた千堂たちがその身を起こした。
寝起き独特の少々据わった目でヴォルグとの二人を見つめる。
何となく気圧されて、その身を半分後ずらせる二人。
「――年、明けたのか?」
ポツリと、沢村がの方を向いてそう尋ねた。
やけにドスの効いたその声と、独特の目つきでにらまれ、はまさに蛇に睨まれたカエル状態。
だらだらと脂汗とかきながら、首振り張子の如くその首を上下に動かした。
「そうか…」
「ほな何はともあれ――」
「新年会だな」
酔っ払い三人は顔を見合わせると、力強く頷いた。
そして同時に、ばっと手をに向ける。
『酒、持ってこい!!』
あまりの傍若無人さに、怒るより先に呆れる。適当に返事をし、は立ち上がった。
一応、まだ素面のヴォルグに絡む千堂や、ぱっと見酔ってるようには見えないが、二人して延々と話の噛み合わないカウンター話を続ける沢村と宮田を見ては思う。
…まァ、お正月だし。何にも考えずに楽しむのもアリよね。
とりあえず、そんな風に開き直る決意を固めてみた。
一年の始まりとしては、かなり爛れたもののような気はするが――そこはそれ。考えないことにしよう。
END
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