005:釣りをするひと
「ハボック少尉…そこ、痛い」
「もう暫らくすればほぐれて気持ちよくなりますよ」
「そんな事言ったって…現に今物凄く痛いんだけど」
「我慢してください。指が入らないほど硬いんだから、しょーがないっしょ」
「くっ―――、ちょっ、そのぐりぐりってするのは勘弁して――」
「力入れるから痛いんですよ。ほら、もっと身体全体の力を抜いて…」
「痛いからどーしても身構えちゃうの!」
「しょーがないッスね… んじゃ、こーゆーのはどうですか?」
「ん… あ、これは気持ちいい」
「なぞってるだけなんですけどねー」
「やっぱ人の手でやってもらうってのがいいのよ。機械や自分じゃ、どーも好い場所が探りにくいし」
「その点については同感ッス」
「イタたたたたたっ!! 指ッ、指痛いハボック少尉!!」
「まーだダメなんスか。相当手ごわい――」
「少佐ッ、ハボック少尉ッ! 君たち二人は何を――」
バターーンと勢いよく部屋の扉が開き、周囲の視線が一斉にそちらへ向く。
なぜか柳眉を逆立て、四つ筋を複数額に描いて登場したのはロイであった。
槍玉に挙げられた二人はといえば、その開け放しのドアの近くでにんまりと笑っていた。
「と言うワケで! 賭けの結果は、見事釣れたって事で♪」
「負けたヤツはさっさと掛け金払えよー」
「うっわ、マジで釣れたよ!」
「大佐らしいっちゃそうだけどさぁ…」
「あーあ、今月厳しいのにな」
「はーいはい、文句言わずさっさと払ってね、皆の集」
「…少尉、これは一体どーなってるんだ?」
の宣言にあちらこちらで不満の声があがる。その連中の間を、ハボックが次々と取立てをしていった。
発破をかける彼女に、ロイは半ば予測しながらも事の次第を尋ねた。
「マスタング大佐が釣れるかどーか」
「…は?」
「先ほどの会話、恐らくお聞きでしたでしょうが…あれで大佐が血相変えて駆け込んでくるかどうかをブックメークしまして。
そして見事釣れちゃったもんで、掛け金を回収してます。いやぁありがたいです」
「先ほどの会話の真意は?」
「双方エロワードのみ発言を許すとした上で、ハボック少尉に肩をもんでもらっていました。
ふふふ、中々ビックリしましたでしょう?」
「ああ、驚いたよ。
それにしても――君の話を統合すると、私は賭けの出汁に使われたようだな」
「ざっくばらんに言えばそうなっちゃいますかねー」
はっはっは、と爽やかに笑いながらは悪びれもせずにいった。
その彼女の台詞に、ロイも同じように笑う。暫らくその笑い声が響いていたが――
「少佐」
「はい、何でしょうマスタング大佐」
「上官不敬罪だ」
「…マジですか」
「大マジだよ、いつでも私は」
真顔で尋ねるに、ロイも負けないくらいの真顔で返す。
ちょっとお遊びが過ぎたかなーと、が心内で反省していると、ロイがこう持ちかけてきた。
「まぁしかし…私もそこまで鬼ではないからな。
不敬罪に問わない見返りに、君に一つ提案させてもらおう」
「…ひたすらイヤな予感がしますが、一応聞かせていただきます。何でしょう?」
「そうだな… さしあたって、今晩私にも全身マッサージを――」
どかがきぱかんべこん
ロイの台詞にの制裁――厚さ5センチオーバーの帳簿の角で攻撃予定――が入るよりも早く、四方八方からあらゆる物がロイに向かって収束する。
ブックエンド、ペン立て(中身入り)、タイプライター、灰皿等と、ちょっと痛いものから下手すると致命傷になりうるものまで、実に雑多なものが彼にぶつかった。
倒れ伏すロイに、流石に心配になったのかが様子を窺うと、ヨロヨロといかにもな風体で身を持ち上げてきた。
「…大佐、生きてます?」
「…………一応な。だが君が膝枕をしてくれなければ私は長く持たないかも――」
ごすっ
全然懲りていないロイの脳天に、の肘が綺麗に決まった。
「――ハボック少尉、肩揉みの続きをお願いするわ」
「それはいいんスけど…大佐、放っておいていいんスか?」
「死にはしないから大丈夫よ。所詮無能だし」
「…へーい」
徒労の溜息をつきつつ呟くに同意見なのか、それとも薄情なだけか。ハボックはそれ以上咎めることもせずに頷いた。
完全に気絶しちゃっているロイをの部下が適当に引き摺って部屋の隅へ放置する。無論それを止めるものも咎める者もいない。
上司が上司なら、その部下もまたイイ性格だ。
今日も東方は概ね平和である。一部を除いて――
END
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