044:バレンタイン
「コッソリ執務室編」
こういう物は、ジックリと一人で味わいたいものだな。
そう思い、ロイは自分の執務室へと足を向けた。
こんな日でも仕事は積み重なっているし、サボりを見逃してくれない部下の目が光ってはいるが、それでもこのプレゼントがあれば何でも乗り切れそうな気がする。
穏やかな気持ちで執務室へと戻ると、有能な自分の部下へコーヒーを一杯頼んだ。
「サボらないで下さいね」と釘をさして出てゆくホークアイを笑顔で見送って、早速からのプレゼントの包装をはがす。
その中には、まるで一流の職人が作ったような出来の美しい作品が並んでいた。甘い香りが鼻を擽る。
の意外な才能の一端を垣間見て、思わず頬が緩んだ。不恰好などとんでもない。素晴らしい出来だと素直にそう思った。
そのうちの一つを手に取り、しげしげと見て、さらに感心する。完璧なテンパリングで生み出されたであろうツヤは、ロイの顔まで映していた。
と、ここでちょっとした異変にロイは気付いた。手触りに、どこか違和感がある。
まあ、その辺は手作りだし――と自分に言い聞かせるように心で付け足したが、一つ気付けばさらにもう一つと、何かのズレが発見される。
何故かなりの時間手に持っているのにこれは溶けないのだろう、とか、熊を模したその頂点にニョッキリと覗く木綿の糸のようなものはなんだろうとか…
いい加減怪しくなってきて、ロイは思い切ってその熊を少々齧ってみた。
口に広がるはずの甘味は欠片もなく、代わりに妙な味、有体に言えば痺れが舌に伝わり鼻に抜ける。
思いっきりむせて口の中に残っている破片を吐き出し、もう一度その熊を睨み付けた。
「……もしや、ロウソクかっ??!」
もしやも何もあったものではないが、ようやくその事実に気付き、驚愕の表情でロイは小箱の中身を見つめた。
色つやは当然として、ご丁寧にチョコレートの匂い――恐らくこれが謎の薬品味の原因だろう――付のそれは、確かに一見しただけではまず間違うであろう出来である。
いまだ口の中から抜けぬ、妙な苦味と戦いながら忌々しげな顔で呟く。
「これは、ワザワザ手作りするような代物か?」
「…それを作るため、昨日少佐は徹夜したそうですよ」
「――ホークアイ中尉、それはどういう事かね?」
気配もさせず、コーヒーを片手に戻ってきた彼女にロイは尋ねた。
ロイの心情を知ってか知らずか、しれっとした表情でホークアイはその疑問に丁寧に答えた。
「先ほど彼女と偶然廊下で会ったのですが…随分と眠そうな様子でして。
何事かと尋ねて見たところ、マスタング大佐へのプレゼントのため徹夜したそうです。
チョコレートをいかに蝋で再現するか――苦労した点は、香りと言ってましたね」
「…は他に何かいっていたかい?」
「そうですね… ああ、こうも言ってましたよ。
『アレだったら絶対騙されて、一口ぐらいは齧るわよね!』と。随分自信作のようです」
とどめとも言えるホークアイの台詞に、流石のロイも悟った。
あの彼女の思わせ振りな態度は、恐らく…いやまず間違いなく、笑いを堪えてのものだったのだろう。
「…そうか。これを作るために徹夜までしたのか、少佐は」
「相変わらず、こういう事には時間と手間を惜しまないようですね、彼女は」
「ホワイトデーにはそれ相応のお返しをしなくてなるまい、勿論三倍返しで」
「――仕事に影響しない程度にお願いします」
にやりと、どこか邪悪な笑みで呟くロイの台詞に、いつものように冷静な切り返しで対応する彼女。
しかし何だかんだ言って、それでもその特製ロウソクをそっと机の引き出しに入れる姿を見て、多少呆れと哀れみのこもった視線を、ロイに向けて送るホークアイだった。
END
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