075:ひとでなしの恋



 さて諸君。唐突であるが私は今恋をしている。
 あ、こらこら。何回れ右してなかった事にしようとしているのだね、君達は。
 いつだって大佐はナンパばっかりしてる? ふふん、そう言う時期もあったな。

 だが、今私の心は只一人の女性だけが支配している!
 彼女のことを考えるだけで、この私としたことが思わずよからぬ妄想に――ごほん。いや、なんでもない。
 ともかく、彼女のことを思い浮かべるだけで、私の心の中は瞬時に常春となるのだ。
 どんな錬金術の理論であろうと、この練成式は私以外には解き明かせはしまい。

 彼女の声を聞くだけで、姿を網膜に刻むだけで、同じ空間にいると思うだけで!
 思わず無意味にこの発火布で無差別テロを起こしたくなってしまう衝動が身体を駆け抜けるんだよ。

 しかし…肝心の彼女は何故か私に対してのみっ、冷たい態度をとる。
 これはアレだろう。『嫌よ嫌よも好きのうち』とか『愛情の裏返し』とか『可愛さ余って憎さ百倍』とか。
 一番最後の例えがなにか違う気もするが、まぁ兎も角として。
 私を好きではあるが、素直になれないだけだろう。ふふ、全く可愛らしいものだ。


「――――――どぉにかならないの、あの人」
「無理ね」
「うううううううう」

 ドアをあけた途端のロイの朗々とした演説っぷりに、思わずは呆然と聞いてしまった。
 要約すると『君が私を好きなのは知っているよ。勿論私もさ。さぁ照れずに私の胸に飛び込んでおいで』と言う所だろう。尚も続く口上に、自分の席について頭を抱える
 縋る様に尋ねた親友、ホークアイ中尉の答えは素っ気無いが、真実を告げていた。何しろこれで五日目なのだから。

「いいじゃないの。あんなに思われれば女として本望でしょ」
「ぶっちゃけ好みのタイプじゃないんだもん」
「……好みは変わるものよ」
「私の理想の男性は、大総統みたいなナイスミドル―――!」
「ほう、そうだったのか」

 は立ち上がり、魂の叫びを上げる。
 それをいち早く聞きつけて、いつの間にポジション移動したのだろうか、ロイがちゃっかりと彼女の腰をホールドしていた。

「そ、そーよ! 私の好みは大総統みたいな、余裕のある男!
 大佐のようにへらへらと女性を追いかけているような人は、お断りですっ」
「そうか… そうだったのか。
 すまない、少佐。私はまだ君には相応しくないようだ」

 先ほどまでの勢いは何処へやら。うな垂れるロイに、流石のの胸にも罪悪感が少しばかりよぎる。
 大総統を思わず引き合いに出してしまったが、確かに彼女の好みは落ち着きのある男性。
 ロイも普通に仕事をこなしている分には、十分美形の枠にはまるのだろうが――如何せん、どうしてもちゃらんぽらんな面がこの東方司令部にいれば嫌でも伝わってくる。
 こうしていればそれなりにカッコいいのになぁ――と思っていたそのとき!
 ガバっと顔を上げ、不意にの両手をとると

「私は君のために大総統になると、今ここに誓おう!
 なぁに、私の能力であれば近いうちに中央に召集されるだろう。そうすればあっという間だ。
 どんな謀略・知略の限りを尽くしてでも、私は大総統の地位を手に入れて見せるッ!!」
「いや、地位が問題でなく単に好みの問題なんですが!
 それに……不穏当な発言は慎んだほうがいいんじゃないですか、大佐。反逆罪辺りでしょっ引かれても知りませんよ」
「ふっ、君のために罪を背負うのならば本望――」

 がぎん

 鈍い音と共に、大佐がに倒れこむ。
 崩れ落ちる大佐の後方に陣取るのは、彼の副官ホークアイ女史。

「…悪いわね、。暫らく司令室にカンヅメにして、頭を冷やさせておくわ」
「う、うん。でも…大佐大丈夫かしら? 今物凄いイイ音が頭にめり込んだ気が」
「これくらいじゃ大佐は死なないわよ。何せ”万国ビックリ人間”なんだから」
「――国家錬金術師って」

 ふっと何かを悟ったように笑う彼女に、心底の背筋は凍りつく。
 そういえば同僚の一人は、随分とメチャな錬金術を使っていたが…あれも”万国ビックリ人間”の技の一つなのだろうか。もしや常人とは色んな意味で懸け離れていないと、国家錬金術師の資格が得られないとか。そんな逃避の思考がの頭の中で駆け巡る。
 ホークアイはひょいといまだ昏倒している様子の大佐の首根っこを掴むと、颯爽とその場を後にした。ズルズルと引き摺られたままで移動している大佐のことは、この際運べればどうでもいいようである。
 その様子を見つめながら、はただただ大きな溜息をつくしか出来なかった。


「…大佐、いい加減自分の足で歩いてください」
「――やはり気付いていたか」
「彼女の目は騙せても、私の目は無理です」
「やれやれ」

 立ち止まってパッと襟を放すと、ロイはゆるゆるとした動作で起き上がる。

「――先ほどの発言、本気ですか?」
「そうだな…本気と言ったらどうするんだ?」
「私は――大佐に付いていくだけですから」
「そうか」

 ホークアイの答えに満足したのか、ロイは歩き出す。その一歩後ろを彼女がついてくる。

「…それにしても」
「なんでしょう?」
「意外と彼女は胸が――」

 じゃきんっ

「…何か」
「ナンデモアリマセン」

 後頭部に当てられた固い感触に、両手を上げて降伏するロイであった。

END


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