24. 血まみれ
      
      
      
      「私の手は、血にまみれているんだよ」
      
       の対面にいる男はそう呟いた。
      
      「イシュヴァールの内戦…アレを通った者ならば、皆そうであろうがな。
       この事実はいくら時が経とうと変わることはない」
      「…何が言いたいんです、マスタング大佐」
      「簡単なことだよ。私の手は君に触れるには汚れすぎている」
      
       ふっと小さく息をつくと、ロイは自らの手を己の眼前に掲げる。
      
      「血の色がこの発火布越しにも透けて見えるようだよ。どす黒くね」
      「過ぎたことです。私にはそんなものは見えません」
      「ああ…そうだろう。これは私にしか見えぬ幻さ」
      
       自嘲気味にそう言うロイに、はギラッと睨みつけた。
       よもやそんな視線を向けられるとは思っていなかったのか、やや引いたロイをさらに彼女の眼光は威圧する。
       イライラとした感情を隠す事無く、言葉に乗せては放った。
      
      「大佐がどう嘆こうが喚こうが、今の私には全くこれっぽっちも関係ありません。
       汚れている? ならば洗えばいいんです。何度でも何度でも。
       何の呵責もなく、誇らしげにソレを言わないだけマシですが…あからさまに慰めの言葉を要求するような台詞には、正直イイ思いはしません」
      「……」
      「優しい言葉が欲しければ、どうぞ他を当たってください。私にはその役目を果たせません。
       言える事は唯一つ。甘える相手を選びましょう――ですよ」
      
       そこまで言い切って、はふんっと首を横へ向けた。
       暫らく静寂が場を満たしていたが、やがてくつくつと笑う音が聞こえ始める。
      
      「…なんで笑うんですか」
      「い、いやぁ… 流石は少佐だと思ってね。実に君らしい」
      「ほっといてください。これが私ですッ!」
      
       多少顔を赤らめながら、半ば叫ぶように言うを見てさらにロイの笑みは膨らむ。
       何か言ってやりたかったが、この状況だと何をいっても笑いを誘うだけだと思い直し、あえて沈黙では答える。
      
      「この手の話を女性にするとだね、大抵は私に優しい言葉をかけてくれるんだよ。
       普段君は私にそんな言葉をくれないから、たまにはそんな台詞も聞いてみたくてね」
      「…………ご期待に添えず申し訳ありません、無能マスタング大佐」
      「はははっ、気分を損ねたのならば謝る」
      
       調子の軽い口調でそう言ってくるロイに、のなけなしの愛想も尽きてしまった。
       あからさまにこめかみをひくつかせる彼女へ、ロイはこう問い掛けてくる。
      
      「もし、再び私が血にまみれた姿で君の前に現れたら…君はどうするかね?」
      
       いつもの笑顔で、しかしその中に何か言い知れぬものを含ませたその台詞に、は息を飲んだ。
       しかしそれも瞬くほどの時間のこと。すぐには口の端に不敵な笑みを乗せてこう言った。
      
      「冷水と酒とオキシドール。お好みのもので綺麗に洗って差し上げますよ。トイレのモップで」
      「…やはり君は面白いな、少佐」
      「お褒めに預かり恐悦至極です、マスタング大佐」
      
       一筋の汗を頬に浮かべるロイに、はしてやったりといった具合に笑ってそう答えた。
      
END
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