044:バレンタイン
  「その場で即刻開封編」



 誰よりも待ち焦がれたからのプレゼントを、今ここで中身を確認しないでどうする!

 そう鼻息も荒く、一気にラッピングを解いてその小箱を開封する。
 その中に入っていたものは、四つに折られた紙だった。
 もしやこれは彼女の気持ちを書いた、恋文か何かだろうか――
 そんな甘い想像をしながらそれを広げてみると、紙には箇条書きでこう記されていた。

「東館一階 第三資料室の右奥 二番目の棚 最上段」

 それと同時に、簡単な走り書きの地図がそこに書いてあった。
 その紙をマジマジと見、ついでに裏側もひっくり返して、透かし文字はないかなんて妙に念の入った確認をしても、その紙にはそれだけしか書いてなかった。

「…宝捜しのつもりか。面白い」

 これはからの挑戦状だと、勝手に解釈したロイは、背中にメラメラと二つ名の焔を背負い、グッと拳を握る。
 力強い足取りで東館へ移動すると、真っ直ぐ第三資料室を目指した。
 途中でロイの気迫に圧されてか、通り過ぎる職員が訝しげな表情でその場を譲るが、今のロイには関係のないことだった。
 第三資料室に到着し、即指定された棚の前まで移動する。うず高い棚の最上段にはロイの身長では背伸びして届くか届かないか…多少微妙な点である。
 しかしロイは、周りに人がいないのを確認すると、その場で垂直飛びをして、見事その上にあったモノを掴み取ることに成功した。

 掴んだそれは、一通の封筒だった。
 どこかピンと来るものがあり、急いでそれを開けてみると――またもや同じような指令が書かれた紙が入っていた。
 だが、先ほどと違う一文がそこに記されている。「残り五枚」
 どうやら、トコトンこの路線で後五枚の指令書があるようだ。

「ここまで手の込んだことをするからには、それ相応のものであることを期待してもよいのかな?」

 ふっとニヒルに笑って、妙に芝居がかった仕草でロイは前髪をかきあげた。
 恐るべきは恋のパワー。焦らされればその分だけロイの焔が燃え上がってゆく。

 実際、その予想が事実かどうかは定かではないというのに、彼本人はすっかりその気だ。
 有り余る恋愛力で、サクサクとロイは指令を消化し、いよいよ最後の指令書となった。
 そこに指定されていたのは、の担当部署に来てくれといった内容のものだった。灯台下暗し――といったところか。

 走りっ放しで、流石に多少汗が頬を伝うようになっているものの、それを気にかけることもなくロイはが責任者を務めている部署へと辿り着く。
 勢いよくドアを開け放つと、彼を小気味よいクラッカーの音が歓迎した。

「お疲れ様です、マスタング大佐」
「…変わった趣向だな、少佐」
「苦労させた分、特大のものをご用意してますよ」

 空になったクラッカーを軍服のポケットにしまいつつ、はにっこりと笑顔で応えた。
 少々荒いだ息を整えつつ――その実は彼女の笑顔に見惚れていたロイは、口元だけで笑い返してこう言う。

「それは、期待してもよいということかな?」
「ええ。それはもうご立派なものですよ!」
「…ご立派?」

 何処は会話の流れとしては不自然なその返答に、小さくロイは眉を顰めた。
 はどこぞの大佐よろしく、指をパチンと鳴らす。それを合図に、彼女の部下がガラガラと死角から何かを台車に乗せてやってきた。
 上から白い布で包まれたその物体は、確かに”ご立派”といえる大きさだった。大体ロイと同じくらいの高さがある。

「それでは、ご開帳〜〜〜」

 のその台詞と同時に、白い布が勢いよく取り払われた。
 そこから出てきたものは――等身大の、ロイを模したチョコレート像!!

「な、何だこれはッ!!?」
「何って…決まってるじゃないですか。バレンタインのチョコです」

 驚愕に満ちたロイの台詞に、さも当然のようにが答えた。
 少々目にかかり気味の細い前髪や、どこか自信に満ちた年不相応の若い顔つき、ご丁寧に手袋までしているそれは、紛れもなく良い出来といっていい代物だった。

「…これを、私にかね?」
「正確には全部ってわけじゃないんですけどねー。
 でも大佐をモデルにしてるんで、やっぱり一番の選択権はマスタング大佐にあるかと思いまして」
「い、いや別にそんな気を使わなくとも…と言うか、どうしてこういう変な部分だけ、君は気をまわすんだ少佐!」
「どの部分がお好みですか? 腕ですか、足ですか? いっそ首から上、丸ごとなんていかがでしょう?」
「人の話を聴きたまえ!!
 大体だな、自分そっくりのチョコを貰って嬉しがるものが何処にいる! 君そっくりだったら、喜んで全て持ち帰るが!!!」
「嫌ですよ、そんな何に使われるか、用途が知れないのは」
「では何故私そっくりに!」
「嫌がらせです!」

 ドキッパリと言い切ったに、思わずぐうの音も出ないロイ。
 バレンタインと言えど、この二人はいつもと変わらぬ調子であった。
 果たしてロイの報われる日というものは、一体いつ訪れるのであろうか…

END


ブラウザバックで戻って下さい