100:貴方というひと



 一月前が女性による、女性のための愛の日だとするならば、今日のこの日は何と言うべきだろうか?

 投資に対する結果の判る日?
 更なる真実の愛を追究する日?
 無償の想いを打ち明ける日?

 それは人それぞれであろう。
 リベンジを果たすも良し、想いに答えるも良し、きっかけにするも良し――


少佐、これ先程補給課のほうに行きましたら言付された物です」
「あらあら。皆律儀ねぇ」
「皆少佐のファンなんですよ」

 部下が両手に持った紙袋を差し出すと、はそれを苦笑交じりに受け取った。
 その中に入っていたものは大小さまざまな、プレゼント。
 そう。今日はホワイトデー。が一月前のバレンタインデーに、東方司令部所属の全男性職員へ贈ったプレゼントに対してのお返しが、朝から途切れる事無く彼女の元へ運ばれてきていた。
 カードだけの者もいれば、三倍返しではすまないような者もあり、は反応の凄さに少々驚いていた。
 としてはバレンタインデーなど人間関係をより円滑にする為のちょっとした行事程度にしか考えていなかったので、皆に分け隔てなく――なんとポケットマネーで――プレゼントを贈ったのだが…
 まさかこうなるとは予想だにしなかったことである。嬉しいのは確かだが、ちょっと困惑してしまう。

「私としては、義理も義理なのにね」

 受け取った紙袋をとりあえず自分のデスクの後ろへ置く。既に山のような状態のそれを見て、ちょっと溜息。
 流石にあからさまに高価なものは返品するとして――
 などとが考えているところへ、ザワリと周囲の雰囲気が変わる。
 何事かと視線を廻らせば、ドアを開けた向こうへ立っていたのは、東方の司令官その人、プラスしてその後一行様だった。

「――やあ少佐。ホワイトデーのお返しにきたよ」
「……お仕事のほうは?」
「今日の分は全て終わらせたよ。勿論、君の為にね」

 いつものように、呼吸をするのと同じような調子でロイはへの愛の言葉を囁く。
 最早それに慣れきっているは、サクッとそれを聞き流して彼の後方に控えてる部下へ言葉を発した。

「皆様お揃いで、何か私に用かしら?」
「あー、俺らは大佐に便乗してと言うか…」
「先日頂いた物へ、それ相応のお返しをと思いまして」
「一応俺らも今日付けの仕事は終わらせてるんで」
「あ、あの… ご迷惑でしたか?」

 順にハボック・ファルマン・ブレダ・フュリーがそれぞれ言ってきた。
 なんだかその様子が妙に可笑しくて、くすっと笑う。

「いいえ、ちっとも。仕事を片付けてる分には何も文句はないわよ。
 …それに、私のほうも今日は仕事になりそうにないし」

 一応、緊急の分だけは終わらせたんだけどね――と、ぼやく風に呟き、は自らの後ろの方を示した。
 どっさりと積まれているプレゼントの山に、成る程、と納得する。こうやって会話を交わしている間にも、彼女の部下がそれぞれそこへまた一つ、また一つとプレゼントを積んでいた。

「こんなにたくさんあるんじゃ、ボクらのお返しはかえって迷惑なのでは――」
「ふふっ、そんなことないわよ。いただけるものはちゃんと頂くわ。その心もね」
「…少佐、ちょっとその台詞大佐っぽいッス」
「え、やだ! うつっちゃったかしら」
「――君たちはホントに上司を何だと思ってるのかね」

 あからさまに嫌そうな顔でそう言うに、無視されて凹んでいた大佐がようやく復活して茶々を入れる。
 まぁ普段の行いの差というもんだろう。

「私たちで話し合いまして、四人で一つのプレゼントを用意しました。
 きっとお返しの量が凄いことになっているだろうと、ブレダ少尉が予想しましてね。量より質――こちらの方がよいだろうと」
「貴様ら…一体いつの間に!」
「大佐が締め切り間際の書類で残業してる隙にですけど」
「自業自得っすね」
「スイマセン、マスタング大佐ッ!」

 物凄い目付きで己の部下を睨んでるロイに対し、部下たちもそれ相応の態度で応戦する。やはり、人徳と言うか信用という点で、ロイはよい待遇を受けていないようである。
 そんな漫才はさておいて、皆の代表であろうか――ファルマンがさっと小箱を取り出すと、恭しくへそれを捧げた。

「これをどうぞ。私達、四人からの感謝の気持ちです」
「ありがとう、ファルマン准尉。ここで開けてもいいかしら?」
「ええ、勿論です」

 ワクワクしながらラッピングをは解く。その中から出てきたものは、一本の口紅。
 かちりとひねって色を確かめれば、春に相応しい瑞々しいチェリーピンクが顔を出す。

「いい色ね… ありがとう、皆」

 微笑むに、見惚れるもの、視線を逸らすもの、笑みを返すものと様々ではあるが、それぞれが少々照れ臭そうであった。
 その成り行きを見守っていた、報われぬ男はというと――
 
少佐、私からのお返しも受け取ってもらえるかい?」
「まあ、一応」
「…なんだかいきなり態度が冷たくないかね」
「気のせいですよ、多分」

 先程の四人とはまた違った意味の微笑みに、ロイの背筋に冷や汗が流れる。
 しかしそれにも負けずめげず。不屈の魂でロイはへ言った。

「幸いにも今日は私も君も、仕事を終わらせている。
 どうだろう。より親睦を深める為にも、今夜評判の店に食事でも――」
「あ、駄目です」
「即答かね!!」
「今夜は既に先約が入ってるんですよ。
 ホークアイ中尉の自宅で手料理をご馳走になるんです。
 そう言うわけですんで、諦めてください」

 にべもないとは、正にこのこと。
 己の部下、しかも女性に負けた――と、白く燃え尽きているロイに、彼の部下が同情の眼差しを送る。

「…一体、いつになったら君は私の誘いを受けてくれるのかね?」

 なんだか半泣きに近い心境で、ロイはそう呟いた。
 眼前の彼女は、悠然と微笑んでこういう。

「さあ? 気が向いたら――ですかね」

 その美しい微笑みも、今のロイには死刑宣告にも似たものに映っただろう。 

 何では私にだけ、こうもつれないんだ――――ッ!!!

 がっくりを肩を落とし、心中で相叫ぶロイ。その理由は、彼女のみが知る…

END


*バレンタインの続きチックに

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