062:オレンジ色の猫



 にゃー

 何処からか響いてきた、猫の声らしき音にその場にいた三人は思わず顔を見合わせた。

「…猫、よね」
「だな」
「…………」

 三人――とエドワードとアルフォンスは――それぞれの感想を述べる。
 声の聞こえてきたほうをじっと見つめ、エドは半眼で尋ねた。

「アル… お前、また猫拾ってきたな!?」
「だ、だって!! 拾ってくださいって鳴くんだもん!」
「幻聴だ幻聴ッ! さっさと元居た所に捨てて来い!」
「え――――!!?」
「まーまー。落ち着きなさいって、エド君」

 暴れるエドの両脇を抱え、どうどうと宥めた。
 ションボリと肩を落とすアルフォンスの胴体辺りを眺め、少しばかり苦笑する。

「中に入れてたら、猫も可哀想よ。出しておあげなさいな」
「はい…」

 言ってアルフォンスは床に片足をつけると、かちりと胴体の止め具を外す。
 がらんどうの中に、一色だけ色がついたものが丸まっている。時々もぞもぞと動いては、小さく鳴いた。
 エドを開放しその仔猫をそっと抱き上げると、はにへらっと笑った。

「オレンジ色の仔にゃんこか」
少佐… 言うに事欠いてにゃんこはないだろ、にゃんこは!」
「にゃんこはにゃんこよ!
 この可愛らしい姿、愛してくれとばかりに見上げる潤んだ瞳! 正に愛されるべき動物よ!」
「うわー! 言い切った!!」

 彼女の近くにいたエドは、至近距離でその台詞を聞いてしまう。
 仔猫にメロメロ状態のに、アルフォンスはおずおずと切り出した。

「あの…そんなに猫がお好きなら、少佐飼われませんか?」
「うーーーん… そうしたいのは山々なんだけどさ、私寮住まいだから」
「それじゃダメだな」
「こっそり飼うのは可能だろうけど… 流石に私が規則を破ると下に示しがつかないからね」
「確かに…」

 事務方統括としては規則を破るわけにはいかない。実には残念そうにいった。

「いっそこの東方で飼うなんて出来ねェのか?」
「それは無理だよ、兄さん」
「…うーん、お偉いさんの許可があれば可能かも――」

 エドの気紛れで出た一言に、アルフォンスは即座に否定し、は考え込む。
 しかしその台詞途中で言葉を止め、なにやらイイ事を思いついたとばかりに次第に口の端が持ち上がる。

「お偉いさんの許可、があれば」
「――あ、成る程。お偉いさんの許可だよな」
「え、え、え? 二人共、今何かスッゴクイヤなこと思いついてるでしょ!?」

 二人揃って悪人笑いをしているのを目の当たりにし、アルフォンスの第六感が「これは不味い」とばかりに警告している。
 そんな弟を誤魔化すように、兄は無駄に爽やかな笑顔で語りかける。

「いーや、べっつにィ〜
 それよりも、そいつ飼えそうなんだからお前も喜べよ、アル」
「飼ってもらえるのは嬉しいよ! でもね、二人共妙に怪しい笑いだから――」
「女性に対して失礼ね、アルフォンス君。そんな事言われると、お姉さん悲しいなぁ」
「ああああああ、そう言うわけではなくて、えーっと、あのその」
「ふふふ、悪いと思っているのなら私に協力してもらいましょーか!」

 はちょいちょいと兄弟二人を手招きすると、特に回りに人がいるわけでもないのにひそひそとした声で話しかける。気分の問題なんだろう。

「――て、感じでどうかな?」
「ナイス少佐!」
「えーーーーー! ちょっと待ってよ!」
「ふふっ、アルフォンス君、少佐命令v」
「酷いですよー!」

 顔面蒼白――鎧なので雰囲気だが―ーのアルフォンスに、はにこやかに酷いことを宣言する。
 そんな三人を知ってか知らずか、仔猫はの腕の中で丸くなっていた。



「ほう、君一人でここへ来るとは珍しいな」
「はぁ…」
「それで、私に用とは何だね?」

 場面変わって、ここは東方司令部司令室。
 上品な調度品に囲まれ、すっきりとした感のその部屋の主は、ロイ=マスタング大佐だ。
 彼を目の前にして、アルフォンスはだらだらと冷や汗を流しているような気分だった。

