……どぉせ散らかり倒してるんだろうけどな。

 とっぷりと日も暮れ、アパートはその闇の中に佇んでいる。
 明かりを確認すると、どうやら在宅している様子。
 階段を上り、部屋のドアをノックする。

「鷹兄〜」
「――か?」
「そうだよ〜」
「ちょっと待っとけ!」

 そう声が聞こえたかと思うと、やたらと騒々しい音がドアから漏れ聞こえる。
 そのまま暫し待つと、ガチャリとドアがあけられた。

「よし、入っていいぞ」
「おじゃましまーす」

 招かれ、部屋へと足を踏み入れる。
 が、次の瞬間――

「うっわぁ……」

 散らばるもの、積み上げられた空き容器、紙くず、溢れたゴミ箱…エトセトラエトセトラ。
 眩暈の一つでも起きるってモンである。

「どぉせさっきの物音も、あたしに見られちゃマズいもん隠してたんでしょ?」
「そんなものはないぞ」
「エロ本とかエロビデオとか」
「……ない!」
「嘘つきー」

 じっとりとした半眼で睨むに、鷹村は冷や汗モノである。
 やれやれと息をつき、は腕まくりをする。

「暫らく来てなかっただけでこの惨状だもんね…
 ま、まずは部屋の掃除からはじめるか」
「今からか!?」
「でなきゃ私の寝るスペースがないもの」
「なんでだ」
「部屋のかぎなくしちゃったv だから泊めてvv」

 はしなを作ってそういう。
 すると、鷹村は例の人の悪い笑みを作って――

「人にモノ頼むときは言い方ってモンがあるだろ?」
「くっ」
「『お兄様、屋根を貸してください』というのだ」
「…お兄様ってガラじゃァないくせに」
「いわねェと泊めてやらん」
「……おにぃさま、屋根を貸してください」
「よしよし」

 満足したのか、その大きな手でくしゃくしゃっとの頭を撫でる。
 むくれた顔のまま、は言う。

「鷹兄、ご飯もう食べた?」
「いやまだだ」
「んじゃなんか作るから、ちゃんと掃除も手伝ってね」
「俺様はこのままで一向に構わんぞ」
「わ・た・し・が、ヤなの!
 でなきゃ、鷹兄秘蔵のあれやらこれやら捨てちゃうから」
「……」

 先ほどのお返しとばかりに、同じような笑顔では言う。
 無言で捨てられては拙いものリストを考えている鷹村を横目に、改めては部屋を眺めた。
 床を発掘し、洗濯もして、ご飯の準備にお風呂も…
 今日は一体何時に寝ることが出来るだろうか。
 その不安に、大きく溜息をつくだった。



「おお、床が見える。久々だな」
「……な、長かった」
「うむ、ご苦労」
「鷹兄殆ど役立たずだったものね…」

 ハラハラと涙を流し、は一人愚痴る。
 ある程度片付けたところで双方の腹が鳴り、食事と中休みをした後の数時間後。
 日付も変わろうかというところで、ようやく部屋は部屋としての在るべき姿を取り戻すに至った。

「あとはシャワー浴びて泥の様に眠るだけか…」
「ああ、言い忘れてたが今日夜水道使えねぇぞ」
「えええっ!!」
「何でも水道管の工事だとかでな。朝まで出ねェ」
「……しゃーない。一晩くらい我慢するか」

 がっくりと肩を落とし、準備しておいた布団を敷き始める。
 しき終わってそれを指差しながらは言う。

「んじゃァ、鷹兄がこっちで私が床ね」
「逆だ逆。お前が布団だ」
「いいわよぉ。あたしが急に押しかけたんだもん」
「風邪でも引いたらどーする!」
「そこまでヤワじゃないわよーだ」

 べェと舌を出し、拒否の意を示す
 その姿に鷹村はムッとし、がしっと乱暴に彼女の頭に手を置いた。

「バーカ、仮にもおめェは女だろうが。こういう時はレディファーストだ」
「…………鷹兄のレディファーストって死ぬほど似合わない」
「うるせぇっ! 兄貴の言うことくらい素直に聞いとけ!」

 ”いかにも”な顔をしているに鷹村は大声で返す。
 頭の上においたままの手で、乱暴に彼女の頭髪のセットを乱す。

「それとも何か? お兄様の添い寝がねェと寝れねえってか?」
「違うわよッ!!」
「ムキになるってことは当たりだな。
 よしよし、寂しがり屋な妹に心優しい俺様が答えてやろう」
「ぎゃー! 勘弁して〜〜」

 ジタバタと暴れるものの、体格・力においてどうやったって鷹村に敵うわけもなく、抵抗空しく煎餅布団へと寝かされてしまう。
 鷹村のたくましい腕を腕枕に、まさにバッチリ完璧の添い寝スタイルだ。
 更についでに幼子を寝かしつけるかのように、優しくの身体を叩く。

 私ゃぁ、ちっちゃい駄々ッ子かい…

 それら全ての扱いに、照れるよりも先に情けなくってははたはたと涙を流したい気分になった。

「これで十分だろ? この俺様の添い寝なんぞ、そうそう味わえるモンじゃないぞ」
「はーいはいはい…」
「む、何だその返事は生意気な」
「お心遣い、大変うれしゅう御座いますわお兄様」
「うむ。それでこそ、添い寝のし甲斐もあるもんだ」

 豪快に笑う鷹村に、は諦めの溜息をついて彼の厚い胸板に頬を寄せる。

「…んじゃまぁ、よろしく」
「イイ夢見ろよ」
「鷹兄もね」

 お互いに笑って、は目を閉じた。
 はてさて…今夜の見る夢は一体なんであろうか。
 そんなことを思いながらも、鷹村の部屋を片付けるという大仕事をした後の体は、即座に眠りの淵へと落ちていった。

END


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