ある平和な日常
      
      
      
      「あら宮田君、偶然ね」
      「さん」
      
       人で賑わう夕暮れの商店街。喧騒と活気の渦巻く中二人は出会った。
      
      「宮田君も食材の買出しなの?」
      「ああ… 父さんに頼まれてな。卵が安かったから」
      「スーパーの目玉のお一人様限定ワンパック・10円のアレ?」
      「そう。あと豆腐とか」
      「いずこも一緒ねー」
      
       は宮田が自分と同じスーパーの袋を持っているのを見て苦笑する。どうやら宮田の目的も同じく特売品の購入だったようだ。
      
      「ちゃーん、歩くの速いぜ…って」
      「…木村さん?」
      「あはは〜。すみませーん」
      
       人込みを縫うようにして、木村がこちらへとやってきた。その手には同じくスーパーの袋。ねぎの頭がひょっこり顔を出しているのが間抜けこの上ない。
       訝しげに木村を見ている宮田に気付いたのか、が口を開く。
      
      「限定品って大抵お一人様一個だから、木村さんにも協力してもらったの。おかげで凄く助かっちゃった」
      「いや、ちゃんの頼みなら俺でよけりゃいつだって付き合うぜ」
      「いつもいつもありがとうございますv」
      
       満面の笑みにつられる様に、木村の顔もへらりと笑う。そんな二人の様子が気に食わないのか宮田はぶすっとした顔のまま呟いた。
      
      「…ようするに呈のいい荷物持ちか」
      「――ンだと宮田」
      「それじゃなかったらパシリ一号」
      
       鼻で笑いながらの宮田の言葉に、木村は額に青筋浮かべながらもそれを返す。
      
      「ま、何とでも言うがいいさ。
       そうそう――ちゃんとよく一緒にこの商店街に買出しにくるんだが…よく店のおばちゃんたちから『お似合いですよ』って言われてるんだぜ、俺たち」
      
       木村の言葉に今度は宮田が青筋を浮かべる番だった。
      
      「そんなもの社交辞令に過ぎねェだろ」
      「そうかも知れねェけどよ、ちゃんは満更でもなさそうだぜ?
       『そうですか〜?』なんていいながら、俺の腕に絡んでくるんだ。どーだ、羨ましいだろう」
      
       妙に得意げに話す木村に、宮田はぐっと言葉に詰まる。どうやら羨ましいようだ。
       ちなみにココまでの会話は全て小声だ。流石に本人に聞かれるのが嫌らしい。
       その後も暫らくくだらないコトで言い争っていた二人だが、ふと気付くとがいなくなっていた。
      
      「あ、あれっ!? ちゃん?」
      「…先に帰ったのか、アイツ」
      
       きょろきょろと辺りを見回していると、今二人がいる大通りから一本は行った裏路地から言い争う声が聞こえて来た。
       それを聞き、イヤな予感が二人を襲う。 急いでその言い争いが聞こえる路地へと向かう。
       そっと物陰から様子をうかがうと、そこには五人ほどの男――あからさまにチンピラ風――に絡まれているの姿があった。
      
      「だーかーら、悪かったって言ってるじゃない。ちょっと肩が当たっただけでしょ」
      「誠意が見えねェって言ってるんだよ。出すもん出すか。それじゃなきゃ俺たちにちょっと付き合ってくれりゃチャラにしてやるってんだ」
      「痛い目にあいたくなきゃ、さっさと決めるんだな」
      
       ニヤニヤとした嫌悪感を感じさせる顔で言う男たちの顔を見て、は深く溜息をついた。
      
      「…やってることも三流なら、言う台詞も三流ね」
      『何ィッ!?』
      「使い古された因縁のつけ方に。錆び付きまくった台詞。女の子にコナかけるんなら、せめてもーちょっと気の聞いた言葉使いなさいよ」
      
       心底馬鹿にしまくった口調で言い放つ。対するチンピラたちは顔を真赤にし、激昂している。
      
      「てンめェ… こっちが下手に出てりゃぁ付け上がりやがってっ!!」
      「今のあんたたちの態度の何処が下手なのよ。しかも台詞にオリジナリティが感じられないわ。十五点」
      「ウルセェ! この大平原の小さな胸女! こうなったら力ずくで――」
      
       がご
      
       鈍い音と共に、先ほどまで喋っていた男がゴミ箱へ吹っ飛ばされた。恐らく当の本人は何が起きたのかまったく判らなかっただろう。
      
      「…地雷踏んだな、あの男」
      「ああ… しかも思いっきりな」
      
       隠れた物陰から、木村と宮田は少々青ざめながら同じような口調で呟いた。
      
      「イキナリ何しやがるんだ!」
      「――――今のは、多少オリジナル色あるわね。五十点。
       ただし、私の逆鱗に思いっきり触れてるけど」
      
       とんとんと、先ほど見事なまでに男の鳩尾を貫いた足先で地面を叩き、リズムを取りながらは言った。
       余裕を崩さないの様子に頭に来たのか、男たちは一気に色めき立った。
      
      「女だと思って優しくしてりゃつけ上がりやがって――」
      「男の力に勝てるとでも思ったんのか!?」
      
       これまたお決まりの台詞を吐きながら間合いを詰めるチンピラたちに、は淡々と答える。
      
      「――負けない自信ならあるわよ」
      『んだとォ!?』
      「何なら――試してみる?」
      
       にぃっと不敵に笑っては言った。
      
      
      
      「――俺たち出番ねェな」
      「さんだからね」
      
       所在なさげに二人は、の見事なまでの暴れッぷりを見ていた。
       ちょっとしたアウトボクサー並のフットワークを使い、華麗にチンピラたちの攻撃を避けつつ、的確に急所への攻撃を仕掛ける。
       相手の視界から消えたかと思うと、続けざまにハイキックでジョーやテンプルを仕留める。
       数の上でも有利であったはずのチンピラたちは、その多くが地を這い、いつのまにやら一人を残すのみとなっていた。
      
