29. 護衛



「…護衛、ですか?」
「ああ。今中央は何かと物騒らしいからな」
「エドワード君たちなら兎も角、何で一介の事務役にそんなものが必要なんですか」
「万が一…と言う事もある。それに少佐、君の戦闘能力はほぼ皆無だろう?」
「ぐっ――」

 ちょっとした会合で、が中央へ出張となると告げられたとき、同時に護衛も連れていけと命じられた。
 自分はそのような大層な立場ではない、と反論したが、自分の身を護る能力すら不足していることを指摘されては二の句が告げない。

「私が君をエスコートする役を引き受けたいのは山々なんだがね…
 ご覧の通り、書類の〆切りに追われまくって叶いそうもない」
「自業自得です。いえ、今回ばかりはそれを感謝しますわ」
「……まぁ人選は君に任せるから、早く行って早くこちらへ帰っておいで」
「そうですね。そうしないと、マスタング大佐が書類の山の中で窒息死しそうですし」
「何で君はそう、一言も二言も多いのかね?」
「嫌ですねぇ、コレは大佐だけですよ」

 苦虫を噛み潰したようなロイに、対照的な笑みでもって応戦する
 ロイの横で無言で仕事を監視していたホークアイが、コッソリと心内で溜息を吐く。

「それで…少佐。何方を連れて行かれますか?
 あ、私は駄目よ。この人のお守りがあるから」
「判ってるって、リザ…っとホークアイ中尉。
 丁度心当たりが一人いるから」

 ウインクを一つ飛ばして、ホークアイの問いに返す
 その仕草に鼻の下を伸ばしている、三十路一歩手前の自分の上司の頭を華麗に叩き、視線でにその人物を問い掛けた。

「アレックス――いえ、アームストロング少佐にお願いしますわ」



 出張出発当日。最寄の駅から二人は中央に向け出発した。
 丁度中央から出張してきたアームストロングに事情を説明すると、快く引き受けてもらえた。
 その一方でロイは「の感覚がよく判らない…」と頭を抱え、仕事も手につかないとか何とか。
 ホームまで見送りに――サボりの口実も含め――来ようとするロイやその他一同を、仕事をしてくれとよく言い含めて追い返し、ようやくの出発。
 汽笛の音と流れる景色に、は目を細めながらそれを眺めていた。

「…少佐」
「ん? なに?」
「中央で会議との事だが…いいのかね?」
「うーん… 正直、複雑ではあるわね」

 アームストロングの質問に、は微苦笑して答えた。

「まだまだ中央に戻る覚悟が出来てるわけでもないから、余計そう思うんだろうけど…
 上からの命令じゃ、仕方ないでしょ」
「泊まる所はどうするつもりだ? 実家――ではないのだろう?」
「軍の宿泊施設を借りるつもり。まぁ、そんなに長居するわけでもないし…実家のものと顔をあわせないように願うばかりね」

 実際、会議室に缶詰になるだろうから大丈夫だとは思うけどねー、と軽い口調では言う。
 そんなに、アームストロングはその大きな手で彼女の頭をポンポンと叩く。

「――東方は、楽しいか?」
「…ええ。いろんな意味でね。毎日楽しくやってるわ」
「それは結構だ、

 の隠しだてたものが一切無い笑顔に、アームストロングもようやく小さく笑った。

「軍の宿泊所が満室だったらば、我が家に来るといい。
 なぁに、部屋は余ってるから気にするな」
「そうねー… アレックスの家広いものね。
 満室じゃなくても、そちらにしようかな?」
「ああ。妹も喜ぶだろう」

 少々考え込むようなに、アームストロングは遠慮するな、と付け加えて豪快に笑う。
 穏やかに行過ぎる窓の外の風景と同じように、二人の他愛も無い会話は中央の駅に到着するまで続いた。

END


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