093:Stand by me
「中央に移動になりそうだ」
「へぇ!」
司令部の近くの喫茶店。
決して広くは無いが、美味いコーヒーを出すので結構繁盛している。
場所が場所だけにあまりうまいサボり場所とは言えないが、外部の人間とちょっとした話をするにはベストポジションと言える。
ハボックは運ばれてきたコーヒーの湯気の向こうに見える、待ち合わせの人物の顔色をうかがった。
紆余曲折ありながらも、先日目出度く付き合うことになった彼女は、突然の彼の言葉にも動揺した様子は無い。
「あんまり驚かないんだな」
「うーん… いつかはそうなるんじゃないかって思ってたし。
だって貴方の上司が上司だしねぇ」
「ま、大佐がついて来いって言ってるからな…」
「拒否権なんてない」
「…おう」
言ってハボックは大きな溜息をついた。
別にその唐突なロイ大佐からの要請がイヤなわけではない。
むしろ自分がついていくと決めた人物からの言葉だ。否定する意味はない。
では何が彼にこのような行動をもたらすのか。それは――
「大佐がさ、お前と別れろって言ってるんだよ」
「…なんで」
「東方にしがらみを残すなって事だろ」
「ああ、そう言うことか」
「そーゆー事」
ポンと手を打って納得する。
能天気にも思えるその仕草に、思わず事態がちゃんと把握できているのかハボックは不安になった。
「それで、時期のほうはまだハッキリしないの?」
「ああ。正式な辞令はまだきていない」
「判ったらなるべく早く教えてね。私の方も準備しなくちゃいけないし」
「ああ……って、え?」
サラリと何か重要なことを言われた気がする。
一旦は聞き流そうとしたものの、慌ててもう一度に聞き返す。
「あ、今何てった?」
「”判ったらなるべく早く教えてね?”」
「違う、もうちょっと後」
「じゃぁ”私の方も準備しなくちゃ”ってとこ?」
「そこ! どーゆー意味だ、それは」
「どういうって…そのままの意味だけど」
「――俺についてくるって事か?」
「当然!」
無意味に胸を張って、元気よく答える。
その様子を見て思わずハボックはテーブルに突っ伏した。
「…んだよ、俺だけ悩んだ分無駄?」
「何を悩んだっての」
「――どーやって別れ話切り出そうかとか、どーやって俺の気持ちにケリ付けようとか」
「思いっきり無駄だったわね」
「そのよーで」
「それとも…私と別れて、中央で新しい女性でも見つけるつもりだった?」
「――んなつもりはねェよ」
「あらまぁ」
突っ伏したままで答えるハボックの耳は、ほんのりと赤味が増していた。
その様を見て、思わずの口から忍び笑いが漏れる。
「ま、例え”中央に行くから別れてくれ”って行っても、絶対私の返事はNOだから。
貴方が大佐についていくように、私もハボックさんに何処までもついていくつもりよ」
彼女の台詞に、思わずハボックは勢いよく顔を上げる。
ケロリとした表情のままの彼女に、ハボックは怪訝そうな視線と共に尋ねた。
「な、それどういう意味か判って言ってるのか?」
「何が?」
「…なんかさ、俺プロポーズされたみてェ」
「…………あ」
指摘されようやく気付いたのか、見事なまでにの顔は瞬時に茹で上がった。
やれやれと、最初の頃の溜息とは逆の性質のそれを吐き、一つ喉を鳴らして真剣な表情で彼女に向き合う。
「俺の隣に居てくれるか?」
「…私の隣に居てくれるなら」
真っ赤になりながらも、視線を逸らさずには言う。
暫らくそのままでいたが、やがてハボックが苦笑しながら――
「にしても、こういうことは最初は俺のほうから言いたかったな」
「不可抗力!」
「へいへい」
ぷっと頬を膨らます彼女を笑い、ハボックは既に冷えてしまったコーヒーを飲み干した。
END
*書き上げた当初は6巻くらいでした