      「…アレ見てると昔の事思い出すなぁ」
      「ああ… 木村さんも、思いっきりさんに負けてましたもんね」
      「言うなよ、それを。結構キクもんだぜ? あからさまに自分より劣っているって思った人間に負けるってのは」
      「まァ――それについては同感ですが」
      
       お互いに苦笑しながら己の身に起きた過去の出来事に思いを馳せる。
      
      「――ッ!」
      
       が声なき声を上げ、それまでの攻勢を止め一歩、男から間合いを取った。
       眉をしかめ、左上腕部をおさえる。布の切れ目から、彼女の肌が見えた。
       そこにじわりと広がる、紅いシミ。
       男の手には一本のバタフライナイフがぬらりと狂紅を放っていた。
      
      「――あのヤロウッ!!」
      「…………ッ!」
      
       それを見るや否や、二人は物陰から飛び出す。流石に刃物を出されては、一人に任せるわけにはいかない。
      
      「ちゃん!」
      「さん!」
      「手ェ出しちゃ、駄目だからね二人とも!」
      
       駆けつけた二人には鋭く釘を刺す。
      
      「これはあたしが買った喧嘩なんだから、勝手にもってかれちゃ女が廃るわよ!」
      「んなこと言ったって――」
      「…判った」
      「お、おい! 宮田ッ!?」
      
       諦めにも似た息をつく宮田に、木村が抗議の声を上げる。
       そんな彼を横目で見ながら、宮田はなにやらごそごそと袋を探る。
      
      「手じゃなきゃいいんだろ?」
      
       言うが早いか、宮田は素早く袋から取り出した何かを投げつけた。
       それは男の顔に見事命中し、それと同時に軽い音を立てて破散した。内容物が流れ出し、男の片目をふさぐ。
      
      「あああっ!! 卵勿体無いッ!」
      「成る程な! なら俺はこれだ!」
      
       の悲鳴と共に、木村が同じく袋から取り出した何かを男の頭上めがけて力一杯振り下ろす。
       鈍い音と共にそれは真っ二つに折れ、同時に男が昏倒した。
      
      「うわ、凶悪ですよそれは!」
      「いーからサッサとずらかるぞ!」
      
       木村の行動に突っ込みを入れるの手を取り、さっさとその場を立ち去る。
       三人が逃げ去ったその後には、死屍累々と横たわる五人の男と共に真っ二つに折れた大根が転がっていた。
      
      
      
      「大根ー、卵ー」
      「まだ言うか」
      「だあってぇ! もったいないじゃない!
       たかだかあんな三流以下のチンピラに!!」
      「ちゃん…ナイフ持ってる連中に素手で立ち向かうのは流石に無謀だぜ」
      「素手で立ち向かう勇気も度量もない男に、このあたしが! 負けるわけがないじゃないですか!」
      
       何処から湧き出てくる自信なのか、無意味に胸を張ってキッパリと言い切る。
       そんな彼女の様子に二人は同時に深々と溜息をつく。
      
      「お前…もー少し女らしくしねェと嫁の貰い手なくなるぜ?」
      「私の何処を見たら女らしくないってのよ!
       長く艶やかな黒髪! パッチリとした瞳! …まァ多少胸はないかも知んないけど――これだけ揃ったら女らしいじゃない、十分! それに、料理だって自信あるよ、私!」
      「まぁ、確かにお前の料理が上手いのは認めるが…
       俺が言いたいのは、そのガサツさをどーにかしろって言ってるんだ」
      
       折角元がいいんだから――の一言は心の中だけで叫ぶ宮田。
       その一言が言えない様が、まさに宮田一郎といえるだろう。
      
      「俺は料理の上手い女の子って好きだぜ。
       それに、ただ大人しいよりも多少ガサツ――じゃなくて、元気なほうが俺は好みだな」
      
       を宥めるように優しく言葉を紡ぐ木村。
       その言葉にまるで鬼の首でも取ったかのように、が宮田に言い返す。
      
      「ほぉら、今の聞いた宮田君! ちゃんとこういう人だって世の中に入るのよ、多少は!」
      「自分で少数派を宣言してどーすんだよ」
      「ははは。まぁもし、ちゃんの嫁の貰い手がいないんだったら、俺がもらってやるからさ」
      「ヤダもう木村さんってば! 自分の相手くらい自力で選びますよぉ!」
      
       照れ隠しなのか、べしっと力一杯木村を叩き倒す。そしてそのまま「先に帰りますね〜」と走り去ってしまう。
       唐突にその場に取り残された二人だったが、不意に木村が宮田に向けて、
      
      「…俺のほうが一歩前進だな」
      
       してやったりとした顔で笑う木村。更に爽やかにトドメの一言。
      
      「んじゃ、俺たちこれからジムでおでん鍋つつくから」
      
       宣言し、即座にへ追いつこうとクルリと身体の向きを変える。
       一歩前に踏み出そうとした、その瞬間。がっしりと木村の肩を宮田が掴む。
      
      「…俺も参加させてもらいますよ」
      「――お前もう鴨川ジム生じゃねェだろうが」
      「…おでんには大根が付き物。さっき使ってしまったからないでしょう、大根。俺買ってありますから」
      
       それに、さんなら俺が飛び入りで参加しても歓迎してくれるでしょうし――ともつけ加える。
       ギラリと木村を睨む目は如実に「抜け駆けなんか許すものか」という意思を示している。
      
      「〜〜〜勝手にしやがれ!」
      
       そして――諦めたのか木村は、破れかぶれに言い放ったのだった。
      
END
      
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