「お願いがありまして…」
「お願い? 君がかね」
「いえ、あの… 正確には僕じゃないんですけど――」

 どうやって切り出そうかとあたふたするアルフォンスの腹の辺りから、にゃーと声が漏れてきた。

「また君はその中に捨て猫を入れているのか。私は猫は飼えないぞ」
「…いっそそちらの方がいいかもしれませんよ」
「何?」

 溜息交じりの、むしろ哀れみすら混じったその台詞に、ロイは眉根を寄せた。
 当のアルフォンスは床に膝をつき、正座をすると胸部を止めているバンドを外した。

「…………何をしているんだね少佐、鋼の」
「見てのとーりだよ」
「そうそう」
「…もう一度聞こう。
 何故鎧の中にいて、しかも鋼のは少尉に抱きすくめられているんだ?」
「私のほうがエド君よりサイズが大きいから、こうしないと二人とも中に入れないんですよ」

 よいしょとばかりに鎧の中からエドが出てくる。それに続いても出ようとしている。

「アルフォンス君アリガトね、結構面白かったわ」
「…いーですけどね、別に」
「あ、ひょっとしなくても怒ってる?」
「怒ってはいませんが……あきれてます」
「あははは… ごめんね」

 剥れているアルフォンスを宥めるを横目に、国家錬金術師二人がなにやら小競り合いをしている。
 実に小声でせせこましいやり取りなので、アルフォンスとには気付かれていない。

「へへっ、どーだ、大佐。うらやましいだろ」
「それは確かにそうだが…って、そうではなく。
 しかしたまには小さいのも得だな、鋼の」
「小さい言うな!」
「だが何故普通に訪ねてこなかった」
少佐のアイディアだよ。十中八九嫌がらせだな。
 相変わらず好かれてねーのな、焔の錬金術師殿」
「ぐっ」
 
 不毛なやり取りはエドに軍配が上がったようだ。
 その決着を待っていたかのように、がずいっと抱き上げた仔猫を二人の間に差し出す。

「えーっとですね、マスタング大佐。アルフォンス君がこの子を拾ったらしいんですけど、飼えない様なんで――」
「寮はペット禁止だぞ」
「ええ、判ってますとも。
 だから…この東方司令部で飼う許可を下さい」
「――――は?」
「聴こえませんでした? この司令部で飼う許可を下さいって言ってるんですが」

 呆気にとられるロイと対照的に、は至極大真面目に提言している。
 その光景は妙に不可思議で、エドはおろかアルフォンスも肩を震わせていた。
 暫らくそのままだったが、はたとようやく凍結状態から復帰したロイは少々荒いだ口調で、

「そんな馬鹿なこと許可できるわけな――」
「――この仔を飼う許可を下されば、以前よりのお誘い一回だけ受けてもいいですよ」
「許可する」
『早っ!』

 音速の速さでアッサリ肯定したロイに、兄弟そろって息のあったツッコミを入れる。

「大佐、判りやすいねぇ」
「あそこまでいくと、むしろ清々しさすら感じるな」
「さ、許可は取れたことだし! 早速お前の名前を決めないとね♪」

 エルリック兄弟のぼやきをよそに、はウキウキとした声音で仔猫に語りかけた。

少佐、浮かれるのは勝手だが私との約束を忘れてもらっては困るぞ」
「判ってますよ〜 面倒なことはサクッと終わりたいんで、近日中で。いっそ今日でもいいですよ」
「……では今夜、お付き合い願えるかな」
「了解しました〜♪ それでは私はこの辺で。この子のおうちを作ってあげないと」

 聞いているのかどうかひたすら怪しいまま、は司令室を出て行った。
 その姿を三人で眺め、ボソッとエドは呟く。

「…ほんっっっっと、好かれてねぇな大佐」
「――ご愁傷様です」
「負けんぞ… 私は負けないからな!!」

 からかうでもなく、本気で哀れみの視線を向ける兄弟に、ロイは力一杯そう心に誓った。

END


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