037:スカート



 毎月一日を「スカートの日」とする。

 こんな冗談のような軍規が、何の気紛れか通ってしまった。
 事務方最高責任者が有給を取っていた一瞬の隙をついてである。

 一部では「よくやった!!」と涙ながらの感謝感激が飴アラレと降り、これまた一部では「横暴だッ!!」と非難轟々のこの軍規。
 その中でも声高に”否”を叫ぶものが一人いた。自分が休んでいる間に、そんなものを通されてしまった事務方最高責任者――だ。


「女性差別です、セクハラですッ! 断固として拒否しますッ!!!」
「そんなものを言われてもこれは決まったことだからね。いくら愛しい君の頼みとはいえ聞き入れられないな」
「愛しかろうがそうじゃなかろうがッ!! と・も・か・くっ、こんな阿呆な軍規即刻取り消してください」
「はっはっは。その提案については拒否させてもらうよ。因みに大佐命令」
「け…権力が憎いッ!!」

 かなり本気で悔しいのか、ギリっと奥歯をかみ締めて搾り出すようにが言った。

「早速明日がその日だから、よろしく頼むよ少佐」
「――私、明日は有給をっ」
「あ、それも却下。君は先日休みを取ったばかりだろう?
 君ほどの人物がそうちょくちょく休まれては、軍の仕事が滞る」
「それじゃぁ明日は何故か原因不明の高熱が出る予定ですんでッ!」
「――ならば私が直々に見舞に伺おう。メロンと桃とどちらが好みかな?」
「謎の失踪を遂げる予定が――」
「軍の全戦力を傾けてでも、地の果てまでも君を追いかけるよ」

 正にああ言えばこう言う、暖簾に腕押し、糠に釘。
 の言い訳にロイが間髪いれずにそれを否定した。満面の笑顔の彼とは対照的にの顔は少々痙攣している。

「ま、そーゆーコトだから諦めたまえ。ああ、ストッキングやタイツは禁止だからな」
「いーやーーーーーっ!!」

 嬉しそうにそう言うロイと、何か悟りでも開いたかのような己の親友ホークアイにスカートを手渡されると、は絶望を絶叫に変え叫んだ。



 翌日。スカートの日。
 当方司令部の女子職員全てがスカートとなり、どこか軍内部はウキウキとした空気が漂っていた。
 まぁ元々軍属の女性は少ないので、いつもの青一色の光景より少々肌色が多いなぁと言った程度なのだが。
 とかく男の締りのなさといったら、筆舌にしがたい。誰も彼もがにやけているというか何というか…

 そんな中、一人の男が玄関で一人の女性を待ち伏せしていた。言うまでもないがその男とはロイ=マスタングである。
 そろそろ寮から出勤してくるであろう思い人を今か今かと待ち構えている。

 突然、空気がざわめいた。はじめは少々遠くから、しかしそれは次第に近づいてくる。
 目線をそのほうへと向けると、ロイは目当ての人物が歩いてきているのを発見した。
 ざわめきの原因はどうやら彼女――にあるようだ。

 不機嫌を絵に描いたような表情のが、徐々にロイのほう――玄関へと近づいてくる。
 それはそれはご機嫌なロイに気付いたのか、ぶすっとした顔のまま二歩ほど手前では立ち止まった。

「…オハヨウゴザイマス」
「ああ、いい朝だね少佐」
「…私にはこの上なく灰色の朝のように思えます」

 どんよりとした瞳でそうは返してきた。相当憔悴している。
 それとは実に対照的なロイは、幸せオーラだだもれである。

「黒のニーソックスに、ブルーのミニスカか」
「……私のスカートだけイヤに短いような気がするのは気のせいですか、被害妄想ですか?」
「いや、実際短いよ5センチほど」
「今私ははじめて人に殺意と言うものを覚えてます」

 即答するロイに、の恨みがましい視線が突き刺さる。しかしそんなものなど気にもせず、含み笑いをしながらロイは言う。
 
「いやいや、少尉は実に私の好みを熟知している」
「?」
「ただ見せるだけが華ではないんだよ!
 隠された中の、見え隠れする肌ッ! チラリズムこそ男の浪漫ッ!
 イイ! 実にイイよ、少佐!」

 ロイの大演説に周囲の男性から賞賛の声が上がった。が、当然だが女性からは冷たい視線が投げかけられる。
 件の本人、は最早無表情で無我の境地だ。

「どうだね少佐、今夜私だけにもう一度その姿を見せてくれないかな」
「…ふふっ」
「…少佐?」
「ふふふふふふふふっ!!!」

 訝しげに尋ねた少佐に向けてか勝手に出たものか。はちょっとばかりトーンの乱れた含み笑い声を出した。
 唐突の豹変に思わず流石のロイも後ずさる。

「やってられるもんですか、こんな馬鹿げた軍規ッ!
 全女性職員を代表して提案しますっ! スカートの日、全撤廃ッ!
 これが叶えられない暁には――私は無期限にロイ=マスタング大佐からの全ての勧誘を断り続けますッ!」
「なっ――!!?」
「以上、終わり!」

 高らかにそう宣言すると、はドスドスと大股でその場を去る。
 呆気に取られたロイの横を即座に過ぎ去り、職場へと消え行く

 因みにスカートの日だが。言うまでもなく一日で廃止された。
 その影で幻と称されたのミニスカ&ニーソックス姿は男子職員の間で長らく語り草になったとか。
 ロイがにその後誘いを受けてもらえたかどうかは――また別の話である。

END


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