…少々気は引けるが、まぁ仕方ない。背に腹はかえられない。
「ま、そーゆーわけだから」
「アホかお前は」
「うわ、キッパリはっきり言い捨てたわね」
「その通りだろうが。大体モノ落とした時に音で気付かなかったのか?」
「丁度今日はMDウォークマンをかけててねェ…」
「やっぱアホじゃねぇか」
呆れたように盛大に溜息を宮田はつく。
先ほどから「アホ」だの「間抜け」だの「おっちょこちょい」だの言われっぱなしで、はへこみまくりだ。
リビングのテーブルに突っ伏していた顔を上げ、頬杖をつく宮田に問い掛ける。
「もう暗いし、道を今から探索するのは不可能に近いし寒いし…
一晩でいいから泊めてくれない?」
「……なんでウチなんだよ」
「女の子の友達が軒並みぽしゃったからよ。
奈々子ちゃんちは大丈夫だとは思うんだけど……できればあのギャグ一家は、精神衛生上最終手段にしたいわ」
「まぁその気持ちはわからないでもねェケドよ…」
「宮田君がイヤってんなら、どっか他に当たるわよ。木村さんとか鷹兄とか」
「…………誰が嫌っていったか?」
他の男の名前が出てきたと何、宮田の眉がピクリと動く。
「一晩くらい、別にかまわねェよ。
その代わり、働いてもらうぜ」
「人に何させる気よ」
「そうだな…さしあたっては夕飯と風呂の支度。今日父さん出張なんだよ」
「あら、親父さんいないの? てことは宮田君、夕飯何食べる気だったのよ」
「…めんどくせェからシリアルでも――」
「私が作る」
減量に苦しむボクサーらしからぬ発言に、の目が斜になる。
「仕方ねェだろ。俺料理全くダメなんだからよ」
「知ってるわよ… 宮田君に包丁だけは持たせたくないって、親父さんが常日頃言ってるし」
「あ、俺和食希望な」
「はいはい…」
そう言って、はリビングからキッチンへと移動する。
椅子に引っ掛けてあったエプロンを勝手に拝借し、冷蔵庫を開け食材の確認。
そして勝手知ったるなんとやらで手際よく調理をはじめる。
米をとぎ、出汁の準備をし、炒めて、煮て…
小一時間後には、立派な和御膳が出来上がった。
メニューは高野豆腐の卵とじに茄子と胡瓜の胡麻和え、金平牛蒡に麩の味噌汁だ。
「んじゃ、いっただきまーす!」
「…いただきます」
野菜中心の油分控えめ低カロリーメニュー。
とかく減量のことを考えなくてはいけないので、普段の食事も気を使う。
双方ともに、暫し無心に箸を動かしていたが――
「――どう? オイシイ?」
「…まあまあ」
「そっか〜 よかったv」
ぶっきらぼうな宮田の答えにはくすくすと笑う。
「親父さんが料理上手だからねェ。お口にあって何よりよ」
いって自分も高野豆腐を口に運ぶ。程よくついた味がご飯を誘う。
やがて食べ終わり、はさっさと食器を片付け始める。
「私が片づけしている間に、宮田君お風呂はいっちゃいなよ〜」
「そーする」
「んでその後で私も入らせてもらうから」
「…着替えあんのかよ?」
「下ならここに来る途中で買ってきたわよ」
「……確信犯じゃねぇか」
思いっきり呆れた声で宮田が言う。
「だからパジャマ代わりになるものだけ、貸してもらえたら嬉しいんだけど…
そうだ! ねェ…宮田君」
「なんだよ」
「男物のブカブカシャツに靴下って萌え?」
「知るかッ!!」
口元に人の悪い笑みを張り付かせながらのの台詞に、宮田は一言叫んで足音大きくバスルームへ向かう。
が、その耳はほんのりと赤い辺りが更にの笑いを誘った。宮田が出て行った後でも大袈裟に机を叩きながら笑い続ける。
ひとしきり腹筋を無駄に使った後、自分もキッチンで片付けをはじめた。
鍋に少し残った高野豆腐を別碗に移し、ラップをかけて冷蔵庫へ。
鍋やら皿やらを一気に洗い、ふきあげて棚へと戻す。
全てを終えて、お茶を入れてリビングで一息。
「あー…安らぐぅ〜」
「――年よりくせェ」
「烏の行水ね、宮田君」
顔だけかけられた声の方へ向けてが答える。
ホコホコと全身から湯気を出し、首にタオルを引っ掛け佇む宮田。
ただそれだけなのに、やたらと絵になるのが彼らしい。
「お茶飲む?」
「風呂上りといえば牛乳だろうが」
「うっわ、地味にそっちが年寄りくさい」
「うるせェ」
「口開かなきゃ、見目麗しいのになァ。勿体無い」
溜息をつくに、宮田は心の中だけで――お前にはいわれたくない――と反論した。賢明な判断だ。
「…シャツ借りたきゃ、脱衣所にある籐の引き出しにあるやつ適当に使え」
「りょーかい〜」
「タオルも違う引き出しに入ってる」
「遠慮なく使わせてもらうわ」
言って軽い足取りではリビングを出て行く。
それを見送って、宮田はやれやれと軽く首を振った。
湯上りの彼女の姿を見て、不覚にも宮田は息を飲んだ。
上気した頬に纏められた髪から伝う雫。
肩が落ちてしまっている丈の長いシャツと太腿との対比がやたらと目に痛い。
「あー気持ちよかったv」
「……さん、下は?」
「ちゃんとスパッツはいてるわよ、ほら」
「捲るな、頼むから」
「別に見られても減るもんじゃなし」
ぺろりと裾を捲って見せるに、思わず宮田は頭を抱えた。
ワザとではないとは判っているものの、誘っているのかと疑わんばかりの姿。
網膜に彼女のショートスパッツ姿が焼きついて、クラクラする。
そんな彼の心謎知る由もなく、は氷を入れたお茶なぞを一気に飲み「クッはァッ!」と男らしく息を吐いた。
流石にこの行動には気が萎えた。らしいといえば、この上なくそうなのではあるが。
「そうだ宮田君。毛布どこかな?」
「…なんでだよ」
「いや、流石にここで寝るに何も無しじゃ寒いから」
言って彼女は軽くソファの背を叩く。
「風邪引くぞ、馬鹿。ちゃんとしたとこで寝ろ。俺のベッド貸してやるから」
「へ?
――まさか…一緒にベッドイン?」
「違うッ!!」
「何よォ、そんなに目くじら立てなくたって言いじゃない。ジョークよ、アメリカンジョーク」
そんな性質悪いジョーク言うな。てか本気で襲うぞコノヤロウ。
いやいやと首を振るに、心のそこからそう思う宮田。
ここで「そうだ」と冗談でも言えない辺りが、二人の関係が幼馴染から進展しない理由だろう。
「俺は父さんのところで寝るから、さんが俺の部屋で寝ろってことだよ」
「あー、そういうことね。OK、OK」
「…なんか無駄に疲れた」
「気ィ張って生きすぎよ、宮田君」
もはや「誰のせいだ」とつっこむ気力もなく、深々と首を垂れる宮田。
そしてはトドメの一言を発した。
「そうそう宮田君」
「…………ンだよ」
「夜這い禁止ねv」
「誰がやるかそんなモンッ!!」
ちゃぶ台返しをせんばかりの、宮田らしからぬ魂の叫びが、虚しくリビングにこだましたのだった。
END
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